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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
聖少女ラプソディ
18/19




「あれ? どうしたのショーくん」

「ん? 何だいお嬢さん」

「え?」

「え?」


 つい先ほど、ショーくんとシーエが二人きりで出掛けてしまい、不貞腐れていたヨルム。

 間も無くジェスタと共にラボへ戻ってきたショーくん……緑髪の男を見て、首を傾げた。

 二人のやりとりに、後ろでダリがくくと笑いを漏らしている。ヨルムはそれに気づき、ダリの思考を読む。彼女は、すぐに話の概要を掴んだ。


「先生!」

「いや、はは、悪い悪い」


 ちっとも悪いと思ってない様子で謝るダリに、ヨルムは憤慨する。

 意味の分かっていない男二人は、目の前のやりとりにはてなを浮かべる。


「つまり、ショーくんは替え玉になっていると」

「そういうことだね。ま、シーエが付いてるし大丈夫じゃないかな」

「なんでそんな面白そうな事に私をハブいたんですか」

「アンタが普段、一緒に出掛けられないシーエを煽るからよ。あの子、涼しい顔してるけど結構悔しがってるんだから」


 キィィ、と地団太を踏むお嬢様。何事かと傍観していた二人が、耐えかねて声をかける。


「おい、ダリ。どうしたんだ?」

「なんでもないわ。ごめんなさいね、お待たせして。二人とも座って」


 気心知れた様子でそう促す。二人もまた気負いのない様子で室内のソファーに腰を掛けた。

 穏やかな笑顔を浮かべて、緑髪の男が挨拶をする。


「久しぶりだね、ダリ。相変わらず綺麗だ」

「貴方も変わらないわね。前と言ってる事が」

「はは、厳しいね」


 そんな二人の様子を複雑そうに見るジェスタと、不思議そうに見るヨルム。

 それに気づき、ミュリエルが答えた。


「あぁ、お嬢さん。挨拶が遅れて申し訳ないね。僕はミュリエル。ダリとジェスタとは昔馴染みでね」

「そうでしたか。私はヨルムと申します。ダリ先生には、以前から教鞭を賜っております」


 そう言って会釈をすると、感心したように頷くミュリエル。

 さすがはダリの生徒だと、先ほどのヒステリーな様子をあえて考えないようにして素直に称賛した。

 そこで室内を見回したジェスタが声をかける。


「ショーとシーエちゃんはどうしたんだ?」


 ひくりと、ヨルムの笑顔が引き攣った。


「あの二人は、今デート中よ」

「は? マジか! いいのかそれ?」


 ひとしきり驚いて、ヨルムの方をちらりと伺うジェスタ。

 視線が合った。『なにか?』とヨルム。『いいえ』と視線をそっと外すジェスタ。


「楽しい人達に囲まれてるね。羨ましいよ」

「否定はしないわ。それで……」


 ミュリエルの言葉に苦笑いを浮かべるダリ。

 無駄話は終わりとばかりに表情を切り替える。


「とりあえずは実のある話をしましょうか。貴方達に起こった事を、詳細に教えてちょうだい」





 ステーションを降りてしばらく歩いた先に、豊かな緑が見え始める。

 芝が広がる先に植生する樹林。川のせせらぎが耳に心地良く、涼しい風が流れる。

 エニーヴィルダガーテン。ショーくんのお気に入りスポットの一つである。

 川の近くにシートを広げ、二人は腰を落ち着けた。


「お弁当を作って来ました。ショーくん。あーん、させてください」

「い、いや、それは」

「させてください」


 淡々と繰り返し、期待に満ちた視線を向けてくる女性型アンドロイド。

 引き攣った笑みで返すショーくんは、いつになく機嫌が良さそうなシーエの様子に戸惑っていた。

 しかし、その理由も今の自分の姿を考えれば納得もいく。

 背が高く、すらっとしている美形。どうにもダリの好みらしいが、こんな顔をしていればダリに限らず心を奪われても仕方ないのだろう。

 例えばそれが、シーエでも。

 そのシーエと言えば、作ってきた美味しそうな弁当を広げてさっそくワキワキとおかずを見せてくる。どれが食べたいかと聞いてくる。

 傍目から見れば美男美女。さぞ似合いのカップルに違いない。本当の自分の姿とはかけ離れた分不相応な美丈夫の体に、ショーくんは酷く居た堪れない想いを抱いていた。

 歩いている間、そっと寄り添ってくるシーエにも複雑な気分である。

 恐る恐る、ショーくんは尋ねた。


「……シーエさんも、こういう男の人が、好きですか?」

「それは、緑色の髪で、背が高くて痩せている、と言う意味でしょうか」

「ち、ちがくて」


 おどおどと視線を逸らし、どう言ったものかとショーくんは悩み、たどたどしく続ける。


「そ、その、顔が良くて、背が高くて、なんていうか、格好良い、っていうか」

「背は低いですが、ショーくんの顔は可愛いですし、格好良いですよ」


 じっとショーくんの目を見つめて淡々と答えるシーエに、ショーくんは驚く。

 背が低いのは悲しいが事実なので返す言葉もないが、そんな風に見られていたのかと。


「格好良くなんて、ないですよ。ぼ、ぼくは、弱いし、怖がりだし、すぐ泣くし。シーエさんに、守られてるだけだし」

「でも、格好良いですよ」


 目を伏せて、おどおどと返されたショーくんの自己批判に、シーエは淡々と、はっきりと言葉を返す。

 何故この人はこんなに手放しに自分を褒めるのか。ショーくんには訳が分からなかった。

 そんな少年の葛藤も関係なく、シーエはおかずを摘まんで差し出してくる。


「ショーくん、あーん」


 シーエが真っ直ぐに見つめてくる。目を合わせるのは怖かったが、一度合ってしまうと逸らす事すらできない、強い視線であった。

 姿こそ変わっても臆病な少年は、自らが感じている劣等感と、シーエの見ている自分の姿との間にあるズレに、いっそ恐怖すら感じてた。

 この人は何をそんなに自分に期待しているのだろう。こんな自分に、何故こうも良くしてくれるのか。優しくしてくれるのか。なにも返す事などできない自分に。

 常に少年の中で滞留する黒く濁った劣等感が、どうしようもなくこの女性の好意を拒絶し、否定してしまうのだ。例えそれが純粋な想いであろうと、なかろうと。

 自分を信じられないがゆえに、他人を信じる事ができないのだ。


「シーエさん……僕は」

「ショーくん、あーん」

「……僕は」


 視界が揺れる。涙が溢れる。

 今日は楽しい日になるはずなのだ。この世界に来て、誰よりも優しくしてくれた女の人と、二人きりで、静かな公園でお弁当でも食べながら、のんびりと過ごして。

 なのに、一緒にいるだけで落ち着かない。居た堪れない。辛く、悲しい。


「ショーくん。ワタクシの作ったお弁当は、食べたくないですか?」


 そんな風に、物悲しげに言われて、ショーくんは全ての考えを一瞬忘れてシーエのおかずに食いついた。もぐもぐと食べる。とても美味しい。

 美味しいですと素直に言えば、喜んで次を差し出してきた。ぱくりと食いつく。

 おかしい。何なんだ自分は。

 つい先ほどまで、とてもとても悲しかったはずなのに。辛かったはずなのに。


「ショーくん。美味しくなかったですか?」

「……美味しいです。すごく」


 何だか今は、とても幸せなのだ。



 

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