01
--注意
・この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい関係ありません。
・作中における茶道の説明並びに解釈に対する責任は、一切作者にあります。
注意--
ノリと勢いで書て投稿しました。
ゴメンナサイ、色々と。m(_ _)m
入寮日に合わせて開かれた、学園生活全般に関する諸事説明会は、担当教諭による全体的な解説ののち、生徒各自の自己紹介に移行するというありがちなパターンを踏襲しつつ、順調に進行していた。
氏名、出身地、そしてこの学園を志望した動機。
今後三年間をともに過ごす(予定である)同期生たちが、やや緊張を帯びたぎこちない口調でそれらを述べてゆく様を、舟生陽菜子はやさぐれた気持ちで半ば聞き流していた。
(志望動機、ねぇ……)
級友たちの話すそれは、真面目かつ真剣なものばかりだった。
曰く、小さい頃からお茶を習っていて、この学園に入るのが夢だった。
曰く、茶道のことを、もっと深く集中的に学びたいと思った。
曰く、親戚がこの学園の卒業生で、折に触れて語ってくれる楽しい思い出話に憧れていた。
等等等。……
(皆さん、志望した学校に入れて良かったことデスネ)
あたしはこんなところ、入りたくもなんともなかったんですけれどもね、と陽菜子は唇を尖らせる。
(アタシは、お茶なんか、大大大、大っキライなんだから!)
大学入試に二年連続で落ちたりしなければこんなところ、来るつもりも予定なかったのだと、陽菜子はふて腐れながら、つい一月半前のことを思い返していた。
◇◆◇
「丁度良いわ」
最後の望みだった志望大学から容赦のない不合格通知を送付されて、自力では頭も上げられないくらいに落ち込んでいた陽菜子を客間に呼びつけた彼女の祖母、美耶子は、げっそり憔悴しきった陽菜子の顔を見るなりそう云い放った。まるで、スーパのタイムセールで激安売りされている鶏モモ肉のパックを目の前にして、今夜は親子丼にしようと思っていたのよ、と云うような口吻で。
「アンタ、京都の茶道学園へ行きなさい」
「………………。何で?」
たっぷり三十秒間、腹の底で思いつく限りの罵倒をおめき散らかしたのち、陽菜子は低い顫え声で尋ね返した。美耶子はそんな陽菜子の怒りに気づいているのかいないのか、あっけらからんと目を見開いてみせ、
「だって、もう無駄だろ」
と、今年六七になる人間だとは到底思えないような無邪気な口吻と表情で、ずけずけ続けた。「少子化で大学進学率が五〇%を越え、選びさえしなければ大学合格率一〇〇%と云われているこのご時世で、一年浪人してダメだったんだ。もう一年やっても同じことだよ。もちろん、前期よりも倍率の上がる後期試験に拾ってもらえる可能性なんて、あるはずがない。つまりアンタのそのお粗末な頭を受け入れてくれる大学はないってことだ。そんな無駄なことをして、お前の父親である滋さんの貴重かつ些少な稼ぎを浪費させることはないよ」
「お粗末……無駄ってそんな……っ」
血の気の落ちた顔で呆然と呟いた後、陽菜子は目の前の祖母をぎっと睨みつけた。「お祖母ちゃん、あたしが受けた大学と学部名、知ってるの?あたし、この一年間はずっと、予備校の模擬試験では、合格判定はAかBしかもらってなかったんだよ?」
世間からいわゆるSランク、Aランクと呼ばれる大学の名前と学部を慄え声で口にした陽菜子に、美耶子はふんっと、憎たらしくなるくらい厭味ったらしい調子で鼻を鳴らして応えた。
「試験を受けるなんて誰でも出来ることだろう。書類揃えて代金を振り込めばいいだけなんだから。試験っていうものは、現実に受からなければ意味はないものなんだよ。つまりあんたの頭は実際粗末なんだし、これ以上浪人を続けるのも無駄だってことだ」
もっともまあ、粗末な頭のつくりは、アタシに似たもかも知れないがねぇ――と残念そうにつぶやいて、美耶子は焙じ茶をすする。
その泰然とした態度が、陽菜子の怒りを煽った。
「じゃあ……じゃあじゃあじゃあっ!あたしが大学落ちたのはお祖母ちゃんのせいだったんだ?!」
気がつくと陽菜子は、座卓を手のひらで叩いて美耶子を怒鳴りつけていた。
「陽菜子、」
同席していた陽菜子の母親静子が、陽菜子をたしなめるように眉をひそめて彼女を軽く睨みつける。「お祖母ちゃまに失礼でしょう」
「でも、……っ!」
もちろんそんな風に云われなくっても、陽菜子自身も、今の反応が八つ当たりだったことは判っていた。入学試験に落ちたのは、とどのつまりは自分の実力不足だったのだ。もちろん努力を怠ったつもりはないが、それでも駄目だった理由は、自分ひとりにある。判っていた。が、今更謝るのも厭だった。美耶子に頭を下げるのは、どうしたって、なんであっても、厭なのだ。
物ごころついた昔から陽菜子は、母方の祖母であるこの美耶子のことが嫌いだった。
(美耶子祖母ちゃんには、思いやりってものが無いんだよ!)
いつもいつも、人が一番触れて欲しくないところに触り、云ってもらいたくないことをずけずけと云い放つ彼女は、性格がねじくれて悪いのだと、陽菜子は思っている。
が、怒鳴られた当の本人であるはずの美耶子は、全く気にしたり動じたりした様子もなく、あっけらからんと頷いた。
「ああ、そうだよ。アンタの頭の出来が残念なのは、アタシのせいだと思っている。だから責任をとって、アンタの行く先の始末をつけてあげようってわけさ」
自分が手土産に持ってきた、鶴屋吉信の京観世を一口おおきく頬張った美耶子は、ややくぐもった声でそう云うと、座卓の下からパンフレットと数葉の書類を取り出した。
「ほら、茶道学園の資料と、入学願書だ。ここは良いところだよ。四五年前にあたしもお世話になったんだが、あの学園で過ごせた日々は、かけがえの無い宝物だと思っている。共に過ごした同期生たちとは、今でも親密に連絡を取り合っているしね」
この京観世もそのうちの一人が送って来てくれたんだよと、美耶子は嬉しそうに説明した。
「そう云えばお母様は、京都の茶道学園を出ていらしたんですわね」
はたして美弥子と血がつながっているのかと時々陽菜子が疑いたくなるくらい、のんびりと温和な性格をしている陽菜子の母、静子がパンフレットを開きながらおっとりと口を挟んだ。
「そうさ。だからアンタにも、是非とも行ってもらいたかったんだけれどもね、静子。お前ときたら、アタシの期待を裏切って、さっさと滋さんに縁づいたりしてくれてさ。まったく、あのときくらい落胆したことは、今も昔もなかったよ」
「それは本当に申し訳ありませんでした、お母様」
「全くだよ」
美耶子がつっけんどん頷く。「だけど、」憮然としていた眸が、そっぽを向いてふてくされる陽菜子を見てふっと和らいだ。「だけど陽菜子が代わりに茶道学園に行ってくれるなら、アタシの気持ちも少しは晴れようってものだ」
「何、その云い方!じゃああたしは、お祖母ちゃんの気を晴らすために、行きたくもない学校に行かされるってわけ?」
「陽菜子、いい加減になさい。おばあちゃまに失礼でしょう」
「いいよ、静子。それと、陽菜子。アンタは大学に行けないんだろう?だったらここに行っていけない理由は無いだろうが。むしろ学校の存在を教えてくれてありがとうって、感謝してもらいたいくらいだよ。大学に受かる見込みも可能性も無いまま、浪人を続けてどうなるんだい。そのうち勉強することすら止めて、今流行の『ひっきー』やら『にーと』やらってヤツになるに決まってるじゃないか。アンタはどう思っているか知らないけどね、陽菜子。アタシは、自分の孫娘にそこまで情けない生き方を許すつもりは全く無いからね」
「勝手に決め付けないでよ!」陽菜子は憤然と座卓を叩いて抗議した。「あたしは、お茶なんか、大っっっっっ嫌いなんだから!」