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ダリの正直な心境を述べるなら、目を覚ました救世主様はあまりに期待外れだった。
「ひ、ひぃぃ」
「おい、待てよお前おい。なんでお前、俺を見ただけで悲鳴上げんだよおい」
「ご、ごめんなさ、ぅ、うわぁ」
「その反応はなんだよ、おい!」
ジェスタの怒鳴り声と強面にビクつき、腕を広げて通せん坊をするシーエの後ろに隠れる少年。
「ジェスタ様。『ショーくん』が怖がりますので声を抑えて頂けませんか? 顔もお控えください」
「どういう事それ!?」
「ひぃ、……声大きい……顔怖い」
「そういう事です」
撫で撫でと少年をあやすシーエ。微笑ましい光景だとダリは頬を緩めるが、それが逃避だと理解しているために何ともしょっぱい気分になる。
ポットから回収され目を覚ました少年は、慈しむような笑顔で応じたダリを見て悲鳴を上げた。
逃げた拍子にぶつかったジェスタに悲鳴を上げ、崩れ落ちるように倒れかけた所をシーエに支えられてまた悲鳴を上げた。
ぷるぷると震えて縮こまる少年に、せめて服だけでも着ませんかとシーエが言うと、少年は自分の素っ裸な状態を見て、涙目で頷いた。彼女に案内され、個室へと連れてかれる。
そこでどういうやりとりが交わされたのか。着替えが終わり再びダリ達の前に姿を見せた少年は、シーエの後ろに隠れて少しだけ落ち着きを見せていた。
「ショーくん。お二方にご挨拶です」
「こ、こんにちわ。す、すいません。僕。あの、その。あぁ、無理ですごめんなさい」
「彼はショーくんと言う名だそうです」
ダリとジェスタを前にして縮こまり、結局名乗る事が出来ずシーエの後ろに隠れてしまう少年。シーエは少年の頭を撫でながら代弁した。
その情けない姿に、ジェスタは呆れたように野次を入れる。
「女の後ろに隠れてるような奴が新型とか、大丈夫かよ」
「何とも言えないわね、これは。データを読み違えたかしら……」
真剣に悩みこむダリ。シーエは無表情の奥に少しむっとしたような気配を滲ませる。
「ダリ様。ジェスタ様。ショーくんへの侮辱はお控えください。ショーくんは何もしなくても、ワタクシがお世話するので問題ありません」
「あ、あの、シーエさん」
「どうしましたショーくん?」
「アンタこそどうした」
ダリにすらあり得ないほど少年を甘やかすシーエ。少年は気まずそうに恥ずかしがり、ダリとジェスタは怖いものでも見るような視線を向けた。
「『弟』を可愛がるのは、当然のことです」
つまりはそういうことらしい。
ダリの一言。シーエの『弟分』という言葉を受け、シーエの中で少年に対する認識が甘やかす対象になっているようだ。どこでその認識を得たのかは疑問であるが。
確かにシーエと少年の姿は、臆病な弟を守るしっかりものの姉のように見えなくもない。
病的な隈を湛えた黒い瞳に涙を浮かべ、小柄な体を震わせる少年。陰気な印象を受けるが、庇護欲を掻き立てられるタイプではあるだろうとダリは思う。
とはいえ、この異常とも言える臆病さは、ダリの予想外であった。
ダリが彼の思考パターンをデータで観測した印象として、少し気弱な所はあるが、弱者を虐げる強者に対して勇敢に立ち向かえる気質だと感じていた。
今、少年を目の前にした印象としては、弱者の模範とでも言わんばかりの弱々しさである。
おまけに、ダリすら知らなかったシーエの『男を甘やかす駄目女』的な一面を引きずり出してしまう始末。
これはまずいだろうと、頭を抱えた。
そして冒頭に戻る。
あれから三日が経ち、その間同じ部屋で過ごす事となったダリに、少年はたどたどしくはあるが、会話が成立する程度には慣れたようだった。二秒以上目を合わせる事は難しいが。
問題はジェスタである。彼の顔は、怖い。
メレンゲリック人の男は、共通して『毛皮の生えたトカゲが擬人化した』ような見た目である。ジェスタはその中にあって、I4騎兵装隊司令官という肩書に相応しくガタイが良い。その上無駄に声がでかい。
つまりジェスタは、怖いのだ。
少年はジェスタに慣れる兆候を欠片も見せなかった。
「なんでだよ! 仲良くやろうぜ! なぁ、ショー! 俺はお前と仲良くしたいんだよ、おい!」
「ひぅっ」
「ジェスタ様。恫喝はお止め下さい。歩み寄りに必死すぎて顔が怖いです」
シーエの辛辣な評価に涙目を浮かべて凹む大男。その姿すら厳ついと感じるのはどういう原理であろうか。
収拾が付きそうに無い状況に、ダリは溜息を落して手を叩いた。
「はいはい。アンタ達、少し静かになさい。ジェスタ、怖がられてるんだから無理に近付かない。シーエもあんまり意地悪言わない。それと、ショーくん?」
シーエの後ろに隠れる涙目の少年に、ダリは少し咎めるような視線を向けて言う。
「貴方が怯えるのも警戒するのも仕方ないと思うのよ。突然知らない場所にいて、得体の知れないアタシ達に囲まれて、説明した事情もまだ飲み込めていないだろうしね。事故とは言え、貴方を誘拐する形になってしまった元凶のアタシは、どうこう言える立場にないもの」
事故。誘拐。
新型アンドロイドに人格を入力する過程で、想定外の強い磁場が発生。時空の歪みに巻き込まれて遠く離れた世界に存在する少年の魂を巻き込んでしまったと。
ダリはそれを事故だと言い、罪悪感を示すために誘拐と表現した。
帰す方法を模索して、絶対に元の世界に戻すと約束した上で。
事実はそんな生易しいものではない。綺麗なものではない。
すべては意図的な実験の結果であり、そもそも少年に帰る場所など無いのだ。
今のdollボディに入っている少年の魂。精神情報は、モデルとなった少年のデータを複製したものである。モデルとなった少年は、彼の故郷の惑星で今まで通りの人生を何事もなく歩んでいる。
複製された少年の魂は、たった今ここで生まれた存在である。例え彼の知る故郷に帰った所で、体など無いのだ。
少年はこの事実を知らない。ダリはこの事実を告げるつもりはない。
この事実を告げれば、少年は崩壊してしまうであろうから。
ダリは己の中にある良心と罪悪感にそっと蓋をして、臆病な少年に笑顔を見せる。
「でも、アタシ達は貴方の味方よ。そこの大男は顔面こそそんなだけど、中身はそこまで酷い有様じゃないから。少しずつでもいいから慣れてあげて?」
そう言って、平然と味方面をする。少年の心を掴むために。
何も知らない少年は、その言葉に少しだけ警戒を解した様子を見せ、ジェスタを見上げる。
にっこりと気色の悪い笑顔を見せるジェスタに、少年は短い悲鳴を漏らした後で、引き攣った苦笑いをして見せた。
感動し、少年を持ち上げて高い高いをするジェスタ。再び怯えて涙目になる少年。ジェスタの尻に容赦のない蹴りを叩き込み、放り出された少年を受け止めるシーエ。
そんな光景に、ダリはそっと心の内を隠し、呆れたように笑った。