表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
X-doll  作者: 鬼屋敷口談
聖少女ラプソディ
19/19




 帽子と外套を纏い、幼い少女と手を繋ぐ壮年の男。

 そして、その影に潜む青年。


「あの女の人、dollだおー」

「あぁ、そうだな。技術開発局で手配したのだろうな」


 よじよじと昇ってくる少女を抱え上げて肩車するコンドルテ。わーいと無邪気に喜ぶ少女。只の親子連れにしか見えない彼らを怪しむ者はいなかった。


「コンドルテー。おわったー」

「良い子だ、ビーユー」


 少女を肩車したまま、ミュリエルの元に歩み寄るコンドルテ。距離を詰める。さりげなく、川のほとりを辿るように。

 ミュリエルと女はちらりと視線を向けただけで通り過ぎる。黒い影が、彼らの影に移った。

 距離が開く。一歩、五歩、十歩。

 ビーユーが泣き声を上げた。


「うわぁぁぁん!」


 何事かと視線を向けてくる男女。その後ろから影がスルリと姿を現し、黒い刃を振った。

 金属音。弾かれた音。


「え、……わっ!?」

「へぇっ! やるね」


 掌だった。広げられたシーエの掌から、分厚い刃が飛び出している。

 弾かれた黒い刃はマントのように翻り、襲撃者の体に絡みつく。シーエの追撃は布のようなその刃に弾かれた。


「ショーくん。下がってください」

「な、何事……?」


 言われるがままにシーエの背中に隠れたショーくん。

 接近するナイプ。顔の半分に刺青を入れた彼は、獰猛な笑みを浮かべて踊るように斬り掛かった。

 警吏や民間人が異常事態に気付いて目を向けると、その背後から小さな蛇が顔を出し、霧を噴出した。浴びせ掛けられた者達が、痙攣して倒れていく。


「女に守られてるだけか? なっさけねえなぁレプユッ!」


 姿だけならばミュリエルの少年は、嘲笑を浮かべる男の言葉にただうろたえるだけだ。尽く襲う連戟に対処するシーエは、少しむっとした顔になる。


「貴方が何者であるかは分りかねますが、随分と不躾な方ですね」


 敵の攻撃をいなしつつ、腹部に膝を叩きこむシーエ。

 後退して避けたナイプは、次の瞬間目を見張る。シーエの膝頭が展開し、黒い砲弾が放たれた。それはナイプの胸部に当たり、派手な音を上げて炸裂した。

 ばさりと宙に身を躍らせたナイプ。

 着地と同時。薄く長く伸びたマントが、シーエに向かい奔った。かろうじて直撃を逃れたシーエの腕に、薄く筋が刻まれる。

 ナイプの顔に浮かぶ笑み。ダメージはない。

 そのまま横に振われた剣閃を屈んで交わしたシーエは、後退してナイプから距離を取った。


「……面白い兵装ですね」

「アンタこそ、面白い体だな」


 互いに皮肉混じりの言葉を投げ、睨みあう。

 全身に仕込まれたギミックを駆使する全身兵器と、振えば刃と化し纏えば鎧と化す衣を操る襲撃者。

 緊迫する二人の脇で、おろおろするショーくん。

 ふと足元に感じた違和感に、ショーくんが下を向くと。


「ぇ……ぅ、うあぁ!」

「ッ……ショーくん!?」

「おっとぉッ!?」

 

 ショーくんの悲鳴に反応したシーエ。そこにすかさず振われた刃は、咄嗟に転がって避けたシーエの肩を深く抉った。

 肩を押さえてショーくんを見たシーエは絶句する。

 地べたで這い回る無数の鈍色。

 蛇である。鉄の鱗を持つ細長い小さな蛇の群れが、少年の足元で蠢いていた。

 だが、シーエが焦ったのはそれだけではなく、彼に接近する別の敵に気付いたからだ。


「ショーくん! 後ろ!」

「え」

 

 シーエの声に振りかえったショーくん。

 既に間近に迫った敵。外套を脱ぎ棄て、古傷だらけの筋肉質な体を露わにした壮年の男。

 無機質な瞳は真っ直ぐにショーくんを捉えている。両手に持った小槌から連続的に響く破裂音。核から発生した電磁バリアが巨大な槌と為り、標的に振われる。


「あ、あぅ、あぁ」

「ショーくん! 逃げ……」

「無理だってばよぉ!」


 気付けば接近していたナイプの嘲笑。首元に振われる刃。

 ――終わりだ。

 確かな手応えが伝わり、コンドルテがそれを確信する。だが。

 ナイプの動きが一瞬止まる。シーエも同時に。背後ではビーユーが、えぇ! と声を上げる。

 気付いたコンドルテが目を見張る。

 勢いのまま宙に投げ出された標的が、形を崩したのだ。

 銀色に変色し、水溜りのように固まった流体がシーエとナイプの方へと運ばれる。

 硬直からいち早く立ち直ったシーエが残された腕から刃を出し、ナイプに振う。かろうじてそれを受け止めたナイプは、しかし。

 二人のちょうど真上にきた流体。それが不意に形を為し、両手を塞がれたナイプの顔面に踵をめり込ませた。

 布に覆われていなかった鼻を潰され、血を噴き出すナイプ。


「ナイプッ!」

「クソがぁっ!!」


 たたらを踏み後退するナイプに、シーエが追撃する。

 シーエの剣が線をなぞるが、全身にマントを纏ったナイプの体が地面に沈んだ。

 影と化したナイプの姿を追うシーエだが、ショーくんの呻き声に咄嗟に反応する。


「あぁ、痛い、頭が、ふら、ふら」

「シ、ショーくんっ。大丈夫ですかっ?」


 直撃の瞬間、流体と化して衝撃を流したものの、殺しきれなかったダメージを残した少年が頭をふらつかせていた。介抱しようとするシーエだが、状況的にそうもいかなくて歯噛みする。

 出力を上げたバリアを展開し、二人を纏めて潰すべくコンドルテが迫っていた。

 ショーくんを抱えて後退するシーエ。そこに、鈍色の蛇が追い縋る。

 足元で這い回る蛇に動きを制限されたシーエの耳元で、ショーくんがぼやく。


「あぁ、シーエさん」

「! ショーくん。しっかり掴って……」

「さっきの人ですか? まだいるんですか? あぁ、やだなぁ、もう。ホントに」


 うんざりとした声で嘆くと、シーエの肩にとろりとした感触が広がった。


「ショーくん!? ……っ」


 既に射程距離に入ったコンドルテが槌を振う。少年の姿を追いながらも、後方に回避するシーエ。

 バリアに掠めた地面が焦げる。攻撃範囲の広さと巧みな体捌き。反撃の隙を与えないコンドルテの連撃に防戦を強いられるシーエ。

 コンドルテは攻撃の手を休めないまま、姿を消した標的に意識を散らせていた。

 先ほどもそうだ。直撃したはずだった。手ごたえは感じた。だが……。

 『地震』を司るレプユ。

 ナイプからはそう聞いていたし、コンドルテとビーユーはその力の片鱗を目の当たりにしている。

 だが標的は、その力を使わない。先日の接触ではお首も出さなかった臆病さ。直撃したはずの攻撃は何故か通じず、形を崩し再び組み立てる体。

 コンドルテは情報を組み立て、一つの答えに到る。


「……なるほど、替え玉か」


 敵の呟いたその言葉に、シーエはこの状況と、ダリの思惑を理解した。

 シーエが主に憤りを覚えたその時、敵の背後からショーくんが、音も無く形を為す。


「あ、あの、ごめんなさい……っ」


 涙声の謝罪がコンドルテの耳に入ると同時、ショーくんは敵の腹に手を突っ込んだ。

 液状化した指が内部でコンドルテの中身をこねくり回すと、大きく身を震わせた男が力を失い、手から槌を取り落とす。


「あぁぁ! コンドルテェェェ!」


 ビーユーが悲鳴を上げる。蠢いていた蛇がそれに合わせ、一斉に奇声を発した。

 意識が点滅する。コンドルテは少女の声にぴくりと反応し、頭部に設置されたバリアの出力装置を最大値で作動させた。

 傷ついた核にエネルギーが集中する。歪に揺らぎながら、発生した結界は大きく広がる。コンドルテを貫いたままのショーくんは容易く弾き飛ばされた。

 声帯がかろうじて機能する事を確認し、コンドルテは叫んだ。


「ナ…イプ、ビーユ……御許に…合流しろ……!」

「やあぁ! コンドルテぇ!」


 なおも出力を上げるコンドルテ。

 破裂寸前の風船を思わせる危うげな球体が、設定値の限界を越えたエネルギーに膨れ上がる。

 縋るように掛けよろうとしたビーユーは、足元から現れた黒マントに体を掬われた。


「コンドルテ! せめてソイツラくらいは仕留めてくたばれや!」


 憎まれ口を残し、ビーユーを抱えて地面に沈んだナイプ。見届けたコンドルテは薄く笑みを浮かべた。

 シーエは意識を手放した少年を拾い、足元の蛇を踏みしだいて離脱を急いだ。

 亀裂が走る。それでもなお、出力は上がる。結界が揺らぐ。軋む。崩壊はすぐに訪れる。

 ぱん。

 軽い音を立てて、結界は砕け散った。

 膨大なエネルギーが解放され、轟音と共に周囲に襲いかかる。熱量が、衝撃が、エニーヴィルダを蹂躙する。

 蛇が塵と化す。地面がクレーター状に抉れ、樹林は倒壊し、川は枯れ果てる。

 巻き込まれた人々の悲鳴が、呻き声に変わる。

 暴風が巻き上げられた塵が広範囲に降り注ぎ、視界を覆い隠す。

 やがて衝撃が収まり、音が静まる。

 そこには。

 

 互いに抱き合って倒れる、傷ついた男女の姿があった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ