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自己紹介の後は、今後の学園生活に関する注意事項と諸注意を矢橋先生から受けた後、学園から歩いて一〇分弱の距離にある寮に行って、各人部屋の片づけをすることになっていた。
原則学園生全員が入ることになっている寮は、六階建て鉄筋コンクリート製の建物で、陽菜子に割り当てられた部屋は、五階の三号室だった。
八畳フローリング、バストイレ、ミニキッチンつき。
(一人部屋だぁ……!)
実家では物心ついたころからずっと、五つ年下の妹と相部屋だった陽菜子にとって、自分ひとりで好きに使えて好きに飾りつけられる個室は、楽園にも匹敵する嬉しいものだった。
しかも、約束通り美耶子が入学金そのほか、学園に納入する金子全てを負担してくれたおかげで金銭的に余裕ができたからと云って、両親は、陽菜子が欲しがった物を、ほぼ希望通りに買ってくれた。ベッドとタンスと姿見とカーテンは備え付けのものを使えという通達が学園の方からあったために、インテリアをトータルコーディネイトすることはできなかったけれど、可愛いカラーボックスやクッション、化粧鏡など、小物類は全て、陽菜子が吟味して選んだ新品だ。ダンボールから一つ一つ出して組み立てたり並べてゆくだけで、心がわくわく浮き立った。
(テレビもHDD内蔵の薄型新品だし~)
今まで妹と共有の部屋に合ったのは、古くて画面も小さいブラウン管のもので、画像も荒く、長時間観ていると目がすごく疲れたのだが、液晶のこれなら、眼球疲労もさほどではないはずだ。
部屋にはテレビ回線も来ていたため、説明書通りに線をつなぐと、すぐに画像が映った。
「おおお~!」
関東地方では見慣れない、関西地域限定らしいお笑い番組に思わず拍手する。が、番組自体に興味はないので、すぐに消す。テレビ番組を観るために、このテレビをねだったわけではないのだ。
「ふふふふふ……」
ダンボールの封印をはがしながら、自然と咲いが零れ落ちるのを止められなかった。
開いた箱のなかには、最新型の据え置きゲーム機とソフトがぎっしり詰まっていた。
「きゃ~あ、グラナト様、お久しぶりー」
浪人中は自粛していた懐かしいパッケージ群との再会に、思わず涙まで出てきた。
(今日からは、グラナト様と、思う存分逢えるんだ~ぁ!)
赫い髪に凛々しい目元を持つ青年のバストショットがでかでかプリントされたパッケージを取り出した陽菜子は、ぎゅっとそれを自分の胸元に抱きしめた。
陽菜子が好きなのは、一般に「乙女ゲーム」というジャンルに分類される、恋愛シミュレーションゲームである。なかでもこの分野では大手と云われている会社が製作している『天使の休日』というシリーズに、ぞっこんほれ込んでいた。
ゲームの筋自体は、単純だ。人間と云うものをもっとよく知って理解するために地上に降り立った主人公の女天使(名前は自分で自由に決められる)が、全寮制の高校へ編入して、そこで一年間の学園生活を送るというもの。
勝ち負けやゲームオーバの条件はないので、ただ単にのんびりと、季節ごとのイベントをこなすだけでも一年を過ごすことはできるのだが、そこはそれ。乙女ゲーム、略して乙ゲーと呼ばれるゲームには、重要な要素が組み込まれている。
ゲームの登場人物との恋愛だ。
学園の同級生、先輩、後輩、先生方。
ファンの間では「攻略対象」とも呼ばれる、それぞれ種類の違う美形な男性方の、主人公に対する新密度と好感度を上げて、上げて、上げまくると、そのうちに隠しイベントとして、各登場人物ごとに異なる様々な「恋愛イベント」が発生する。何段階かに分かれるそれらイベントをまたこなして行くと、最後に彼と結ばれる――「乙ゲー」プレイヤたちの言葉を借りれば「攻略する」となる――と云うわけだ。
ゲームとはいえ、各人ごとに好みも性格も全く違うし、かつ彼らは何事につけても好き嫌いが多くて激しいため、「攻略」にはかなりの知識と根気が必要となる。が、その難しさがまたプレイヤの「攻略」意識をそそるのだ。
現在第四作まで出ているこのシリーズを、陽菜子は全てプレイしているが、なかでも最もお気に入りなのが、歴史的名作との評判の高い第三作目、ヨーロッパの某所、架空の小王国にあるという設定の六年制寄宿学校を舞台にした、「王国の鍵」という副題のついた作品である。三年前にこれが発売されたときには、陽菜子はあんまりハマりすぎて睡眠時間が四時間を切ってしまう日々が一週間続き、ついには学校で体育の授業中に倒れてしまったという笑い話まである。
グラナトというのは、そのゲームの登場人物で、燃えるような赤毛に涼やかなアイスブルーの目を持つ、学園の最上級生だ。あまいマスクにあまい声――ちなみにゲームは主人公以外の全てのキャラクタのセリフに声優が声をつけてくれている、いわゆる「フルボイス」仕様である――。女性に対して常に丁寧に接してくれる彼は、王国でも有数の名家の出身で、同じ学園に在籍している王太子に対して曇りの無い忠誠を捧げる、本物の騎士なのである。
『Ⅲ』では、ゲーム全体を貫く主要ストーリが、ミステリ仕立てになっている。
主人公が編入した時点で、学園には不穏な空気が流れている。学園に在籍している王太子に対する、悪戯の域を超えた嫌がらせが頻発しており、しかもその内容は徐々にエスカレートしていたのだ。主人公は、事態を深く憂慮しているグラナトと二人でこの嫌がらせを食い止めつつ、誰とも知れない悪意の主を探してゆくことになる。
ちなみにこれは、「グラナトストーリ」と呼ばれる、彼専用の恋愛ストーリである。『Ⅲ』では、ストーリの中途から、攻略対象のキャラクタごとに、細かに展開が変わるストーリが用意されているため、別のキャラクタ専用のストーリ展開をプレイすることももちろん可能なのだが、陽菜子は彼以外に眼中に無いため、プレイしたことすらない。
謎は謎を呼んで膨れ上がり、学校の枠を超えてその外へ。王国の重要人物が複数関与する政治的な内容となったかと思えば、国内に強い影響力を持つ宗教教団の影がちらほらと見え始め、ついには王国の建国神話にまで遡り、千年もの長い間隠されていた秘密に行き着く――と、そんな次第なのである。
もちろん乙ゲー、シリアスなストーリ展開の中にも要所要所にプレイヤの乙女心をくすぐるイベントが満載だし、秘密を解き明かした後には、グラナトとの恋愛エンディングが待っている。
その感動的な内容を脳内で再生しつつ、ゲーム機をテレビにつないで、ソフトをセット。電源を入れ――
ようとした、そのとき。
入り口のドアが、とんとんとん、と軽やかにノックされた。