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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
少年アブダクション
10/19

10



 眼前に迫る掌。

 頭をきつく掴まれた瞬間、dollは強引にエレベーターから引き摺り出される。

 そして浮遊感を覚えた次の瞬間、頭部を鉄製の箱の角に叩きつけられた。左目から後頭部にかけ、破砕した。そのまま投げ出され、壁に叩きつけられる。

 強い衝撃に揺れる視界。暗い空間の中で、何者かが自分を見据えている。

 何が起こった。誰がやった。仲間はどうした。

 湧き立つ疑問と焦燥を抑え、残された右目を暗視仕様に切り替える。そうして、初めて部屋の惨状を認めた。

 少年と共に降りた男性型doll。四肢と頭部を引き千切られた彼は、エレベーターの周辺で散らばった体をゴミのように一か所にまとめられ、片付けられていた。

 外交官に連れ添った女性型dollは、頭から右肩にかけて壁面に埋まっていた。おそらくは左腕を持ち手にして力任せに叩きつけたのだろう。半ばから千切られた左肩がぷらぷらと揺れていた。

 三番目に降りた二体。幾つかの銃創を背中に受け、圧し折れた首から顎が垂れ下がっている男性型doll。その体と壁に挟まれた状態で、もう一体は沈黙していた。一体が盾にされた状態で突撃され、壁に叩き付けれたのだろう。亀裂の走った壁面が衝撃の強さを物語る。

 外交官は部屋の隅で資材に隠れながら、震えていた。

 再び、人影の方へと視線を向ける。

 ブツブツ、ブツブツ。絶え間なく何かを呟くそれは。

 涙を浮かぶ暗い瞳。後ろに撫でつけていた黒い髪は乱れて目元を隠している。追いつめられた表情で、じわじわと歩み寄る頼りない佇まい。


「あ、目が、潰れ、ちゃって……大丈夫、ですか? 痛く、なかったですか?」


 近くまできて初めて捉えたその声は、怯え、震え、此方を心配する言葉。

 唖然として少年の接近を許してしまった男は、立ち上がろうするよりも早く、胸元に踵を打ち込まれ、沈んだ。





 ニチウムの少女ヨルムは、ジェスタと別れ、少年と二人きりになった瞬間から彼の心を解析していた。

 その印象は、只の臆病な少年。純粋で素直で、怖がりで照れ屋な奥手の少年。

 ジェスタの心にポイントを作り、それを探りながら下水道を歩く最中も、その評価は変わらなかった。

 変わったのは、エレベーターを昇った先。dollの一体が、二人に銃口を向けた時。

 臆病な少年の心の中で、何かがカチリと音を立てた。慌ただしく揺れ動いていた心の波がなだらかになり、平坦になり、一定間隔で持ち上がって、枝分かれした。

 目に見えぬ何かに向けて無数の棘の先端を突き付けるように、形状が変わる。

 少年の背中に隠れていた少女は、その変化に戸惑った。

 弱腰な少年の心に生じた攻撃性の象徴。先ほどまで自分が見ていた彼の心は、偽りだとでも言うのか。

 そして、ジェスタが撃たれた瞬間。

 棘が沸いた。無機物の沸騰。その表現がふさわしい。

 急激に熱を持ったその棘は、血管が収縮するように脈動する。いつ暴発するとも知れない激情。怒りではない。憎しみではない。その感情は。

 二体のdollが乗ったエレベーターが降下を始めた瞬間、ヨルムは少年の心に『実況』を送る。

 そして、自分がエレベーターに乗ると同時。


(降りたら、殺されるのでしょうね)


 その声を送った瞬間。

 少年の『恐怖』は、爆発した。

 少年は隣にいた外交官の男を突き飛ばすと同時、彼らに銃口を向けていた男性型dollの両腕を掴み上げ強引に捩子切った。流動性を持つ少年のdollボディは撥條のように渦を巻きながら、残る両足を掴み上げて引き千切る。事態を理解していないdollの顔面を貫く爪先。

 少年に向けて女性型dollが発砲した拍子に、ばしゃりと少年は銀色の水溜りと化した。その液体が四散した男性型dollを包みこむと、エレベーター入口の脇に向けて吐き捨てた。

 目を見張りながらも集中砲火する三体のdoll。液体は驚くべき速度で天井へと跳ね上がり、更に女性型dollの脇を抜けて後ろの壁に付着する。

 振り向こうとした女性型dollは気づく。液体から伸びた奇妙に長い腕が、自分の手首を掴んでいる。それを認識した瞬間、彼女はふわりと浮いた。左腕は稼働領域を超えて関節部が折れる。迫る壁に打ち込まれ、視界が暗転した。

 銃撃の音が聞こえた瞬間、液体は資材が転がる室内を四方八方へと高速移動する。カサカサと蠢く音だけが響く倉庫の中、攻撃の方向が定まらずに銃声が止んだ瞬間、片方の男性型dollの頭部がグルリと回った。接触した瞬間に顎を掴んだ液体が、その体を盾にして残った一体へと迫る。銃を乱射するが、背中に阻まれる。迫る。ガラクタとなったdollの体が、高速で、迫る。撃つ。迫る。目の前まで。引き金を引いたまま。衝撃。背後の壁に突っ込む。なおも掛かる重圧。罅が入る。dollの体と壁に。核の悲鳴。金属音。軽い音が体内で響いた瞬間、そのdollは沈黙した。


(タイミングぴったり)


 ヨルムは緊張を心の内に隠しながら、エレベーターの到着音に少年の心が反応を示すのを感じた。

 上半分だけ人型に戻った少年が、流動体と化した下半分で倉庫の床を強く踏みしめる。

 残り一体。

 扉が開いた瞬間。少年は出てきた男の顔を掴んだ。





「ああああアアあああaaaァァァァっ」


 咆哮。

 言語機能に損傷を受けた男性型doll。彼は、冷徹な人工知能の片隅で既に答えを出していた。

 計画は失敗。この少年は倒せない。

 同士は破壊され、自身も頭部と核周辺に深刻な損傷を受けた状態。万が一少年を排除出来たとして、それでも自身は長くもたないはずだ。

 それほど離れてもいない場所で震えあがっている要人の男すら、殺す事も出来ない程に。

 何故こうなった。どうしてこうなった。この少年さえいなければ。あのような奇妙な遭遇さえ果たさなければ。いや、少女が一人で案内すると言った時、自分がその申し出を受け入れてさえいれば、こんな事にはならなかった。

 手首を外し、仕込んでいたカーボンナノナイフを突き出す。肩を踏みつぶされた。持ち上がった腕がごとりと落ちる。口腔に仕込んだ起爆スイッチを噛み潰そうとすれば、下顎が蹴り抜かれて遠くへと転がって行った。

 もはや抵抗の術もない。

 目の前で涙を流しながら、怯える少年。

 何をそんなに怖がる事がある。そんなにも君は強いと言うのに。そんなにも力があると言うのに。それほど理不尽な暴力を持つと言うのに。


「……ナ、ゼ……キミ、ハ……ナクノダ……」


 迫りくる踵を見つめながら尋ねれば。


「……こ、こわい、から」


 そんな答えを返され、男性型dollは頭部を潰された。





「よくできました」


 膝を抱え込んでがたがたと震えるショーくんの頭を、ヨルムは優しく撫でた。

 この惨状。dollの体が四散する倉庫の中。外交官の男は犯行グループが全滅し、少年が丸くなった隙にさかさかと逃げ出した。

 今、この場には二人きり。怯える少年と、慰める少女だけ。

 少年は、自分が褒められる理由が分からなかった。


「な、なんで……」


 だから、聞いた。

 ヨルムは優しく笑顔を返す。少年の頼りない瞳を真っ直ぐに見つめ返して。


「頑張ったでしょう?」

「……」

「ショーくん。貴方、頑張ったわ。すごく怖いのに、立ち向かった。怖い人達を皆、やっつけた。これって、とても立派な事よ」


 そう言って、震える少年を後ろから抱き締める。


「ごめんね、怖い所に連れてきちゃって。私のせいで、ジェスタさんを傷つけた。それどころか、ショーくんまで死なせてしまう所だった。巻き込んでしまった。本当に、ごめんなさい」

「そ、そんなこと、ない」

「そんなことあるの」


 耳元で囁きかけられるヨルムの懺悔。

 背筋がぞくりと震える。心が不安に揺れる。

 怖かった。健気な少女の言葉を、これ以上聞く事が怖かった。触れる感触が怖かった。


「ねぇ、ショーくん。私は貴方に助けられたの。命を救ってもらった。私のせいでジェスタさんを傷つけたdoll達を、貴方が倒してくれた」

「は、はぁ」

「これってすごく大きな恩よね。とても返しきれないけど、返さずにはいられない、大きな借りよね」

「い、や、それは……」


 言葉が、少年の心にへばりつく。

 少年は少女に恩を売った。貸しを作った。だから、返させろ。

 彼にとって有利であるはずの事実が、鎖となって絡みつく。


「ショーくん?」

「は、はい」


 今日出会ったばかりの少女は、にっこりと笑って告げる。


「返すまで、離さないから」





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