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MULTIPLE  作者: ミズ
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三ヶ月前の出来事

習作です。

誤字脱字、おかしな文法などがあった場合教えていただけると嬉しいです。

作中では意図的に矛盾が生じるような書き方をしている部分があります。

その点はご容赦下さい。



その日のリュシェの森は、普段とは違い騒がしかった。





土砂降りの雨の中を、濡れるのもかまわず泥をはねちらかしながら全力で駆けていく。

もう無理だ。もう走れない。

そんなことを頭の隅で考えるが、それでもひたすらに腕を振り、足を持ち上げて前へ進む。

止まることなど許されない。

ぬかるみに足を取られもつれる度に、そのまま倒れてしまいそうになるのを寸でのところで堪えた。

どうして、今日に限って雨が降るのか。夏はいつも近隣の貯水池が枯れるかどうかのギリギリの間隔で降るのに、前回から一週間と間を置かずに雨が降り出した。

運が悪すぎる。

雨のせいで視界がさえぎられ、走りづらかった。

雨音に混じって蹄の音が聞こえる。

今日は主人が屋敷を留守にすると聞いたから計画の実行を決めたのに、雨のせいで早々に帰ってきた。おかげで脱走が思ったより早くばれてしまった。

本当に運が悪い。

人々が言うように、神が慈悲深いものならばもっと簡単に逃げ出せるように手を差し伸べてくれても良いだろう。

しかし、事態は予想より悪化する一方だ。神など本当は存在しないのだ。いたとしても、きっと無様な自分をあざ笑っているに違いない。


息苦しくなってあえぐが、口から入った酸素はなかなか肺に行き渡らない。

すでに脇腹は痛みでひきつっていた。



「いた、見つけたぞ!」

「止まれ!」

「こっちだ、回り込め!!」


『ダメ!追いつかれちゃいます!!』


近づいてくる声に後ろを確認して、少女が悲痛な叫びを上げる。


『おいソウ!足止めしろ!!』

『無理だ、こんな状態で!!!』


怒鳴る男に、普段は柔和な男が怒鳴り返す。

その間にも後方の追手は距離をぐんぐんと縮めて迫ってくる。

普段は律動的に刻まれる馬の蹄の音は、今は雨のせいでうまく聞き取れず、一体どれだけの人数が追って来ているのか分からない。

横目で確認してみれば、林の陰になっているが左右からも追手がちらちらと見える。


囲まれ始めた。



『もう、やり合うしか無いわよ!!』


気性の荒い女が言う。


『あんな人たちと!?こわいよ、むちゃだよ!』

『怖い?馬鹿じゃないの!?無茶でも闘わなきゃ。このまま、ただ走って逃げ切れる訳無いでしょ!』


少年が泣きべそかいて否を唱えたが、彼女はそれを一蹴した。

事実、女の言っている事は正しいことを皆理解していた。

このままではいずれ捕まってしまう。

しかし、あまりにも多勢に無勢。追手達と戦闘して勝てる可能性はわずかだ。



どうするべきか。


『くそっ、ユーリ!お前が決めろ!!』

『わ、わた、わたしっ?』


乱暴な口調で指名された女は慌てふためいた。


『そうね、アンタが決めなさい!』

『ユーリが決めるなら私も従います』


女と少女が同意する。


『でも、でもそんな!もし、わたしが間違えたら!』


そう、それは全員の命を握る選択だ。

間違えました、では済まない。

やり直しは絶対にきかない。


だが他の二人も彼らに賛同した。


『ユーリ!ボクはしっぱいしても、おこったりしないよ!』

『僕らは運命共同体、一蓮托生というやつだよ』


彼らの意思は完全に、彼女に託されてしまった。

何故か全員が全員、一度決めたら聞き入れようとしない者達だ。

こうなったらユーリに選択の余地はない。



もう、腹をくくって決めるしかないのだ。



彼女は必死に走りながら考えた。

体力はもう限界だ。

助けを呼ぶにも、街までまだかなり距離がある。

先の話の通り、このままでは確実に捕まってしまう。

だがもう、あんな場所に戻るのはご免だった。



休みなく働かされ、躾だと言っては気を失うまで殴られ、食事もろくに与えられず、夏は暑く、冬は寒く、夜も満足に寝られやしない。主人に呼び出されては、ぼろきれの様な服を剥ぎ取られ慰み者にされてきた。

他の奴隷が死んでいく様を何度も何度も見てきた。死体の処理も何度も何度もさせらてきた。

今日、自分も死ぬかも知れない。明日、死ぬかもしれない。そんなことを毎日毎日、始終考えて生きてきた。


戻るのか?あそこに?

戻るのか?あの生活に?



嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ!

地獄とはまさにあの場所を言うのだ!!




伸るか反るか。


ただ逃げて捕まっても、闘って負けて捕まっても逆戻り。

しかしもし、勝つことが出来れば―――!



『…………、う』

『え?なんだって!?』

『やろう、闘おう!!!』


絶対、絶対に。

この地獄から抜け出すと全員で決めたのだ。

自由になるために。

そしていつかありったけの憎悪をもって、あの男に復讐するのだ。

 

『もうあそこには戻らない!闘って、勝って生き延びてやる!!』



そう叫んで足を止め、追手を迎え撃つために振り向いた時だった。



ヒュッ



風を切る音がした。

頬と耳を何かがかすめていき、少量だが血があふれだす。

魔術によって形作られた氷の刃だ。

間を空けずに再び放たれた氷刃をステップでかわすが、ぬかるみに足をとられバランスを崩してしまう。


『あっ』




まずい!


とっさに体制を立て直そうとするが、次の攻撃に間に合わない。


すでに彼女の眼前には、美しい第三の白刃が、迫っていた。










『あっぶねぇ!』


しかし次の瞬間、突然現れた炎の壁により氷刃はジュッと音を立てて蒸発した。


『カイ!』

『気をつけろっ』

『ごめん』

『くそっ、この雨の中じゃあオレは役に立たない。シエラ、ソウ!』


降りしきる雨によって見る間に勢いを失って消えていく炎の障壁を見て舌打ちすると、男は叫んだ。


『お前ら、行け!』

『ああ』

『命令すんじゃないわよ、この役立たずが!』

『うるせぇっ』


走って距離を取りながら、腕をかかげ右手のひらを追手に向けて女は言う。


『アタシが攻撃する。ソウ、アンタ援護しな!』

『了解だよ』


そう言うと、そのまま腕をすばやく横一線に薙ぎ払う。

空中に出現した放電する長く鋭いものが放たれ、速度を落とすことなく敵に向かって行き、そのまま数人を貫いた。


「「っぁああ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あああああぁあああああ!」」

『まずは六人』

「このアマァ!」

「抵抗してきた!相手は魔術を使うぞ、気を抜くな!!」


さらに雷槍を出現させ攻撃する。今度は何人かに避けられ、再び氷刃が飛んでくる。

しかしそれは、突然成長した植物によって阻まれた。


『こういった場所は植物が多くて良いね』

『ナイスだわ、ソウ』

『どうも』


言いつつ左から接近してきた追っ手を倒す。


攻防を繰り広げながら、とにかく走る。

闘うと決めたとしても、完全に追いつかれて囲まれたらその時点で詰みだ。


走る合間にタイミングを見つつ雷槍を放つが、一度の攻撃で倒せる人数が減ってきた。しょせんは素人だ。初撃では不意をつくことが出来たが、もうそうはいかない。

敵の攻撃も全てを防ぎきることは出来ない。人数が多すぎる。相手のそれはほとんど面の攻撃だ。

身体には全て浅くはあるが、大小さまざまな裂傷が出来ている。痛いのは慣れている。しかし、血を流すことは決して得策とは言えない。魔術の威力が軽減する。



このままでは駄目だ、捕まってしまう。どうにかしなければ。




そう考えた時。


聞いたことも無い、たとえるならば砲弾が炸裂したかのような激しい音と共に、横からの爆風で体が吹っ飛んだ。そのまま木に激突し、背中を強く打ちつけて気を失った。


『ソウさん、シエラさん!』


少女が悲鳴をあげ、少年が泣きじゃくる。


『おい、おいしっかりしろ!くそっ』

『トーエ、来い!選手交代だ』

『は、はい!』

『氷刃ばかり放ってくるから、てっきり水の魔術師しかいないのかと思ったぜ』


今まで仕掛けてこなかっただけで、実際は火の魔術師もいたのだ。


『いいかトーエ。オレは雨でこの通り役立たずだし、敵ほど強い火の術は使えねぇ』

『だからオレが防御にまわるから、お前は仕掛けてくる奴を的確に狙っていけ。いいな!』

『分かりました』

『行くぞ!』


敵はあと残すところ、二十人といったところか。

追手の馬はすでに片付いている。あとは一人づつ確実に倒していけさえすれば逃げることは可能だ。

つらいのはどの魔術師が火を扱うのか分からないことだ。火で火は防げない。出来ればなるべくに早く殺しておきたい。


ここまで人数が減れば追手も馬鹿ではない。樹木の陰から身を隠しつつ攻撃してくる。

迫りくる氷刃を火球によって打ち落としていき、居場所が分かった敵を氷の矢で一人づつしとめていく。


一人。

こいつじゃない。


二人。

こいつでもない。


三人。

こいつも違う。


四人。

違う。


五人。

違う。


違う。


違う。


違う。


違う。


違う。




違う。




とうとう残りの一人。結局最後まで相手は隠れていた。

こちらはすでに満身創痍だ。おそらく、勝利を確実なものにするためにこちらがぼろぼろになるのを待っていたのだろう。


はたして、この狡猾な相手に勝てるのか。

先の爆発を見ても、相当な魔術師だ。こけおどしでどうにかなるような敵ではない。こちらがこの雨の中では、戦術級の火の魔術を使えないこともばれているはずだ。



―――ならば。



地面を蹴って全力で走り出す。

敵をめがけて、一直線に。



戦術として使用される魔術というのは、ほとんどが遠隔系だ。

なぜなら、予備動作中に襲撃を受けることが大変危険だからだ。もちろん相手からの攻撃もそうだが、何よりも魔術の暴発が恐ろしいのだ。攻撃を受け、不安定な状態になった魔力の塊が手元から離れる前に爆発などしたら使い手の魔術師は防ぎようがない。故に、いざ敵から攻撃を受けそうになった場合、魔術をキャンセルすることが出来るだけの時間を稼げる距離をとる。


先の魔術のように威力の強いものならば、爆発の煽りを食らわないためにも着弾地点と術師は長い距離を置きたがるはず。


それならこちらから距離を詰めてやれば、相手は攻撃してくることが出来ない!


泥水をはねちらかし、全身の痛みを無視して木々の間を一気に駆け抜ける。

手の中には氷の刃。

近づくほどに鮮明になる敵の男の顔。

それは驚愕に彩られている。



とった!!!



追手、最後の一人の首を握りしめた刃で掻き切ろうと腕を振り上げた。




その時。


『っう、あ?』


腹に激痛が走った。

痛みに耐えきれず、足から力が抜けていきその場にくずおれる。

見やると腹は真赤に染まっていた。

頭をゆっくりと持ち上げて確認する。



しくじった………!



目の前に立ち、暗く笑う男の手にはナイフが握られていた。

彼らは激痛で失神した。


『トーエ!カイさん!!』


少年が呼びかけても、返事はない。


「惜しかったなぁ、魔術師は得物を持たないとでも思ったか?」

『くるな』

「ハズレだよ。プロはちゃんと保険をかけておくものだ」


もう、自分しかいない。自分しかユーリを守れない。


「あーあー、こんなに殺っちまって。おいおい睨むなよ、こっちも仕事なんだよ」

『さわるな』

『フィズ、フィズ!もう無理だよ。駄目だよ』

『ユーリはだまってて!!』


何とかしなければ。

考えなければ。


「ほら、ご主人さまがお前のことを首を長くして待ってるぞ」


男の後ろは崖になっている。きっと雨で土は緩くなっているはずだ。


これしかない!


彼に出来ることなど、局地的地震を起こすぐらいだが今はそれで十分だ。

掴まれた腕を振り払い、力を振り絞って走り出す。

十分な距離をとると彼はあらん限りの魔力を解き放った。


「まだ逃げるのかぁ?もういい加減に、って、おあ!?」


立っていられないほどの大きな揺れが起こり、少しでも遠くへ逃げようとした少年は転倒して頭を打って気絶した。

追手の魔術師が地に膝をつき、揺れをやり過ごそうとした瞬間。


「ぅうわああああああああああああああ!」


見上げた背後の崖から、地響きと共に大量の土砂が流れ落ちてきた。







   ********



ユーリは歩いていた。

全身から血を流しながら。足を引きずりながら。

ユーリは歩いていた。

あたりが暗くなってから見え始めた街の明りを目指して。



もう少し。

もう少し。

もう少し。

あともう少しだけ足よ、動いておくれ。




そうして、ようやっと辿り着いた大きな建物の門前で。


彼女は力尽きた。







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