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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
聖少女ラプソディ
14/19




「変身ならできるでしょう」

「無理」


 中枢区。先進技術開発研究本部。

 室長ダリと、その管理下にあるO-dollシーエ。ダリの元生徒であるヨルム。そして、異世界から浚われてきた(事になっている)少年ショーくん。

 先日の事件の際、ヨルムにだけ明かされていなかったショーくんの『特異体質』に関して、彼は今更ながらにヨルムからその詳細に関して、長々と追及を受けていた。

 現在の少年の状態。それは半人半溶の化け物であった。

 少年の受け皿となっているO-dollボディ『Type-ハイドラグラ』は、コロイド溶液とナノマシン、生体シリコンの混ぜ物である。簡単に言えば、精神情報を元に流動する液状の合金だ。

 敵に向かって早く近づこうと思えばそれに適した構造に変化し、敵の腕を掴みたいと思えば伸縮する腕が飛び出す。飛び跳ねようと思えば撥條のように変化し、鋭利な刃物をイメージすればそれを再現する。

 最も、人のイメージ。想像力と言うものは案外曖昧なものだ。馬をイメージしても四足歩行の妙な生物が出来上がるだろうし、蛇をイメージしても胴体の長い緑色の何かになるだろう。生物や精密機械のような複雑な形を想像だけで補うのは、それこそ造形職人や生物学者が数日間想像を固めて初めて成立する。それすら数秒ですぐに曖昧なものへと変わってしまうだろう。

 それっぽい何かにしかなれない曖昧な変化を、変身とは言えない。


「無茶を言うもんじゃないのヨルム。ショーくんが浮足立ってるでしょう」

「今の状態はそれを示しているのですか?」

「たぶんね」


 ダリも大概適当である。が、あながち間違っていないらしく、少年は照れていた。

 ひたすら続くヨルムの追及に早々に飽きたダリは、先ほどから一体のdollのデータを観察していた。シーエはその後ろで静かに控えながら、若い二人のやりとりが気になり耳を集中させている。


「むぅ……じゃあ、合体は」

「し、したくない」

「なんでよぉ」


 なにか不穏な響きがするからだ。とは言えない。

 こうまじまじと同年代の少女に観察され、ショーくんの精神はいい加減擦り切れていた。だから、この『体質』について言いたくなかった。知られたくなかったのだ。ジェスタが彼女を苦手とするのも納得だと少年は思った。

 不満そうな顔でなおも少年を観察するヨルムは、やがて目をキラキラさせて言った。


「じゃあ、必殺技作りましょうよ」

「な、なぜに?」


 ないものは作ればいい。そんな少女のポジティブシンキングに、ショーくんはいい加減うんざりした。


「あったら便利でしょう?必殺技」

「つ、使うような場所には、いかないし」

「でも、いざという事もあるわ」

「な、ないし」

「あるの」


 強い視線で射抜かれ、またも言い負かされる。勝てる事は永遠にないだろうとすら思える不毛なやりとり。

 気の弱い少年が気の強い少女に追いつめられる様に、シーエは見かねて口を挟む事にした。


「ヨルム様。あまりショーくんを苛めないでください。つい先日、あんな事があったばかりなのですから」


 控えめながらも思い遣りに溢れたシーエに希望の光をみるショーくん。だが。


「でも、シーエさんだってあるでしょ? 必殺技」

「それは確かにありますが」

「あるんですか!?」


 援護射撃からまさかのカミングアウトに、ショーくんはキャラも忘れて大声を出した。

 そのやりとりにダリが後ろでくくくと笑いを漏らす。シーエとヨルムはさも当然のように頷いた。


「ワタクシは主にX-dollの制圧を目的として作られた戦闘用dollですので、固有の兵装に加え、それを生かした必殺技も機能として搭載していますが」

「鉄板よね」

「そ、そんな……」


 何故だか裏切られたような心境に苛まれ凹むショーくん。信じていた仲間は敵の送り込んだスパイだったかのような、複雑な気分だ。

 にやにやと凹む少年の顔を覗きこみ、耳元で囁く少女。


「ねぇ、ほら、だから言ってるのよ。必殺技はあった方が良いって。ショーくん強いし、格好良いんだから、必要なのよ、必殺技。ねぇ、いいでしょ? 作りましょうよ。ねぇ? 一緒に考えたら、きっと楽しいわよ。そう思わない? ね?」


 気弱な少年は、そこで敗北した。





 人工皮膜。dollの外見に浮かぶ機械的な線条痕を隠すために造られた、仮装アイテムである。

 外見だけでなく、少し触っても違和感のない生身の感触を再現した優れ物なのだが、現在その使用と製造は、政府により全面禁止措置を打たれている。

 それはなぜか。

 生身の体を甚振りたい、あるいは味わいたいと望む、dollの所有者による虐待が横行したからだ。

 それまでは少なくないとはいえ表面化こそしていなかったdoll虐待の発生率が、人工皮膜の流通以降爆発的に増えたというデータが出ている。

 禁止措置が取られて以降も、しばらくはその比率が下がる事はなく、惑星の民がdollを『欲望のはけ口』として認識してしまったきっかけを、このアイテムは作った事になる。

 そんな忌むべき歴史の象徴ともいうべき人工皮膜だが、結局の所、便利な物は便利なのだ。

 頬に浮かぶ線条痕を件の人工皮膜で覆い隠し、きめ細やかな白い肌に袖のないフリルのついた白のワンピース。桃色のストール。黒のスパッツ。

 メルトメライは今日この日、完全な人型生物種の少女の姿で街の通り沿いにある喫茶店でお茶を嗜みながら、待ち合わせ相手が来るのをのんびりと待っていた。

 戦記物の本を読みながらクッキーを齧っていると、向かいの席に当然のように腰を下ろす男の姿が見えた。

 黒のスーツ。ネクタイはせず、大胆に肌蹴た襟元からは程良くしまった胸元が曝け出されている。

 艶のある癖のついた長髪を後ろに撫でつけ、涼しげな視線とは裏腹に情熱的な顔立ち。男は向かいに座る少女にふっと笑いかける。少女は無視してふいと視線を逸らした。


「なんだい。随分とつれないじゃないかメルトメライ。また美しい君に会えると思って、今日は気合を入れて洒落こんでみたというのに」

「愛しのお嬢様と離れ離れになるのを散々渋っている様子が電話口で伺えたからな。此方としては申し訳なさでいっぱいなんだよ」

「素直に甘えてくれればいい。僕はそのために君の元へ来たのだから」

「止してくれ。気持ち悪い」


 甘ったるい音声で吐き出す堂々たる気障な台詞の数々に、もう少し濃いコーヒーを頼めば良かったとメルトメライは歯がゆい気持ちでいっぱいになる。

 自分の恩人たる彼女が、常日頃こんな伊達男に付き纏われてる状態で、よく人工知能に不具合が生じないものだなと、心配にもなると言うものだ。


「まぁ、とにかく助かるよエルシュ。戦闘向きの助っ人を頼んで、お前のような大物を貸してもらえるだなんて、まさか思わなかったからな」

「それだけ我が主が君に期待していると言う事さ。それは誇るべきことだよメルトメライ」


 結局の所そうなるのだなと、主至上主義の執事気取りに苦笑を洩らす。

 

「ま、君の主の期待に添えるかは不安だがね」

「何を言ってるんだい? メルトメライ。主がそれを望むなら、僕はそれを叶えるさ。不安も安心もない。主の望みは叶う。決定事項なのさ」


 傲岸不遜な主張を繰り出すエルシュに、メルトメライは呆れと共に頼もしさを感じる。この男は強い。そして賢い。恩人である彼女の所属する組織内においてすら、この男の存在は大きい。

 この男にはったりはない。決定事項だと言うのならそうなのだろう。メルトメライは弱きdollを、人々を救う。これは事実となりえる出来事なのだ。


「君は救いの聖女となる。傷ついたdoll。弱き非民達の光となるのさ。聖少女は剣を掲げて醜い世界を相手に戦うんだ」

「……あぁ、そうだな。決定事項だ」

「決行は日にちを詰めて断続的に、そして散逸的に行う。君の元に集まった信望者は多い。まずは撹乱。ゲリラ戦から始めるとしようか」


 立ち上がったエルシュは、ダンスのパートナーにでも誘うかのように、メルトメライへとそっと手を差し伸べた。

 キザったらしい男のあざとい演出に面白げな笑み浮かべ、細くしなやかなその手を重ねる少女。

 燻っていた小さな火は、ここに来て急速にその勢力を広げ始めていた、



 

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