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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
少年アブダクション
2/19




『呼びだしたのは他でもない』。


 中枢区と政令指定区画を繋ぐ回線モニター。

 そこに映し出される会議室。多種族の為政者達が、思い思いの表情で着席している。

 スクリーンの前で彼らに向きあうのは、種族の違う二人の男女。

 一人は軍服を着た大男である。

 黒の下地に蒼い線の走ったデザインのジャケットに黒一色のカーゴパンツ。彫りの深い顔立ちと赤いオールバックが野性的な印象を与えるが、それもそのはず。

 I4騎兵装隊司令官ジェスタ。『毛深いトカゲ』と揶揄される獣人種、メレンゲリック人である。

 そしてもう一人。此方は白衣を纏った美しい女性だ。

 豊満な体を包む黒のシャツ。片眼鏡の下にはとろんと眠そうな色素の薄い瞳。限りなく白に近いきめ細やかな肌。そして長耳。

 遥か昔、故郷の星を捨て、新たなる惑星を圧倒的な技術力により造り出した始まりの種族。あらゆる知的生命体の最先端を標榜する、エルフの一族。

 中枢区先進技術開発研究室本部室長。ダリ。

 共に権威ある立ち場の二人が、評議員と呼ばれるこの惑星の政府機関に揃って呼び出しを受けた理由。それは――。


『先日のバオルク財団ビルのテロ事件についてだが』


 モニターに映る橙色種の男の大きな一つ目が、大きな欠伸をかくダリを捕える。

 ダリは特に焦りも無く、むしろ、人の睡眠時間を割くなとでも言いたそうな様子で眼を擦っていた。

 隣に立つ大男が居た堪れない様子でそわそわとしている。 


『ダリ室長。君は何が問題でここに呼び出されたのか、理解しているかね?』

「何も問題ないのに何故呼び出されたのか、理解しかねていますが」 

『多額の資金を投じて造られた君の人形が、まったく役に立っていない事実が問題なのだ』


 あまりのふてぶてしさに一つ目の男が苛立ちを声に滲ませ言うと、ダリもまた眉を顰めた。


「お言葉ですがね、キザン長官。テロリスト首謀者であるX-dollの情報を持ちかえった上で、少なくない損傷も与えました。此方は軽度の損傷を受けましたがそれだけであり、すでに修復も完了しています」

『結果的には取り逃がしている上に、バオルクの要人を死なせたのだ』

「それは情報当局の諜報部が愚鈍揃いで後手に回ってしまった故でしょう? あそこの責任者はどなたでしたか。えぇと確か、誰でしたっけ? ねぇ、キザン長官?」


 首を傾げて尋ねるダリ。キザンは大きな目に血管を浮かべてその顔を睨みつける。

 大方、評議会でその件に関して痛い部分を突かれ、此方に責任を投げる腹なのだろうと、ダリは当たりをつけた。


『……テロリストのX-dollは違法改造を施しているという話だが、君ご自慢の人形で相手になるのかね』


 そして、おそらくはその痛い部分を突いたであろう人物。

 毒々しい警戒色の羽が首周りを覆い、鳥を思わせる顔立ちは悠然とした余裕を湛えている。

 政令指定区と一般区域に設置された学術院と呼ばれる教育機関。

 その統括総責任者。有翼種ミクロウ人の男、レイザーヒェンである。


「そのX-dollに施された兵装については既にシミュレートしており、それに応じてギミックも施しています。次の接触では十分に対処可能です」

『当然、敵も対処される事を想定して動くだろうな。そうしたらどうする? もちろん考えがあるのだろう、ぜひ聞かせて頂きたいな』

「あらゆる状況に応じて対処していくつもりですが、兵装に関して敵の手数が想定できない以上は万全を期す事は現状難しいかと」

『つまりはまた遅れを取りかねない訳だな。次回も敵が、君の大切な人形を見逃してくれればいいのだが』


 レイザーヒェンの皮肉に、キザンも含めた評議員が嘲笑を浮かべる。ダリはこの男が苦手だった。

 教育機関の代表だけはあってさすがに賢い。性悪揃いの評議員の中でも一段と嗜虐的な気質を持ち、尚且つ弁が立つものだから腹が立つ。

 相手が痛いと思う部分をチクチクと的確にご自慢の口先で突ついてくる。毒々しい首周りの羽の色合いは、本人の腹の中そのものである。


「ならば、役に立たない人形をわざわざ出撃させる必要はありませんね。後は騎兵装隊の方々にお任せしましょうか」

「え、ちょ、お前」

『良い大人が拗ねてくれるなよ、ダリ室長。民衆の税を投じて造られた公共物を、君の私的な感情で動かさないなど通る訳がないだろう。無茶を言うものじゃない』

 

 公共物。

 隣の大男の抗議を遮って返された言葉に、ダリはこれ以上ない不快感を覚える。

 ただ、その表現が必ずしも間違っていないために、ダリは言い返せない。

 避民区以外の、この惑星の住民から徴収した税を投じて造られたアンドロイドdoll。その目的は、多種族が住まうこの惑星での生活のサポートであり、トラブルの解決であり、民衆への奉仕である。

 つまりは公共物だ。いくら制作者とは言え、その用途を違える事は越権に当たる。

 近年、様々な事情からdollの扱いに関して慎重になったこの世界であるが、その認識は依然として『物』に過ぎない。

 例えそれが、ダリにとって耐えがたい屈辱であったとしても。


『まぁ、こちらも意地の悪い言い方になってしまったね。それは謝罪しよう。だが、ここは問責の場だ。耳に痛い言葉が出てくるのは仕方ないだろう。お互い大人になって良い話し合いをしようじゃないか。……ねぇ、ダリ室長』

「……軽率な発言、失礼しました。」


 目の前にいたら殴り殺していたかもしれない。

 まるで子供を宥めすかすような口調のレイザーヒェンに、いよいよダリの握りしめた拳に殺意が混じる。隣の大男はただただ居た堪れない様子で視線を下に向けていた。


『ダリ室長には次の接触までシーエ3618の調整をしてもらうとして、――ジェスタ司令官。君の管轄する部隊は現場を完全に包囲しながら、敵の逃走を許してしまったとの事だが。それについて、部隊の錬度は――』






「アイツ殺そう」

「気持ちは分かるが落ちつけダリ」


 良い話し合いを終えた二人の顔に、感情はなかった。一方は怒りで、一方は疲れで。

 鳥男の厭味の対象は、あの後ジェスタに変わり、ダリに戻り、ジェスタに移り、最終的にはダリで終わった。過去の事からまだ起こっていない未来の話まで、よくもまぁこれほどと感心する徹底した弁舌でもって二人は吊るし上げられた。

 最後には艶のある顔で『励みたまえ』のお言葉を頂戴し、モニター室を後にしたのだ。


「奴らはなんの権限があってアタシの子らの権利を主張するんだ? なんで罵詈雑言をぶつけて嘲笑うような連中のために、アタシは我が子を差し出す必要があるんだ? ぶっ殺すぞクソ共」

「頼むからさ、一応軍属の俺の前でそういう事言わねえでくれるかな」


 眠たそうな垂れ目で過激な発言を繰り返す想い人に、情けなくも理想を描く大男は哀願する。

 当然、怒り心頭の女の耳は何も通さず、死ねだ殺すだの呪詛を吐き続ける。誰かが通りすがる度に異様な視線を集めた。

 そうこうしている内についた場所。重苦しい金属性の扉の前。

 生体認証センサーがダリの情報を認識し、室内へと通す。入れとは言われなかったが、ダリの愚痴が止まる気配もなかったのでジェスタも続いた。

 そこはラボでありながら、ダリの私室でもある。

 壁面には幾つものバイオポットが整列し、中には蛍光色の液体が満たしてある。銀色の液体が沈殿していたり、細い棒を幾つも繋ぎ合せたようなオブジェが浮かんでいたり、等間隔で粒のような物が並んでいる物もある。

 その変化をポータブルマネジメントに入力し、記録している女性型アンドロイド。

 シーエは主の帰還と客の来訪を確認すると、作業の手を止めて会釈と挨拶を交わした。


「ダリ様。お帰りなさいませ。ジェスタ様。御機嫌よう」

「よぅ、シーエちゃん。この前の損傷は大丈夫だったのか?」

「問題ありません。修復は完了しています」


 もてなしの準備を始めるシーエをダリが止める。


「観測の途中だったんでしょ? お茶は自分で入れるから続けなさい」

「問題ありません。只の暇つぶしでしたので」


 ずいぶんと人間らしい行動をするものだと、ジェスタは呆れ混じりに笑う。

 用途不明の精密機械は静かに稼働を続け、何らかの数値を記録している。3次元モニターには幾つものデータが図として浮かび上がり、微細な動きを見せる。

 デスクの上は手書きの書類が散乱し、細かい部品や器具が雑に投げ出されたまま。シーエが片づけていない所を見ると、主にとってはこれが都合のいい形なのだろう。

 中枢区先進技術開発研究本部。

 一人と一体の入室しか許されていない、この惑星のブラックボックスである。


「……俺入って良かったのか?」

「いいんじゃないかな」


 

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