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美しくなければダメなんです!  作者: killy
市内観光は、ときどき危険です
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 携帯がぷるぷる震えて、メールの受信を陽菜子に知らせた。

(誰からだろ?)

 金曜日の23時。

 翌日のことを気にしないですむことを幸い、「天使の休日Ⅲ」をやり込んでいた陽菜子は、ゲーム機のコントローラを床に置くと、テーブルの上の携帯を開いて画面を確認した。

 とたん。

「……げっ」

 目に飛び込んできた差出人名に、顔をしかめる。

沙織(さおり)っ?!」

 鉢村(はちむら)沙織は、陽菜子の高校時代の友人――その付き合いの強さと深さを鑑みれば親友と云って良いポジションにいた人物だった。

 高校の入学式当日に、同じクラスで席が隣り合ったことがきっかけで知り合って以降の三年間を、陽菜子は彼女とすごしてきた。ともに同士の少ない乙女ゲームの愛好者であったこともあって、その付き合いは濃密かつ濃厚だった。学校では、授業時間中以外はほぼ一緒に過ごしたし、土日の休みにはどちらかの家を訪問しあった。連休には、どちらかの家に泊まり込んでゲームをやり込む「合宿」を何度も開いた。春夏冬の長期休みには、二人で連れ立って東京のイベント――某埋立地で季節ごとに、定期的に開催されるメガイベントではなく、オンリと呼ばれる、有志が企画主催する、特定ジャンルの特定ゲームに分野を限ったごくごく小規模な集まりのことだが――に出かけたり、ゲーム制作会社が発表する公式発表に肩を抱き合って一喜一憂したりと、とにかく濃密な日々と時間を過ごした相手だった。


 ――高校を卒業して大学に行っても、ずっとこんな風に一緒に過ごそうね。


 高校3年生の夏休みには、どちらからともなくそう云い出して、固い約束を結んだ。

 ふたりの友情バランスが崩れたのは、その翌年の3月。早々に志望大学から合格通知を受け取った沙織と対照的に、陽菜子が受験した大学すべてから入学を拒否されたことが原因だった。

 沙織は、自分だけが合格したことに多少の遠慮と罪悪感を覚えていたようだったし、陽菜子は陽菜子で、そんな沙織の態度に八つ当たり気味のいら立ちを感じていた。

 結局、沙織が入学を決めた大学のある東京に出ていって以来、陽菜子は意識して彼女と連絡をとらずにいた。薄情だとは自分でも思ったけれど、沙織と一緒にいると、大学受験に失敗した自分を強く意識してしまい、どうしても、今まで通りに彼女と接することができなかったのだ。沙織の方もそんなひねこびた浪人生の陽菜子とは付き合いづらかったのだろう、それまでは日に何通も繰り返し届いていたメールも電話も、ぱたりと止んだ。

 爾来2年。まったく音沙汰の無かった沙織からメールが届くなんて、今更何の用なのだろう。

 訝りながら――そうして気が進まないながら、陽菜子は渋々と云った態でメールを開いた。


 件名:お母さんに聞いたよー

 本文:京都でお茶の学校に行ってるんだって? 羨ましいなぁと思うあまり、私も京都に来ちゃいました。 今、京都駅前のホテルにいます。 明日と明後日、ヒマ? ヒマだったら観光に付き合ってー


 可愛い絵文字を多用したデコレーションメールを、陽菜子はしばし睨みつけた。

(お母さんめ~!)

 どうして沙織に教えたんだ、と胸の中で盛大に文句を云う。一浪しても結局ダメで、こんな、受験申請したら誰もが受かるような専門学校に通っていることを沙織にペラペラしゃべったのかと思うと、怒りと恥ずかしさで頭がかっと熱くなった。

(沙織も沙織だよ。どうしてあたしじゃなくて、家に連絡するのよ?)

 こちらに直接連絡を取ってくれたなら、適当なことを云ってごまかしたのに、と恨めしく思う。

 が、今更それを云っても仕方がない。

 目下の問題は、来てしまった沙織のメールにどう対処するか、だ。

 携帯を握りしめたまま、陽菜子は悩んだ。懊悩したと云って良い。


 件名:ごめん

 本文:忙しくて


 無理、と書いて送信し

 ……ようとして、思いとどまる。

(もしかしたら、あたしが沙織をひがんで、嘘ついて会わないんだって、邪推されないかな?)

 考え過ぎと云えば考え過ぎだし、本当のことだと云えば本当のことだ。明日明後日と、何の用事も学園での当番の仕事もないのだから、「忙しくて無理」は嘘なのだ。

 会いたくない。けど、会わないと今の自分が沙織を僻んでいるのだと見透かされてしまう。

 たっぷり10分も悩んだのち、陽菜子はメール文を打ち直した。


 件名:お久しぶり~

 本文:日曜日なら、お昼から、何とか会えるかな?


 ほとんど逃げだとは判っていたけれど、沙織に二日も続けて会うのは無理だった。昼過ぎから半日がせいぜいだ。それだって、できれば勘弁してもらいたいのだが、……


 件名:RE:お久しぶり~

 本文:嬉しい! 忙しいのに、ありがとうね


 何も知らない沙織は間をおかずに能天気な返信をよこしてきた。その後、待ち合わせの時間や場所の詳細を打ち合わせるやり取りをして、連絡を終了した陽菜子は、携帯を閉じると、盛大なため息をついた。

「……お酒、飲みたい」

 初めて、心の底から思った。

 飲んで、酔って、全部忘れて寝てしまいたい。

 けれど、日頃飲酒の習慣がない陽菜子の部屋には、酒の類は一つもなかった。しかも時刻は既に24時近く。外出することすらできない。

 少し迷ったのち、陽菜子は、美沙にメールした。


 件名:突然ごめんなさい

 本文:今からお酒、飲ませていただけますか? もちろん実費はお支払いいたします


 ほどなくして、美沙から返信が来た。


 件名:RE:突然ごめんなさい

 本文:いらっしゃーい 陽菜ちゃんなら、いつでも大歓迎よ 実費とか、気にしないでいらっしゃい


 美沙はそう云ってくれたけれど、その厚意に全面的に甘えるわけにもいかない。そもそも深夜に突然こうして部屋におしかけようとしているだけで、十分甘えさせてもらっているのだ。陽菜子は、財布と、翌朝食べようと冷蔵庫で冷やしていた白桃2個を持って、自分の部屋を出た。



 年の功なのか、もともと他人の事情を深く気にしない性質(たち)なのか、はたまた陽菜子が訪問した時点でもうへべれけに酔っていたからなのか。とにかく美沙は、陽菜子が夜半唐突に「酒を飲ませてください」と訪問した理由を追求せず、あるたけの酒をふるまってくれた。

 日本酒から始まって――陽菜子が訪問した時点で、美沙は買い置きのビールを飲みきっていた――、焼酎、泡盛、ウィスキ、ブランデ。翌朝の5時まで飲みまくり、美沙の部屋の床でそのまま昼すぎまで爆睡。

 壮絶な二日酔いの頭痛によって目覚めた陽菜子は、彼女と前後して起き出した美沙の「迎え酒しよう」という強引な誘いを、ふらふらになりながらもどうにか振り切って自分の部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込み、また昏々と眠りに落ちた。

 再度目覚めた時、窓の外は既に夜の闇に覆われていた。

 時計を見ると、夜の8時を回っていた。

(今日一日、無駄に潰した……)

 それも、廃人なみにひどい時間の使い方――否、潰し方だ。

 依然酒が残っているのか、ほぼ一日絶食したわりに、空腹感はほとんど感じられない。

 部屋に付属している小さなコンロで温めた牛乳を飲んだ陽菜子は、

「よしっ」

 と自分に活を入れた。

 廃人生活は一日で十分だ。明日――否、今このときから、真っ当な人間としてやり直さなければいけない。

 とりあえずは風呂に入って洗濯をして、……

(その後は、京都市内観光の予習だね)

 沙織が驚くくらい、完璧な観光案内をしてやろう。

(たしか、共有のミーティングルームに何冊か、京都の観光ガイドブックがあったはず)

 風呂に湯を張る支度をしながら、陽菜子は明日の綿密なシミュレーションを開始した。

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