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X-doll  作者: 鬼屋敷口談
少年アブダクション
1/19




 金属製の扉にガンガンガンと打ちつけられるノックの音。

 それと共に聞こえてきた女性の声に、部屋の中にいた者達は一斉に不審な顔を向けた。


「開けて下さい。お話に参りました。開けてください。お話をしましょう」


 録音したアナウンスをそのまま垂れ流しているかのような音声。それが、ノックと共に延々と響き続ける気味の悪さ。

 不吉な気配が流れる。警戒するべきだと理性以外の何かが喚く。

 だが、短絡的な者にとって、それは挑発以外の何物でもなかった。ただでさえ、先ほどまでの『物騒なやり取り』の後で気が高ぶっているのだ。

 扉近くにいた男の一人が、苛立ちを露わに開閉ボタンに手をかけようとすると、部屋の中心にいた少女がそれを手で制した。

 それは、神秘めいた少女であった。

 後頭部で纏め上げた美しいブロンドの髪。黒色のチュチュとスパッツ、それにトゥシューズ。露出された腕部とひざ下の脚部には、彼女が作り物であることを認めるdoll特有の関節部が伺えた。

 強い意志を湛えた碧の瞳が、招かれざる異常事態の方向へと鋭く突き刺さる。

 もう片方の手で持っていたモノをズルズルと引きずりながら、分厚い金属扉を前にする。

 けたたましいノックの音。

 足の裏を扉にヒタリと当てる。その姿勢のまま、一呼吸。

 踵を突き出すようにして、一気に蹴り抜いた。

 ミシリと音がすると同時。ガィンッと音を立てて凹んだ金属扉は、設置部分に大きな罅を入れながら、その荷重に耐え切れずに壁面から外れて同じ素材の床の上を跳ね踊った。

 扉の向こう。ノックを繰り返していたと思われるその女性は、何事も無かったかのような涼しい表情で、膝を抱え込んで座っていた。

 

「このような体勢で失礼します。ワタクシ――」


 そう言いながら、おもむろに立ち上がろうとする。

 扉を蹴り壊した少女は片手で引きずっていたモノを持ち上げる。角が生えた肥満体の醜男。その死体を、女に向かって叩き込んだ。

 凶器にされた死体は女に避けられた事で、頭部から廊下の床へと沈んだ。

 脇をすり抜けてかわした女は、振り抜かれた少女の腕をついでとばかりに切り落す。


「中枢区先進技術開発研究室――」


 怯む事無く女に向けて回し蹴りを仕掛ける少女。

 それを受け止めた女の腕に罅が走る。が、その足を掴むと少女の体を持ち上げ、部屋の奥へと片手で投げ飛ばした。

 壁に衝突した少女に、近くにいた男が駆け寄る。他の男達は、女に向けて炸裂弾を集中砲火した。


「本部、ダリ室長よりこちらに派遣されました。O-dollシリーズ」


 書類、備品、インテリア、血痕、肉片、それに死体。

 広い会議室に散らばる凄惨な数多の障害物。女はトントンと軽い足運びで弾をかわしながら、それらを踏まないように踊り歩く。

 容易く回避された弾丸は、転がっていたバオルク(一角豚)種の分厚い脂肪に食い込むと、血と肉を巻き散らしながら爆ぜ飛んだ。

 やがて掃射を続ける男の肩に手を置いて、その手に持つ銃を瞬きの間に解体せしめる。

 慌てて距離を取った男には目もくれないまま。


「Type-シーエ、3618と申します」


 背筋を刺す冷たい雰囲気を持った女性型アンドロイドは、温度をそのまま音にしたような声で、ぺこりと頭を下げて自己紹介を終えた。

 同士の男に支えられながら、少女はその女の姿を力強く睨みつける。

 それほど長くない髪を後ろで束ね上げている。

 袖なしの丈の短いワンピースに腿まで隠す長いソックス。服装だけで見ればイベントコンパニオンを思わせるはしたない格好だが、彼女が着る事によって不思議とかっちりとした真面目な印象与えている。

 一流企業の受付嬢のように背筋をきちんと伸ばした姿勢で、少女の視線を受け止めるシーエ。

 再び銃口を上げようと息巻いた同士を手で制して、少女は尋ねた。


「此方の自己紹介を期待しているのならすまないが――」

「dollシリーズType-マグダリア5866。違法改造を受けた段階で名称をメルトメライに変更。奴隷身分の避民出身者を招集し、反乱組織を設立。信念の強さを思わせる言動、見目麗しい外形から、組織内部と一部の民間人の間では聖少女の象徴としてある種の信仰と」

「用件を聞こう」


 これ以上聞いたら不愉快な情報まで耳に入りそうだったので切り上げさせた。

 特に気にした様子も見せず、シーエは応答する。


「第一に、この状況の未然阻止でしたが、現時点で遂行不可と判断します」


 屍肉散らばる部屋の惨状には目も向けず、シーエは言葉を続ける。

 

「第二に、172日前より発生した、要人殺害を目的とする集団テロリスト事件の実行犯の確保。現時点で遂行可能と判断します」


 次に放った言葉に、再び部屋には殺意と緊張が充満する。

 メルトメライは気づく。この剣呑な空気を作り出しているのは、自分の同士だけである事。向かい合う女性型アンドロイドからは、一切その気を感じない事。

 しかしそれは、到底無害を意味するものではない。

 敵意も悪意も殺意も害意なく、この温度のない敵は、向かい合う者を殺せるのだ。

 厄介どころの話ではない。


「警告します。すでにこの建物の周辺は、I4騎兵装隊が包囲しています。逃走経路は全て封鎖致しました。速やかに投降願います」


 型に填った投降勧告を聞き終わる前に、メルトメライは同士達に渡したレジストパッチを遠隔起動する。

 各自、正常動作を確認。これから各自の取るべき行動を意識し、男達は合図を待った。

 メルトメライはくすりと作り物めいた笑顔を零すと。


「それは実にありがたい申し出だな。だがまぁ」


 切り離された腕の断面をぎゅっと抑える。

 気取られぬ程度にほんの少しだけ、トゥシューズの踵を持ち上げて。

 軽く、床に叩きつけた。


「遠慮しよう」

 

 その瞬間、メルトメライの視界には、がくんと膝から崩れ落ちる女性型アンドロイドの姿が映った。


「期待はしていなかったが、まさかの覿面だったな」

「殺しますか?」

「いい。さっさと逃げるぞ。起き上がって来られたら勝てる気がしない」


 ほくそ笑みながら、メルトメライは速やかに撤退を告げる。

 既に退避を開始している男達。未だ倒れるシーエを警戒しつつ、少女もその場を後にした。

 その後ろ姿を眺めながら、シーエは静かに分析する。

 意識はある。だが立てない。視線が落ち着かない。めまい。吐き気。平衡感覚が戻らない。おそらくは鼓膜に当たる部位に損傷を受け、三半規管を狂わされたのだろう。ならば敵の攻撃は音か。

 限りなく人に近い構造を持つアンドロイドは、的確に自身が受けた損傷の具合に診断を下す。

 そして――。


「集団テロリスト事件の実行犯の確保。現時点で遂行不可……」


 どこか寂しそうな声で、そう告げた。

 


 企業ビルの床をぶち抜き、地下の下水道から脱出したテロリスト集団は、その後、外に出たタイミングでかち合った特殊騎兵装隊隊員五名と交戦。メルトメライの攻撃により無力化し、兵装を奪った上で殺害。姿を眩ました。

 バオルク財団ビルで起こった総帥代理を含めた幹部数名の殺害。

 これは後に始まりの事件と呼ばれる『聖少女事件』の、まだほんの始まりに過ぎない。




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