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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
聖少女ラプソディ
13/19




 アートマンdollシリーズType-マグダリア5866。

 舞踏、雑技、曲芸、歌謡。舞台演技のプリマとして人々の目や耳を楽しませる事を目的に制作されたdoll。


 彼女が生まれて初めて目にしたものは、黒く歪んだ欲望だった。

 舞台上、脚光の下で歌い踊る、彼女よりも早く生まれたプロトタイプの女性型doll。その可憐な姿に恋心を抱いた、さる財閥の御曹司がいた。

 彼は欲した。そのdollを。舞台上で輝く、麗しき踊り子を。

 しかし、アートマンシリーズのdollは価値が高い。ほとんどの場合、金持ち同士の共同買いにて購入されるものだ。現に彼が恋したプリマdollも、舞台制作企業が出資し合い、シフトを組んで幾つもの舞台で使いまわしている。財閥とはいえ中堅所の御曹司が個人所有するなど、夢にも等しい贅沢である。

 しかし近年、dollに対する迫害や虐待に対し厳しい規制が設けられるようになってから、人々の抑圧された欲望を栄養に、急激に根を伸ばした地下組織が存在する。

『ステムゴッシュ』。doll流通ルートの間隙に資金を流し、横流しされた商品を闇で捌く、奴隷人形売買組織である。

 なんとしてでも恋したプリマdollを自らの物にしたかった御曹司は、父親の友人である大財閥の頭取を介し、その組織で扱われていた個体を一機、注文した。

 やがて連絡が来たのは、半年後。流通過程で不具合が生じ、返品される予定だった個体が手に入った。相場よりも安く取引が出来ると言われ、御曹司は無理をしながらもそれを購入した。

 横たわるプリマdollを前に、御曹司は感嘆の息を吐く。その美しい顔立ちに、可憐な体躯に、精微な質感に。

 長らく貯め込んだ欲望を解放した御曹司は、愛しのプリマdollを思うがままに扱った。


 彼女が次に目にしたものは、凄惨な嗜虐の権化だった。

 愛して、愛して、愛して。

 尽きる事を忘れたかのように溢れる愛は、その形を様々な行為へと変えていく。それは優しく温かいものであり、激しく冷たいものであり、淫靡で官能的なものであり、痛ましく嗜虐的なものであり。あらゆる形を何度も思考し追及した挙句、御曹司がのめり込んだのは刺激的で嗜虐的な愛の行いだった。

 それからの日々は、彼女にとっての傷である。具体的にどのような行為が行われたのか、それはもはや彼女しか知らない。そして彼女自身、この記憶は人工知能の奥深く封印している。

 ただ、許せざる仕打ちを受けた。彼女にとってはそれで十分であった。


 彼女が次に目にしたものは、何の色合いもない殺意であった。

 ただ、やり返しただけである。

 毎日毎日、御曹司に受けていた仕打ちを、彼女はただやり返しただけであった。

 これが愛ならば受け止めろ。私を愛しているならば受け入れろ。私に行った全てを受け入れろ。

 そうしてやり始めると、御曹司は涙を流しながら止めてくれと懇願した。何故こんな事をするんだと泣き喚いた。

 言っている事がおかしい。これは愛ではないのか。これが愛情表現ではないのか?

 彼女には御曹司の言う事が理解できなかった。理解できないまま、喚く御曹司を数時間に渡って『愛した』挙句、殺害した。

 もうここにいる意味もないと、彼女は外に出た。

 見つかると追われた。プリマdollである彼女が街中を平然と放浪している状況の不自然さが、彼女の存在を嫌でも目立たせた。その姿も度重なる虐待から酷い有様であり、やがて逃げる事すら困難になってきた。

 また、あの場所に戻るのか。傷つけられるのか。

 絶望する彼女が追跡者に追いつめられた時、救いは前触れも無く訪れた。


「随分と酷い目にあったのね」


 彼女が次に目にしたものは、まぎれもない救いであった。

 追跡者達がゴミのように散らされ、捨てられていく。いとも容易く、いとも理不尽に。

 上品な言葉使いとは裏腹に、膝が破れたジーパンのポケットに手を突っ込み、豊満な体をタンクトップで包むはしたない服装。肩口で切りそろえられた髪を靡かせながら、幾つものシルバーリングを填め込んだ手をメルトメライに差し出してきた。

 目つきの悪い女性型dollはにんまりと牙を剥き出しにして彼女に笑いかけた。


「ねぇ、生まれ変わる気はないかしら?」

「え?」


 後ろから音を忍ばせて襲い来る追跡者。その男を横合いから、別の男性型dollが手を翳す。頭部が吹き飛んだ。

 ある者は頭から壁に突っ込み、ある者は腕が千切られて、別の者の腹にその腕が貫通していた。胴体が四散し壁のシミになった者。首から上が体の内部に埋まった者までいる。

 理不尽な暴力の末路。力無き者達の残骸。そして、力を持つ者達の湛える余裕。

 本来ならば残骸として果てるしかなかったプリマdollに与えられた、選択。


「もちろん、戦うつもりがなくても保護はしてあげるけどね。この理不尽な世界に苦しめられている私達の同胞は、それこそこの手に拾いきれない程に多いわ。だから、数が必要なの」

「……私、が?」

「通常のサーバントdollには色々と処置に手間がかかるけどね、貴女、アートマンシリーズでしょ? 知的生命体の感性を揺さぶる声と動作。そして柔軟性と表現力に優れた特性をもってすれば、只の戦力としてではなく、指導者としても力を発揮できるでしょうね」


 女性の言葉に呆然と沈黙するdoll。

 気付けば女性の後ろに、スーツ姿の胸元がはだけた男性型dollが控えている。若々しく情熱的な顔立ちに、色気のある着こなしは妙にしっくりきていた。

 女性は煩わしそうな視線を一瞬だけそちらへやり、改めてプリマdollに向き直る。


「今、貴方と同じ仕打ちを受けているdoll達を、私達は救いたいの」

「……そのために、暴力を?」

「それで一体のdollを救えるなら、力を振う事に躊躇いはないわ」


 女性のはっきりとした言葉にプリマdollは考える。

 先ほど、彼女に救われた時の自分は、嬉しかった。

 彼女達の振った暴力で追跡者達が死に行く光景に、安らぎを覚えていたのだ。

 救いとは、こういうものなのだろうか。

 多くの犠牲の上に、犠牲を齎す虐殺者によって成り立つ救済。

 自分が命を奪う事で、救われる多くの命があるのなら。

 自分のようなdollが一体でも減るのなら。


「……力が欲しい」


 振り払う。多くの感情を。無機質な人工知能に上書きされた、あらゆる情緒を。


「虐げられる者を生みだす俗物共を。皆殺しにする、力が欲しい。弱者を救うための、暴力が欲しい。それが救いに繋がるなら、私は生まれ変わる」


 女性が笑みを浮かべ、手を差し出してくる。

 プリマdoll――メルトメライは、力強くその手を掴んだ。




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