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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
少年アブダクション
3/19




 ダリの愚痴は長かった。まぁ、長かった。

 鳥頭に対する悪口雑言が終わると、評議員一人一人に対する批判に移り、彼らの仕事の杜撰な点を事細かに並べ立て、現在の政治の在り方に物申し、最後に再び鳥頭に対して汚い言葉を吐き散らせば、すっきりとした顔で溜め息をついた。

 

「悪かったわね、愚痴に付き合わせちゃって」

「……いいさ」


 テロリストの対策に関してダリと打ち合わせを行う旨を部下には通電してある。仕事は奴らに投げてしまえと、やさぐれた考えに到るジェスタ。

 上司の説教と同僚の愚痴で埋められた数時間は、男の精神をごっそりと削っていた。


「ご飯食べていくでしょ? シーエ、お願い」

「ダリ様、研究記号5000988746に関してご報告がありますが、お食事の後になさいますか?」

「え、あぁ、あれ? なにか動きあったの?」


 想い人との食事に一瞬だけ心を馳せたジェスタだが、即座に報告を優先するダリに小さく肩を落とす。

 科学者なんてそんなもんさと一人で納得し、ソファーで少し横になる事にした。


「検索条件に符合する精神情報体を捕捉しました」


 報告を聞いた瞬間、ダリは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

 驚いてソファーから転げ落ちたジェスタは、いきなり何事かと目を剥く。

 デスクに置かれたゴーグルをかけると、スクリーンを兼ねたレンズに様々な数値情報が表示される。散乱する書類の中から一束を取り、パラパラと捲りながら幾つかの装置を起動させる。

 広い室内を埋め尽くすように様々な機械から投射された立体映像。大型スクリーンの上で目まぐるしく流れる数値。踊るように変化するダイアグラム。


「観測したデータは?」

「転送済みです。モニタリングデバイスよりご確認ください。バイタルサイン平常時点で取得。仔細はこちらになります。知性も規定水準を満たしています。情緒面に多少波がありますが……」


 無表情で忙しなく動くダリ。突如変わった空気にも恙なく対応するシーエ。まるでついていけず居心地の悪さを感じるジェスタ。 


「受け皿は?」

「予測適合率93.56%。Type-ハイドラグラ1053を推奨します」

「シーエ、アタシがデータに目を通している間に受け入れの準備をお願い。しばらく閉じるわ」

「かしこまりました」


 ダリはそう言うと回線を繋いだヘッドギアを装着し、シートに横たわった。

 シーエは一つのバイオポットの前でモニターを確認しながらキーを入力する。

 存在を忘れられたらしい客人は、忙しそうな二人に声をかけるのも憚られ、そろそろと部屋から静かに退散することにした。


「ジェスタ!」


 背中にダリの叫びを受け、びくりと体を震わせて振り向くジェスタ。

 シートから身を起こした科学の権威は、不敵な笑みを浮かべていた。


「五日後にまた来なさい。面白いもん見せてあげる」


 言うだけ言うと、彼女は返事も聞かないままシートへ寝ころんだ。

 ほとほと疲れたジェスタは、言葉も無く研究室を後にした。




 少年は考える。

 何故自分は弱いのだろうか。何故この世界は優しくないのだろうか。

 涙が止まらない。震えが収まらない。怖い。この世界は、こんなに怖い。


「ッ……痛ぇ」

「テメェ……ぶっ殺して、ぐぅっ」


 少年は怯える。

 まだ生きてた。怖い。なんだこいつら。

 こんなに殴ってやったのに、まだ動く。睨んでくる。殺すとか言ってる。

 蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。

 薄暗い路地。そこに転がる人間は五人。あえて他者を威嚇するような風貌の男達は、苦痛に顔を顰めていた。

 転がっていない人間は一人。黒の制服。濁った瞳に色濃い隈。目元まで伸びた黒髪が暗く湿った空気を漂わせる少年は、ようやく動かなくなった男達を見つめて、しとしとと泣いていた。


「大丈夫ですか? ごめんなさい。怪我してますけど、大丈夫ですか? 救急車呼びますか? あぁ、駄目だ、全然気付かないや」


 本気で心配している少年の口調に、僅かに意識が残っていた男の背筋に寒気が走る。

 後悔する。相手を間違えた。イカレている。このガキはイカレている。

 路地に連れ込んだ時には、カモにちょうどいい弱そうなガキだと思った。

 無駄な抵抗をして仲間を殴った時には、馬鹿なガキだと笑った。

 今ではもう、気味の悪い化け物にしか見えない。


「あぁ、どうしよう。救急車呼んだ方がいいよね? でも僕、携帯電話持ってないし、あの、ごめんなさい、誰か持ってないですか?」


 気弱な顔で泣きながら倒れている男達に尋ねる少年。男は反応したくなかった。反応したら、まだ動けると判断される。また蹴られる。動かなくなるまで蹴られる。そう思った。だが。

 少年は一番近い位置にいた男の背中に、容赦なく踵を落した。骨が軋み、肺から空気が漏れてせき込んだ。

 申し訳なさそうな声が、遠慮がちに尋ねてくる。


「持ってますよね? 携帯電話。たぶん、僕と違って友達多そうだし。良ければ、貸してもらえませんか? すいません、お願いします」

「あ、ああぁぅ」


 背中に更に体重をかけられ、男は呻き声を上げた。痛む腕を動かしてポケットを探る。取りだした携帯電話を、少年に差し出した。


「あ、ありがとうございます」

「ぅぷっ」


 礼と共に頭部へ踵を落された男は、アスファルトに口付けしたまま意識を手放した。

 完全に動かなくなった男達の姿を見て、少年は少しだけほっとしたような顔を見せた。

 少年は思う。

 嫌な奴らだった。怖い、冷たい、乱暴な奴らだった。

 あの頃の、苛められていた時の光景が蘇って。弱いままだったあの時の、狂おしい劣等感が蘇って。

 つい、殺してしまう所だった。


「あ、もしもし、す、すいません。えぇと、○○市の××通りの、……えぇと、どこだろうここ」


 遠い宇宙の何処か。青い星に住む少年は、泣きじゃくりながら暗い路地を後にした。


 

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