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MULTIPLE  作者: ミズ
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CASE:フィズ

誤字脱字、おかしな文法などがあった場合教えていただけると嬉しいです。

作中では意図的に矛盾が生じるような書き方をしている部分があります。

その点はご容赦下さい。




「………うー、あぁー」



フィズは完全にまいっていた。

今から彼の身に降りかかる災難に、着々と自分の番が迫ってくることに、彼は慄いていた。

これから起こることを回避することが出来るのならば、今日の三時のおやつを抜いても良いとさえ思った。

しかし、これは彼がここで生活する以上は必ず果たさなくてはいけない義務なのである。



今日は《土の精の日》、一週間の四日目。

少年フィズは今、採血場の前の列に並んで立っていた。



二日おきに行わなくてはならない採血の日に、彼が出勤する日が当たってしまったのだ。そのせいで彼は朝起きたときから、気分がすっかり落ち込んでいた。

20mlの採血ぐらいなんだと思われるかもしれないが、20mlだろうが200mlだろうが彼にとっては嫌なことに変わりはない。どちらにせよ、腕に針を刺されるのは同じことだ。

あの太い針が自分の腕の皮膚を突き破って食い込んでいくのも、血が出ていくのを見るのも怖いし、何にも増してちょっとでも痛いのは嫌だった。


しかし、現実とは本当に儘ならないものである。

ウーウーと唸っているうちに、フィズに順番がまわってきてしまう。



彼は泣きたくなりながら、というかすでに目の端に涙を溜めて採血士の前に用意された椅子に腰をおろした。


「おはよう、フィズ。久しぶりだね」

「………うん、おはよう。ミランダさん」

「相変わらず採血は嫌いかい?そりゃチクッとはするが、アンタ男の子だろうに」

「ミランダさん、男とか女とかそーゆーのはかんけいないよ。イヤなモノはイヤなんだ」

「はいはい、んじゃ嫌なことはサッサと終わらせてしまおうね。ほら腕だしな!」


やはり分かってはいたが、逃げることは出来ないようだ。

彼は暗い顔で渋々とブラウンを基調としたローブの袖をまくるのを見るとミランダは苦笑する。


「この世の終わりみたいな顔をしてからに、まったく」


止血帯を巻きながら彼女は言う。


「男の癖に意気地がない、うちの旦那にそっくりさ」

「男のクセにって言うのは、男女サベツで良くないってウィルが言ってたよ」

「ウィリアムは、女に生まれ変わってもきっと意気地無しだ」



ウィルとはミランダの夫で、ダーヴィロス塔の衛士をしている男だ。

三ヶ月前に彼らを助けてくれた恩人である。暇を見つけては、読み書きや算数、常識など様々なことを教えてくれるのでフィズは彼にすっかり懐いている。今は算数の掛け算と割り算を習っている。

良いことも悪いことも、影響を受けていた。



「いい人だと思うんだけど」

「良い人と、意気地が有る無しは別だよ。覚えておきな」

「じゃあ、なんでケッコンしたのさ?」

「さぁねぇ、何でだろう」


腕の消毒が終わる。

いよいよ彼女が針を射れようとしたとき、


「待って待って!」


思わずフィズが、ストップをかける。


「やっぱり、やらなきゃダメ?」

「やらなきゃ駄目。アンタ達の血を実験に使いたいって研究者で予約が一杯なんだ、人気者で良かったね」


そんな人気はいらない。


「うぅう」

「じゃあ、気紛らわしに楽しい話でもしながらやろう」

「楽しい話って、たとえば?」

「そうさね、アンタんとこに新しく導入はいった電顕の話なんてどう?すごく良いらしいじゃないか」

「ボクは使ったことないから分からないし、その話のどこがおもしろいっていうの」

「それに、もう二週間も前の話だよ。そういうの何て言うか知ってる、ミランダさん?おくれてるって言うんだよ」


彼はため息をついて首を横にふった。

針が差し込まれる。やはり痛くて顔をしかめた。


「あー、そうかい。オバサンは遅れてんのさ」

「でも、こないだクロエがヘンなこと言ってた」



新しい電子顕微鏡はとってもよく見えるわよ。

それこそ室長のトゲトゲから、あなた達の丸くて綺麗で素直そうなところまでね。



「って、これってどういう意味なの?デンシケンビキョウは人のセイカクでも分かるわけ?」


それを聞いたミランダは大爆笑だった。

少しむっとする。


「電顕で性格が分かったら最高なんだけどね、あっははは」

「じゃあどういうことなの」

「赤血球だよ、フィズ」

「セッケッキュー?」

「そう、クロエが言ったのは赤血球のこと。ヨキは有刺赤血球といって血球がトゲトゲしてんのさ。不摂生だからね」


なおも、彼女は笑いながら続けた。


「性格と赤血球の形をかけたんだろう。そんときヨキの機嫌でも悪くて、嫌味のつもりで言ったんじゃないのかい」

「なんだ、そういうこと」


得心がいって、深くうなずいた。


「おかしいと思ったんだ。トーエやソウならともかく、こわいシエラもキレイで素直って聞いて」

「アンタ、そんなこと言って平気なのかい」



言われてハッと気づく。

こんなことを言ったのが、シエラにバレたら大変だ。また怒られるかも知れない。



「……………今の、ナイショね。シエラだけじゃなくて、みんなにもだよ」

「はいはい。こっちも終わったよ」


止血パッチを張り、ミランダが終了の宣言をした。


「この後は何があるんだい?」

「シブチョー室に行く、ロンさんに呼ばれてるんだ」


椅子から勢いをつけて下りながら答える、フィズの後ろにも採血待ちはいる。



「じゃあまたね、ミランダさん!」





嫌なことがやっと終わって、気持ちが高揚する。

そのまま出口に向かって駆けていくと、


「走るんじゃない!」


という彼女の注意する声がもう遠くに聞こえた。







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