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短編

嘘吐きの恋文。

作者: 唐子

『 前略 貴方様



これから言うことは、(言う、とはおかしいですね。書くことは、が正しい。

ですが、これから書くことはわたくしの言葉と思って読んでください。お願い致しますね。)



全部 嘘 です。



嘘を吐きます。


本当のことも申します。

押しべて本当のことを申します。私は誰かさんと違い、正直者で通っておりますので。


貴方への意趣返しとでも申しましょう、ほんのすこうしだけ、嘘を織り交ぜるだけです。

(こういう戯れ、貴方はお好きでらっしゃるでしょう?)


私だって、最後の最後を、三行半で終わらせてしまうほど貴方への情が無いわけではないのですよ。


でも、出来たら、この手紙は読んだら捨ててくださいまし。


貴方の手元に、私の痕跡を欠片でも残しておきたくはない。


貴方によすがなど差し上げたくなく存じます。

それは思い出ヒトツとっても同じことです。



私を忘れてください。


私も忘れます。



貴方との出会いを後悔したくはないのですが、そうせざるを得ない時間しか過ごせなかったことを、残念に思います。


大体、私の落としたリボンを貴方が拾ってくださるなんて、そんなよく出来たお芝居のような都合のよい出来事、可笑しいと思ったのです。


朝井さんから伺いました。

彼が、面白半分で、頭でっかちで融通の利かない、四角四面の貴方に授けた策であったことも、私はうに存じておりますのよ。

(嗚呼!このくだりを読んだ貴方の、慌てふためく姿をこの目で見られないなんて、至極残念です。)


あの時まだ世間知らずだった私は、まんまと貴方のろうした策にはまってしまって!

あの頃の私にもし会えるのなら、頬を引っ叩いて、目をお覚ましと言ってやりたい。



貴方は不誠実な恋人でした。



私が望んだ本当のところを、貴方が分厚い法律書に向ける情熱の、ほんのヒト欠片でも理解を示してくだすったら、私もこんな結末を望まなかった。


私、そんなにわがままでしたかしら?


確かに貴方は賢いです。法律にたずさわる人間に相応ふさわしくあろうと、常に努力しておられる。

その高潔で不屈な精神を、眩しい気持ちで見つめたものです。


しかし、手を繋ぎたいと願えば破廉恥の一言で切って捨て、たまの逢瀬でも、貴方は本から顔を上げず、視線を合わそうとも一片とも笑いすらしなかった。


私がいくら気を引こうとあれこれ話しかけても、喧しい、だの、君は頭を使って話せないのか、だの。それが恋人に対するお言葉ですか。しかも何を言っても嗚呼、ウンの空返事。


ただひたすら歩くだけの逢瀬で、革長靴の中の足の豆がいくつ潰れたことか!

一昔前の頑固親父だってもうちょっと喋りますわよ!

お庭に置いてある石塔の蛙さんの方がまだ愛想がいいわ!


確かに、私は賢くはありません。

貴方の望む、知的な会話というものも、一体どうして楽しいのかトンと理解できませんでした。

まだ四季の移ろいや美味しいお菓子の話、きれいな着物やお近所に生まれた子猫の話題の方が親しみを覚えるもの。政治も法律もわからないわ。


でも、わかろうとしましたのよ。貴方の望む程度ではなかったようですけど!



貴方は此の世のことなら何でも知ってるような賢い殿方なのでしょうけれどね、私が貴方の事を理解しようとした一厘でも、貴方は私のことなど思ってなかったのだと、そう思います。




貴方といると苦しかった。


貴方の高潔な精神に添えるだけの自分というものを、私は持っていなかったのだと思います。

貴方といると、厳しさや冷たさだけが伝わってきて、寂しかった。


二人でいるのに独りのような気がするなんて、可笑しいでしょう?


私が手を伸ばしたら、貴方は握り返してくれたのかしら。それだけが疑問なのだけど、もう関係ないですね。



私は貴方を忘れます。


貴方が好きでした。

今は貴方なんか嫌いです。



貴方だって、私のことを本当に思ってなかったに違いないわ。

だって、貴方が私のお話をちゃんと聞いてくだすったことなんて、一度もないのですもの。


貴女にとっての私という存在は、鉛筆なのだと思います。

万年筆ほど高価でも立派でもなく、筆ほど緊張を強いられない。

どこぞに放り投げられて、いつか忘れ去られてしまったとしても差して問題ない消耗品。我ながら悲しいほど言い得て妙だと思うのですけれど。

そして、消耗品はいつだって替えがございますのよ。私にとっての貴方と同じね。





この手紙も、折々貴方に差し上げたお手紙も、贈り物も、総て燃やしてください。

私が貴方から頂いた物は、あの始まりのリボンも栞もお手紙も、既に総て焚き上げてしまいました。

貴方の無精を有難がるなんて!これが最初で最後だわ。





ここまで読んで、どこが嘘でどこが本当か、貴方お分かりになった?


私をほんの一厘でも理解しようとしてくださっていたら、すぐに答えは出ます。


でもきっと、わからないのでしょうね。





末尾になりますが、この度見合いの席が整いました。

もう貴方に会う機会は無いでしょう。

もし会う機会が巡って来ても、私は誰かの奥さんになってるはずだわ。



こんな不満だらけの手紙、きっと貴方は憤懣ふんまんしてしまうでしょうけど、最後に貴方の怒る声を聞かなくて済むと思うと、つい筆が乗ってしまって。

貴方に文法や漢字や綴り間違いの添削のようなお返事をもらうことも、もうないのです。それすらもほんの時たまにしかいただけなかったのですけれど。

嫌だ、最後まで愚痴っぽくなってしまったわ。



さようなら、愛した人。

貴方は信じないかもしれないけれど、私は貴方を愛してた。



これも嘘かもしれないけれどね。




御存じより

あなかしこ 』





手紙を受け取った男は、頬を赤らめたり青褪めたりしながら読み進め。


最後の一枚を読み終えると、もう一度最初から、猛烈な勢いで読み返し。


「……見合いって今日のことらしいぞ」


にわか郵便屋となった友人、朝井のぼそりとつぶやいた一言に、紙よりも白く顔色をなくして、もしかしたら鉄砲玉よりも早く研究室から飛び出して行き。


数十秒後、返す足で朝井を締め上げ、居場所を聞き出し、今度こそ戻らなかった。


ガタつく研究室の窓を開け放し、頬杖をついて校門の方角を見やり、朝井はつぶやく。



「意地っ張りのひねくれ者どもめ。これで成らなかったら、もう面倒は見んぞ」



さわやかな風が、花の香を乗せて朝井の鼻をくすぐった。


もう春だった。





私・・・・・・女学生。明るく朗らかで意地っ張り。時折皮肉屋になる。

貴方・・・・大学生。ひねくれ者の頭でっかち。とおもいきや、実態は言葉足らずの照れ屋。


朝井あさい・・・・「貴方」の同級生。


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