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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
少年アブダクション
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 五日後。

 ジェスタはダリの研究室に向かっていた。扉の前にはシーエが既に控えており、大男の来訪を待っていた。


「待たせちまったみてえだな。悪い」

「問題ありません。ダリ様は身支度を整えておりますので、中に入ってしばしお寛ぎ下さい」


 無表情なアンドロイドの言葉に、ジェスタはギョッとした。

 ジェスタの様子を窺い、シーエが先回りで補足する。


「ご期待に添えず申し訳ありませんが、ジェスタ様の考えられている状況ではないと」

「俺は何も考えてない」

「そうでしたか。失礼いたしました」


 シーエはそう言って頭を下げると、扉の前に立ち入室した。

 ダリは白衣以外の服を着た状態で、タオルを頭からかけて冷水を飲んでいた。いつになく機嫌の良さそうな笑顔で、どーもと片手を上げて見せる。


「随分機嫌良さそうじゃねえか」

「まぁね。駄目元でやってみた実験の成果が出そうなんだ。五日ぶりにシャワーも浴びたしね」


 ごしごしとシーエに頭を拭かれながらソファーに腰をかける。

 ダリが親指で示した方を見ると、銀色の液体が沈殿するバイオポットが気泡を立てて稼働していた。


「あれは?」

「新型のO-doll。Type-ハイドラグラ。シーエの弟分になるわ」

「あれがdoll?」


 ジェスタは眉を顰めた。意味が分からないと言わんばかりに。


「今回の実験はね、ここだけの話、評議員の連中には持っていってないのよ」

「あ? なんでだよ」

「バレたらヤバいから」


 とても綺麗な笑顔で言うダリ。ジェスタは不吉な予感に震えた。

 これ以上聞かない方が良い気がする。そう直感した彼は、何も言わず立ち上がり、退室すべく扉へと向かった。シーエが腕を広げて通せん坊していた。


「申し訳ありませんが、秘密を知られた以上通す訳には参りません」

「お前ら理不尽だな! 言わねえよ、言わねえから余計な事知っちまう前に帰してくれよ!」

「まぁそう言わないで聞きたまえよ親友」


 にこにこと満面の笑みでポットの前まで移動したダリは、シーエによって強制的にソファーに固定されたジェスタに説明を始める。


「まず今回の実験の目的だけど、簡単に言えば魂の具現化よ」


 説明が始まった事に焦りを感じ、耳を塞ごうとした手をシーエに抑えられるジェスタ。すでにダリの意識は自身の成果を他者に披露したいという気持ちで一杯であり、抵抗を続ける親友の姿など視界の端にも掠っていなかった。


「理性と本能、知性と感情を持ち合せた知的生命体。その精神情報を、原型を保護したまま流動性を持つ依り代に入力する。するとどうなる? いわば精神と肉体の融合体だ。全身が感覚器官。全身が運動器官。対象の意思一つで自身の形状を変化させる事が可能なdoll。これこそ魂が実体化した形だと思わない?」

「……なんかよっく分かんねえけどよ、つまりはそこの変な水たまりが、人の形して動くってことでいいのか?」

「ざっくり言うとそんな感じね」


 満足げに頷くダリに首を捻るジェスタ。


「聞く限りじゃ、その実験のどこに問題があんのか今一ピンとこねえんだが」

「問題と言うのはつまりね、この流動体であるdollボディ、Type-ハイドラグラシリーズに込める精神情報体。魂は、人工では利かないの」


 一瞬だけ怪訝な顔をし、その意味を理解したジェスタは目を剥いて怒鳴った。


「俺は嫌だ! 絶対嫌だ!」

「勘違いしないでよ。アタシだって嫌だわ。せっかくの可愛い我が子がアンタの姿なんて」


 安心したような傷ついたような微妙な心境のジェスタは、なおもダリに喰ってかかる。


「じゃあなんだよ、非民区の奴でも使うのか? それか死にかけの病人怪我人でも連れてくるつもりか?」

「非民区は駄目ね、精神面で拒否感情が強すぎて適合しないわ。末期の入院患者を連れてくるのはいい考えだけど、評議員に伝わる可能性を考慮したら上手くないわね」

「そもそも倫理的に不味いだろそれは。なんで人工じゃ駄目なんだよ。シーエちゃんと同じだろ?」


 そう言ってシーエを指差すジェスタに、人に向かって指差すものじゃないとダリはグラスを投げつける。額に命中ししばし悶えた。


「ここはアタシとしても明確な説明が難しい部分なんだけどね、やっぱり、人工の精神体と自然の精神体の間には、魂の強度に桁違いの差があるのよ。流動性のある受け皿に、トレースしたシーエの精神情報を詰め込んでみたら、形状は確立できるし生命反応も発生するのだけど、ほんの数分で崩壊してしまったわ。耐えられなかったのよ。形状の無いものを、自我だけで確立させる過負荷にね」

「……それは、例えば俺の精神体でも同じ結果になるんじゃないか?」

「負担がある事は確かよ。でもね、外部からの損傷が、それこそ人体における致命傷のレベルに到らない限りは崩壊もおきない事が証明されているわ」

「証明って、どうやって……」

「我が身を持ってよ」


 馬鹿野郎とジェスタが怒鳴りつけると、さも煩わしげに耳を押さえるダリ。これだから狂科学者って奴は厄介極まりない。

 本気で怒るジェスタに、シーエも便乗する。


「ジェスタ様ではありませんが、あまり無茶な実験を自ら検体となって行う行為はワタクシとしても推奨しかねます。ダリ様の身に何かあれば、ワタクシの存在意義が消失します」

「んー、……そうね、シーエに心配かけるのは本意ではないわね。今後は控えるわ」


 俺はどうでもいいのかと内心で落ち込むジェスタ。

 とにもかくにも、シーエのような人工知能、人工精神体を入力する事は不可能であり、かといってこの惑星の人民に手をかけるのはあまりにリスクが高く、成功率も低い。


「この惑星。いいえ、この銀河に存在するあらゆる知的生命体は、すでにこのドールという存在を深く認知しているの。迫害の歴史も、『物』という公然の立ち場も理解しているの。自分がその立場になった時、人々の都合のいいように扱われる『物』になった時、どうなるか知っているのよ。当然、強い拒否反応を示すわね。そしてそれが、崩壊へと繋がってしまう」

「……打つ手無くねえか?」


 にやりと不敵な笑みを浮かべたダリは、バイオプラントに向き直る。

 キーを操作し、浮かび上がった三次元モニターに、とあるデータを映し出した。


「つまりね、何も知らないこの銀河の『外』の知的生命体から、情報を浚ってくればいいのよ」


 暗い瞳でそんな事を言ってのけ、赤いスイッチを押した。

 何を言ってるんだこいつはと眉を顰めるジェスタ。装置の稼働音が響く。エネルギーの大きさに磁場が歪み、室内に熱が立ちこめる。


「フォトンアーキテクチャを介して、銀河の外に範囲を絞ってね、知的生命体の反応を探っていたのよ。正直、最初は駄目元どころか遊び半分のつもりだったんだけどね、フフ。見つかったのよ、アタシの理想の、救世主様がね」


 一つ調整を誤れば全てが崩壊しかねないデータ管理を自らの手で行いながら、ダリは昂った感情をモニターに映る『その少年』の精神情報体に向ける。

 この五日間。それは、彼との対話だった。

 この少年の生態を一から観察し、彼の歩んできた足跡をコンマ一ミリまで分析し、彼の思考パターンを自分なりの解釈を含めてあらゆる角度から検討し、彼の身体情報を髪の毛の一本に到るまで究明した。

 本人に会わずとも、ダリは少年の事を知れば知るほどに、彼の事を好きになった。

 それはきっと、シーエに対するものと同じ感情であろうが。

 同時に、僅かながらの希望を持った。

 彼ならば、あるいは私の子供達を救ってくれるだろうかと。

 ほんの少しだけ、そんな事を思った。

 やがて、バイオポットの中の銀色の液体に変化が起こった。

 この惑星の周囲に浮かぶ幾つもの光の輪。フォトンアーキテクチャと呼ばれるその装置が、捕捉した遥か彼方に存在する少年の情報を細微までトレースし、この惑星に持ち帰った。

 マザープログラムに受信された少年のデータが、ダリが独自に構築したネットワークに転送され、バイオポットに入力される。

 ポット内に満たされた溶液から銀色の液体へと情報が浸透し、吸収したコロイド溶液がその形状の再構築を始める。

 一つの細胞が分裂を初め、胎芽となる。細胞層の一つが神経管へと発達。鼓動が始まり、やがて主要臓器が形成され、神経管が完成する。脳が三つに分かれ、その後は次第に体が発達し、胎児となり人間の形を築いていく。

 皮膚が形成され、爪が生え、赤子になると髪も生えてくる。

 ダリの、シーエの、ジェスタの前で、少年は自身の誕生から現在までの成長過程を余すことなく再現した。ほんの、数分間で。

 ジェスタはあまりの光景に立ち上がり、眩暈を覚えた。

 シーエは『弟』の誕生を、変わらぬ無表情の奥で静かに喜んだ。

 そしてダリは、まだ眠る我が子を見つめてそっと微笑んだ。


「期待してるわよ、救世主様」



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