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爆発音が市街に響き渡る。
大地が震撼する。二人を囲んでいた者達が体勢を崩した。
四つん這いで着地したジェスタは、地面に転がる者達を見下してほくそ笑むミュリエルを背中に拾い上げる。そして、そのまま敵のいない方向。垂直に佇む壁に向かって走った。
その体がふわりと壁に吸いつくと、一気に這い上っていく。
片膝をついた姿勢のまま、コンドルテはジェスタに向け槌を投擲する。
巨体が軽快に横飛びで避ける。球状に展開したバリアは壁を抉った。
獣じみた速度で二十五階の屋上まで駆け上がると、路地を挟んだ向かいのビルへと跳躍する。着地と同時に、更に一歩で別のビルの屋上へ。常人離れした筋肉による力技での移動。ミュリエルは口笛を鳴らした。
「さすがはメレンゲリック。doll顔負けの身体能力だ」
「お前それ間違ってもダリには言うなよ。つうか、お前の方がよっぽど化け物だろうが。相変わらず凄まじいな」
「ははは。ま、この後怒られる予定だけどね」
生きた自然現象。もはや希少な種となったレプユ人。
その一角であるミュリエル。彼の力は、種族の中で使用に規制を掛けられている。
あまりにも、その影響が過剰になりうるからだ。
「強いんだけどさ、扱いが難しいんだよね。『地震』て」
「の割には器用に使ってるよなお前。さっきのだって局地に抑えてただろ」
「でもやっぱりツケは出るんだよね。ま、仕方ないって事で」
互いの力を皮肉交じりに称賛し、現場から離れたビルの屋上で落ち着く二人。
そして話は、先ほどの敵に戻る。
「……つうかよ、なんだったんだ、連中は。」
「妙な兵装してたね。女の子の方は蛇とか吐いてたし」
「違法改造もいいとこだろ。ありゃ、相当厄介な根が絡んでるわな」
「ふふん」
憂鬱に溜め息をつくジェスタ。
部隊に合流し、色々と暈した上で事情説明。後は明日辺り、例の狂科学者にでも話してみるかと、久しぶりに会う想い人の顔を思い浮かべる。
そんな友人に、ミュリエルがにやりと視線を向ける。
「……なんだよ」
「良かったじゃないか。会いに行く口実が出来て」
「……」
何言ってんだかとぼやきながらも、既に彼の頭の中にはその未来が決まっているのだった。
二人が去った屋上で、するりと影から現れる黒い人物。
ばさっとマントを翻す。顔面の左半分を覆うように蔦の刺青を彫り込んだ黒髪の青年である。
鋭い眼に笑みを湛え、通信機を取り出す。
「……よぉ、逃げられてんじゃねえよ」
『ナイプか……。しくじったよ、返す言葉もない』
「ま、いいけどな。つうか、ヤベえぜあいつら」
さも楽しげに、ナイプはこみ上げてくる笑いを堪えもせずに言葉を続ける。
「あのレプユ、殺した三人の比じゃねえ。『地震』使いだ」
『……災害指定か』
「あのデカブツは騎兵装隊の司令官殿だ。それもメレンゲリックだぜ」
その情報に、コンドルテは苦い顔を隠せなかった。
かつて、自分が戦闘用dollとして直接相対した事のある、メレンゲリックと言う種族。その時の記憶を掘り起こしたためである。
奴らは場所を選ばない。例えば荒廃した都市。灼熱の火口付近。極寒の氷河。底無しの沼地。断崖絶壁。深海。宇宙空間。
どのような状況であろうと、メレンゲリックは短時間でその環境に適応し、問題なく行動できる。
無類の身体能力と適応能力。戦闘に特化された思考回路。
純粋な戦闘であればdollにすら遅れを取らないと言われる戦闘種族。先ほどの状況も、けして優位ではなかったという事だ。
彼らが逃げに徹していなければ、自分かビーユーか、あるいは両方が破壊される結末もあったかもしれない。
『難儀な話だ。が、まぁ、どうとでもなる』
「レプユは俺がさくっとやるさ。お前はあのトカゲな」
『あぁ。移動して合流するぞ』
ナイプは通信を切ると、マントを翻し影に溶け込んで消えた。
殺伐とした状況が影で動き始めたその頃、ショーくんはシーエとヨルムに見守られていた。
彼らは必殺技を考案していたのだ。
「掌から何かを放てばいいのよ」
「な、なにかって、なに?」
「何かよ」
本気を出せば何かを放てるはず。それがヨルムの考えだった。
掌を前に突き出し、頑張って唸って何かを絞り出すイメージを繰り返すが、何も出てこない。
何かとは何か? それは本人にも、ヨルムにも良く分かっていないのだ。
「は、はぁぁっ」
「気合が足りないわ」
「え、えぇぇ……」
ヨルムの駄目出しにしょんぼりとするショーくん。
慰めようと近づこうとするシーエを抑え、ヨルムは厳しく窘める。
「シーエさん。甘いだけがショーくんのためではなくてよ。本当に彼の事を考えるなら、時には黙って見守るのも愛情ですわ」
「しかし、可哀そうで仕方ないです」
「ならば応援してあげなさいな。それが彼の力になるわ」
掌から何かを放とうとするのに必死なショーくんに二人揃ってエールを送る。
そんな三人の光景を背中に、ダリはジェスタから送られてきた情報をまとめた書類に目を通し、一人ほくそ笑んでいた。
最近、立て続けに起こった要人殺害の報。開示されていないが、殺されたのは全員レプユであり、つい先ほど、ジェスタの友人であるレプユの男が襲われた。
奴隷売買組織『ステムゴッシュ』の幹部、ミュリエル。
敵は数名。内二体は違法改造を施されたdoll、もしくは肉体を機械化された非民である。
詳細は明日、直接話すと。
違法改造を施されたdoll。それも、相当に高度なレベルで。
そして、世間に開示されていない情報を掴んでいる事実。レプユである事を隠している要人を狙ったやり口。
X-doll。もしくは、繋がりのある組織。
ダリはにやにやと笑みを浮かべ、モニターにとある人物の生体データを表示する。
そして、笑みを穏やかで優しいものに変え、三人へと向き直る。
「ヨルム、アホなこと言ってショーくんを困らせないの。残念だけど、どんなに頑張っても何も出てこないわよ」
ダリがそう言えば、ヨルムは口を尖らせ、ショーくんは少しショックを受けた。ちょっとだけ期待していたらしい。
「それよりもショーくん。必殺技ではないんだけど、面白いことしてみない?」
「お、おもしろいこと」
「そう。変身」
「変身!?」
ダリが何気ない調子で言うと、ヨルムが怖いくらいの勢いで食いついて来た。
「できるんですか!? ショーくん変身できるんですか!?」
「ヨルム。近いわ」
鬼気迫るヨルムはシーエに抑えられ、ダリが懇切丁寧にショーくんに説明する。
「前に話したわよね、貴方の体は液状の物質で構成されていて、データでその形を整えていると。つまり、その表層だけ変えれば、貴方は姿を変えられる。変身できるってことよ」
「す、すごい」
「やりましょうショーくん! 今すぐやりましょう!」
興味を持った様子のショーくん。その後ろから興奮したヨルムの後押しもあり、元に戻れることを散々確認したうえでその実験は行われた。
結果、ショーくんは長身痩躯の、緑色の髪が特徴的な優男へと変身を果たした。
「「う、うわぁ」」
そのあまりにも整ったビジュアルが悪目立ちするモデルの男。
若い二人と一体のdollは、悪い顔をしているダリに不振の目を向けた。
「先生、こう言うのが好みなんですか?」
「なによ。格好良いでしょ?」
「……ジェスタさん、可哀相」
ヨルムがぼそりと呟いた言葉に、え? と首を傾げる優男……もといショーくん。
そんな言葉も気にせず、ダリはなおも楽しげに提案する。
「シーエ。明日、ショーくん連れて街にでも行ってきなさいな」
「「え!?」」
「よろしいのですか?」
ダリの言葉に、若い二人の声が重なり、シーエがやや浮き浮きした声で尋ね返す。
鷹揚に頷きながら、ダリは続ける。
「ほら、前に言ったじゃない。ショーくんの姿でシーエと出歩いたら鳥顔に勘ぐられてよろしくないって。でもその姿なら、別にいいんじゃないのって言ってるのよ」
「せ、先生! 私も言っていいのでしょう?」
「アンタは留守番よ。デートにならないじゃない」
ショックに崩れ落ちるヨルム。心配そうに近寄ろうとしたショーくんの腕をシーエが引っ張り、抱き寄せる。
ふふんと、まるでヨルムに見せつけるように。
「やっと一緒にお出掛けできますね、ショーくん」
「えぇぇ」
姿形から可愛げが無くなっても、シーエにはあまり関係ないらしい。
さてさてとダリはその光景を眺め、誰よりも明日を楽しみにしながらモニターを閉じた。




