03
そうして今。陽菜子は学園の教室の片隅で、やさぐれていた。
(あたしは、来たくて来たわけじゃないっつーの!)
同期生の自己紹介は続いてゆき、学年番号順に座っている陽菜子の二人前にまで迫っていた。
「次は、光さん。光青子さん」
はい、と返事した少女は、黒板前の教壇に立つ四〇代半ばの男性教諭――矢橋という名前だと、最初に自己紹介してくれた――に、躊躇いがちに提案した。
「矢橋先生、次はわたしと瑠璃子の二人一緒にしてもかまいませんか?」
「その方が、皆さんによく憶えていただけると思うんです」
陽菜子のすぐ前に座った少女――瑠璃子が、青子と同じ声でそう続ける。
「君たちがそれでよければ、かまわないよ」
「「ありがとうございます」」
ステレオ放送のように寸分のズレもなく礼の言葉を唱和したふたりは、計ったように同時に立ち上がると、前例に倣って教室の前に立った。
淡い水色とクリーム色の、フリルとボビンレースを贅沢かつふんだんにあしらった揃いのワンピースに身を包んだ二人は、静かに教室内を見回すと、すっと息を吸い込んで、寸分の違いもなくにっこりほほ笑んだ。
「皆さん、」
「皆さん、」
「「こんにちは」」
声を揃えて挨拶する二人は、そっくり同じ顔立ちをしていた。
まっ白かつきめの細かい肌に色素の薄いさらさらな髪。やはり色素が薄くて薄茶色の目は、光に透ければ金茶色にも見える長いまつげに縁どられており、瞬きを繰り返すごとに、淡紅色の頬に扇形の淡い影が落ちかかる。まるでビスクドールのような端正な美貌は一つだけでも目立つのに、それが二つ並んでいる姿は、まるで造りものか何かを見ているようで、かなりのインパクトがあった。
教室内の驚きの視線にさらされながらも、二人は整った眉ひとつ動かさず、淡々と話し始める。
「光青子です」
水色のワンピースを着た方がそう云い、
「光瑠璃子です」
クリーム色のを着た方がそう自分の名を告げた。
「見ての通り、わたしたちは」
「一卵性の、双子です」
へぇ――と驚いたり感心したりする他人の反応には慣れているのか、二人はよどみなく続ける。
「顔もそっくり」
「声もそっくり」
「昔から、見分けがつかないと云われてきました」
「実際今でも、両親からでさえも、たびたび間違われます」
「ちなみに、前髪を下ろしているわたしが、青子」
「あげているわたしが、瑠璃子です」
「間違えられるのには慣れていますので、」
「どちらがどちらかなんて気になさらず、」
「「お気軽にお声をおかけください」」
双子の妙技なのか、ふたりはひとつのセンテンスを二人で分け合って、まるで一人の人間が話しているかのようにすらすらと話す。そっくりな顔立ちをした二人の、二つの口から一つの文章が交互に紡がれる様子は、見ていて面白かった。
「わたしたちは、物心つく前からふたり一緒でした」
「二人でひとつ、二人揃って一個人のように扱われてきましたし、」
「わたしたち自身も、それが普通だと思っていました」
「けれど、お茶は違いました」
「お茶は、一人でするものでした」
「それは不思議な感覚でした」
「お茶を点てている間、わたしは青子」
「わたしは瑠璃子」
「それぞれ独立した一個人に分かれるのです」
「それが面白くて楽しくて、」
「また、お茶そのもののもつ奥深さも興味深くて、」
「もっと習いたい、学びたいと思い、」
「こちらへ参りました」
「「どうぞよろしくお願いいたします」」
揃って深々と頭を下げる二人に、教室内から暖かな拍手が沸きあがる。陽菜子も夢中で拍手していた。多少のよどみすらなくすらすら語られた二人の自己紹介は、まるで寸劇を見ているようだった。
はにかんだ笑みを浮かべて席に戻ってくる二人に、にっこり咲って小さく手を振ると、青子も瑠璃子も、にっこり応えてくれた。
「面白かったよ」
前の席に座った瑠璃子にそうささやくと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
はにかんだようなその微笑に、またほんわり和んでいた陽菜子は、
「では、次。舟生さん。舟生陽菜子さん」
名前を呼ばれて、はっと我に返った。
「は、はい!」
(志望動機!何云おう。考えてないよう!)
お茶は大嫌いなんだけれど、大学入試に失敗して二浪が確定した結果として、祖母に強引にこの学園へ放り込まれました、なんて正直なことはいえない。内心では色々考えたり思ったり愚痴を云ったりしている陽菜子だって、場の空気は読むのだ。正直なことを云って、今のこのなごやかな空気をぶち壊すだなんて荒業、気の小さい、善良な小市民である陽菜子には、到底できることではなかった。
「えっと……」
教壇の脇に立って、改めて教室内を見渡す。自分を除いた新入生一五人の、一五対の目にじっと見つめられるのは、かなりの迫力があって、頭のなかが真っ白になった。
実は陽菜子は、極度のあがり症だった。物心ついたころから、普段の稽古や練習の時なら難なく簡単にできることが、いざ本番になると全くできなくなくなる。古くは幼稚園のお遊戯会、小中高校のときの各種発表会、そして近くは大学受験。すべてをそのために失敗で流してきた。そんな彼女がほぼ初対面の人たちの前でスピーチなんて、できるはずがない。
顔がかっと赧くなったのが、自分でも判った。「ええっと……」
うろうろと視線をさまよわせていると、こちらを見つめている瑠璃子と目が合った。
やわらかく、あたたかに微笑む眼差しに見つめられているうちに、ふっと、気持ちが落ち着いた。
「栃木から来ました、舟生陽菜子です。よろしくお願いします」ぺこりと、お辞儀をひとつ。「ここへはええと……抹茶を飲んでみたいと思って、来ました」
「……」
「……」
「……」
教室内に、微妙な空気が流れた。