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美しくなければダメなんです!  作者: killy
市内観光は、ときどき危険です
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「まずは下賀神社!糺の森!」

 京都駅前でひとしきり再会を喜び合った後、沙織は声高らかにそう宣言した。「安部清貴様との思い出の地に行くの!」

「はいはい」

 ハンカチでこめかみの汗をぬぐいながら、陽菜子は力なくうなづいた。うっかり日向で立ち話をしてしまったため、体内に熱がこもってしまった気がする。「じゃあ、バスに乗ろうか。下賀茂さんだったら、乗り場はあっちだよ」

 てきぱきと案内する陽菜子を、沙織は驚いたような表情で見た。

「へぇ」

「何?」

「いや、しっかり『地元民』してるなぁって、そう思って」

「下賀茂さんは、あたしが今住んでる寮の傍だし、何度かお参りに行ったことがあるからね」

「その『下賀茂さん』って云い方からして、京都市民っぽい」

「そう?」

「イントネーションもどことなく関西っぽいし」

 乗り場に向かいながら、沙織はうらやましそうな声を漏らした。「良いなぁ、京都住まい。私も京都の大学にすれば良かったぁ」

「何云ってるんだか」

 陽菜子は半分本気の苦笑をこぼした。うらやましいのはこちらだとそう思う。沙織は、陽菜子が第二志望にしていた私立大学に、現役合格しているのだ。

 折よく来たバスの後部座席に並んで座った後、エアコンの吹き出し口を操作しながら、

「で、大学はどう?」

 いじけた声にならないよう、陽菜子が意識してそう尋ねると、沙織は、

「まあまあ」

 と気のない返事をよこした。

「何よ、まあまあって」

「そうとしか云い様がないんだよね。とりあえず、気の合う仲間がいるサークルも見つかったし、学校生活を送るコツも判ってきたし、割りのいいバイトもあるし、だからそれなりに毎日楽しくはあるけれど。それだけかな?」

「やっぱり、入ったのは『千年の都』のファンサークル?」

「うんん、」

 乙ゲーのファンサークルは、

「入学してすぐに見学に行ってみたら、参加者があんまりオタク過ぎて引いたから、入るのやめた」

 のだそうだ。「確かに私は『千年の都』シリーズのファンだけれど、だからと云って大学生活すべての時間をそれに対するファン活動に費やすつもりは全くなかったし、今もないの」

 以来『千年の都』のファンは続けているけれど、それはごくごく個人的な趣味の域で納めているのだという。

「なるほどねぇ。だから『一人旅』かぁ」

「だって、今のサークル仲間には、乙ゲーやってる子がいないんだもん」

 少しすねたように、桃色のグロスで艶々輝く唇を軽く尖らせた沙織は、話題を変えた。「で?そっちはどう?」

「そっちって――」

「お茶の学校よぉ」

 まさか陽菜がお茶の学校に入るだなんて、思いもしなかったわよぅ、と沙織は、アイメイクのおかげで素顔のときより二割がた大きく見える目を大げさに見開いて、陽菜子の顔を覗き込んできた。「陽菜の抹茶嫌いは有名だったじゃない?抹茶と名のつくものは、ケーキもアイスも飴もシェイクもオレも、みんなダメ。頭から、思いっきり拒絶していたくせに、いったいどういう心境の変化よ?」

「そこはまぁ、……いろいろあってね」

 同級生には素直に話せた入学に至る事情も、沙織相手には話しづらい――と云うより、話したくなくて言葉を濁すと、語感からそれなりに感じ取ってくれたのだろう、沙織はふぅん、と曖昧に頷いて、勝手に納得してくれた。

「じゃあ、今も抹茶は嫌いなまま?」

「好きじゃないな。自分から進んで飲みたいとは思わないもん」

 同級生の中には、休憩時間や放課後にも、自分で抹茶を点てて飲んでいる人も多いのだが、陽菜子はとても、そんな気になれないでいる。

「そりゃ、大変だねぇ」

「本当、大変なんだよぅ」

 半分愚痴交じりの構成で、学園生活のことを詳しく話すと、沙織は今度こそ本当に驚いた。

「えええっ。じゃあ、水谷当番ってものに当たった週は、毎日、朝の四時半に起きなきゃいけないんだ!」

「そうなの。それで一時間半かけて着物着て、六時には登校だよ」

「よく体力もつねぇ」

「もたないよ。いつもギリギリだよ。おかげで土日は体力の回復のためにほぼ一日中寝てるし。観光する間もないんだから」

「そんなに早い時間に学校行って、何するの?」

「掃除」

「掃除ぃ?」

「うん。茶室の掃除。箒で掃いて、雑巾で拭くの」

「畳を箒で掃くの?掃除機でいいじゃない。どうして掃除機かけないの?」

「掃除機なんて、学園には無いんだよ。箒で畳目を掃き清めて、雑巾で丁寧に濡れぶきして、そのあと乾いた雑巾でその水けをぬぐってつやを出すの」

「何それ。時代錯誤もここまでくると、ファンタジじゃない?もしくは時代ドラマって感じ」

 掃除なんて、掃除機と化学繊維のモップで良いじゃないと沙織は首をひねる。

「本当にそう思うよ」

「どうして掃除機や科学繊維のモップを使わないのかって、理由を聞いてみたりした?」

「うん。先輩に聞いてみた。それによると、茶室には電源なんてないところが大半だし、あったとしても、硬い掃除機をガンガン振り回して万が一にも敷居や壁を傷つけたりしたらいけないからだって云われた。あとは、いちいちノズルをつけかえなければ隙間の埃が取りきれない掃除機に対して、箒は慣れれば一本で隅々まで埃を取りきれるからかえって便利なんだだとも、云われたな」

「なーるー。そう云えば、茶室って、柱の一本一本まで物すっごく吟味して、最上級のものを選んで使うんだって、以前何かのテレビ番組で紹介されていたのを聞いたことがある」

「へー。そうなんだー」

「……って、陽菜子あんた、お茶習ってんるんでしょ?」

「だって、茶室に関する座学は月に一度だけなんだもん。まだ畳と茶室の大きさの別しか習ってないよ。台目とか丸畳とか。そうそう。『三畳台目』と『台目三畳』は違うんだよ。知ってた?」

「知らない。……ってか、お茶を知らない人がそれを知って、何か良いことある?」

「無いよ」

「何それ」

「へへっ。まあそう云うわけで、学園にはいろいろと独特の習慣や決まりがあるし、忙しすぎてテレビとか見る暇もあんまりないから、あそこで暮らしていると、世間様との間に認識にずれができる気がするんだ」

 思いつくまま、具体的な例を二つ三つ挙げると、沙織は、

「すごいなぁ」

 と、思わずと云った態で感嘆のため息を漏らした。「私、お茶の学校って、ただただ畳に正座してお茶を飲んでお辞儀してるだけのイメージしかもってなかったよ」

「あたしも、入学するまではそうだったよ」

 実際には畳に座って稽古をして先生の指導を受けている時間はごくごくわずか。掃除を含めた前支度や後片付けの方が遙かに大きな比重を占めており、かつこんなに体力を消耗するものだったとは、まったく想像もしていなかった。「まさかこんなに体力勝負な世界だったなんて、本当に思わなかった」

 優雅に見えるひと時のために、亭主は影で膨大な労力と時間を費しているのだ。

 陽菜子は本気で云ったのだけれど、それを冗談か大げさな物云いと捉えたらしい、沙織はくすくす咲いをこぼした。

「怖い世界だなぁ」

「本当にそうだよ」

 憮然と頷いた陽菜子は、そうしてふと窓の外に目をやり、バスの現在位置に気が付いて顔色を変えた。「ヤバっ、この次のバス停で降りるの!でないと通りすぎちゃう!」

「次……って、もう停まるところじゃない!」

「急いで支度して!」

 幸いにして、同じ場所で降りるらしい他の乗客が降車ボタンは押していてくれたため、降りそこねることはなかったものの、何の支度も用意もしていなかった二人は、かなり慌てる羽目となった。

「いやー!お財布が見つからない~!」

 泣き言を云う沙織をせかして席を立つ。

 二人にとっては不幸なことに、バスの車内はかなり込み合っており、後部座席に楽々と座り込んでいた二人は、買い出し帰りらしい、スーパのビニル袋を複数個抱えた主婦らしきおばさんや、部活帰りらしい中高生の団体、それに、いかにもこの路線に乗りなれていないらしい、おおきなカートバックを抱える観光客らをかき分け押し分け、出口のある前方へと急がなければならなかった。

「すみませ~ん、おりまーす。通してくださーい!」

「待って~!」

 慌てたのが災いして、陽菜子はバスのステップを滑り落ちて運転手さんや周囲の乗客にひどく心配されるし、沙織はバックの中に小銭をぶちまけて乗車料金分を探すのに手間取るし、やっと地面に降り立った時には二人とも、しばらく放心した顔を見合わせてなんどかため息を交わし合った。

「疲れたね」

 陽菜子の呟きにうん、と応じた沙織はしかしすぐに気を取り直し、

「でも、清貴様との思い出の地に行くためだから!これくらい屁の河童よ!」

 握りこぶしを作って力説した。

(さすが恋する乙女パワ。半端ないですわ)

 陽菜子は思わず感心した。

「じゃあ、行こうか」

 陽菜子の誘いに、沙織はとても幸せそうに頬を淡く染めて、

「うん!」

 と元気よく頷いた。

「じゃあ、糺の森から入ろうか」

 こっちだよ、と陽菜子は先に立って歩き始めた。

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