五ヶ所目 6
彼女の笑顔を僕は食い入るように見つめてしまう。
目を逸らそうとしても僕の中の何かが、断固に拒否していた。
この女の子と以前会った……のか?
膨大な記憶に検索をかけたが、脳内のどこにも引っかからない。
いや検索する事すら愚かな行為だろうか。
目の前に居る……こんなにも美しい女の子と以前会ってたら、忘れる事なんて有り得ない。
「え、えっと、あたた、会った、た……かな?」
「あの……何を言ってるのか分からないです。少し落ち着いて……下さい」
「オースケ、コラァー!鉄拳制裁だ、コイツめっ!」
「あ、痛ぅ」
朗らかな調子で、まるで悪戯っ子を優しく叱るような、そんな蓮の声を聞いた途端、脳天に重く痛みが響く。
どうやら、ふとどきな僕の様子を見かねた蓮が、僕の脳天に鉄拳制裁を下したようだ。
なんか……痛すぎて、冷静に痛みを知覚出来た自分が居ますね。
でも、そのお陰か彼女から、ようやく目を逸らす事が出来た。
心做しか、僕の記憶が何個かデリートされた気がしないでもないが。
「うわぁ……痛そう!大丈夫?やりすぎよ蓮君」
心配そうに、僕を見つめる茜ちゃん(だっけ?)。
って!
くほぅ、女の子に心配されるなんて、蒼ちゃん&ユズちゃん以来だ。
幸せな気分過ぎて浄化……されて……いく……。
「い、いや良いんだよ」
今更ながら、見つめ続けていた事に恥ずかしさが込み上がってくる。
「あ、あの……すいません」
「いいえ、気にしないで下さい」
金髪の女の子は、明らかに困惑した顔で笑う。
他の子達も、クスクスと笑い合っている。
ま、間違いない。
今までのやりとりで、キモ男と認定されたに違いない。
明日から菊女で笑いのネタにされるんだろうなぁ。
緊張や期待で胸が高鳴る時間……生まれて初めての合コンが始まる前に終わった。
そうだ!
これからの時間、話が僕に振られる事は無いんだぁ。
もう帰ろ……っかな。
すごく残念だが、この結果を導いたのは、他の誰でもない自分な訳だ。
ある意味、僕がこの場から消えても何の支障も出ないのだ。
「えっと、あの、じゃ……僕は……これで」
「どうしたのかしら?」
金髪の女の子が、腰を浮かし始めた僕に不思議そうな顔をする。
うっ、見つめられて動けない……。
「そ、その……」
「座って、自己紹介を始めましょうよ」
そう言って、また笑顔になる。
輝くような、華やかで美しい彼女の笑顔。
そんな煌めく笑顔を見た僕は、気付くといつまにか座っていた。
「ふわぁー!出たぁ、姫ちゃんの必殺技ぁ!」
「ふふっ。ほの、誤解を招くような事は言わないで欲しいわ」
姫ちゃんと呼ばれた子は、僕に向けた煌びやかな笑顔を、ほのちゃんと呼ばれた女の子にも向けた。
「ぎゃふぁあー、ほのにまで姫ちゃんスマイル向けないでぇ、体が火照ってきちゃうぅ」
ほのちゃん……この子の感性、凄く親近感湧くなぁ。
「茜ちゃん、私……すっごく恥ずかしいよ」
「みぃ……私も同じ気持ちよ」
みぃちゃんと呼ばれたボブヘアーの子と、茜ちゃんが恥ずかしさを噛みしめるように俯いた。
ふと、隣に座っている花君が楽しそうに笑っていることに気付く。
「どうしたの花君?」
「エヘヘっ。何だか楽しいなぁって思ったんだぁ」素直な言葉を口にする、花君。
そんな花君の素直で、真っ直ぐな気持ちを聞いて、何だかすごくリラックス出来た。
「確かに、楽しいね」
花君の言葉で、ようやく僕も合コンのスタート位置に立てそうだ。
気付けば、料理が続々と運ばれてきて、テーブルを占拠していく。
どの料理も食欲をそそり、今にも手を伸ばしてしまいそうなわけで。
「マナー違反だ欧介。はしたない真似は顰蹙を買うぞ」
やれやれと言うように小さく笑顔を浮かべ、僕の右腕を手を添えて制する大河君。
大河君の言葉で、無意識に僕の右手がナイフを握り締めてることに気付く。
「あわっ!う、うん。ゴメン……気づかなかったよ」
大河君、ありがとう。
「ドキドキ、ドキドキ」
何故か……ほのちゃんは目を潤ませて艶っぽく輝かせ、胸元でギュッと手を握り締めている。
「えっ?ど、どうしたの」
「目の前にBLてんか……」
「き、気にしないで下さい。さぁ!自己紹介しましょうよ」
ボブヘアーの子が、手を叩いて先に進むよう促した。
その横で、茜ちゃんに双肩を掴まれたほのちゃんは、グラグラ揺られていた。
「よっしゃ!四人の睦まじい会話を聞いた所で、自己紹介ターイム」
勢いよく天井に拳を突き上げる蓮。
拳速で空気が震えた気が……。
それぐらいテンションが上がってるって事らしい。
「きたぁ、待ってましたぁ。イエーイ自己紹介タイムぅ」
蓮に負けないぐらい、勢い良く天井に向けて拳を突き出す、ほのちゃん。
うん?
微妙に頭がユラユラしてるような……。
だが、そんな事は、ほのちゃんがつけてるフレグランスの甘い香りを嗅いだ途端、どうでも良くなった。
だって、心と体がザワッと反応するんですもん。
強いていえば、体が特に。
「ホノちゃんのノリ良いねぇ。そうゆうの大好きだわ!まぁ、俺は自己紹介する必要ないと思うんだけど、この際だ!御存知の中村蓮だ。結婚歴なし、犯罪歴なし、現在素敵な彼女募集中、好きなタイプは……優しさの中にも厳しさを持つ人だな。あと美味い味噌汁。今日は宜しくね、楽しもうな」
最後にニカッと悪戯小僧のような満面の笑みを浮かべる蓮。
「イエーイ、蓮君ヨロシクぅ!ほらほら茜ちん、みぃちゃん。もぉー!姫ちゃん関係ない顔するなぁ~」
両脇に座っている、茜ちゃんとみぃちゃんの手を掴んで、はしゃぐほのちゃん。
「ちょ、コ、コラ!ほの止めなさいよ」
「わ、私達に構わないで、ほ、ほら自己紹介続けて……ね」
みぃちゃんに促され、花君に自己紹介が移る。
「えっと、良いのかな?先に進んじゃって……うん、僕は森島花って言います。今日は、どうか仲良くして下さい」ニコッと笑う花君。
途端に、ピタリと動きを止める女の子達。
おぉ、花君の伝家の宝刀は今日も切れ味抜群だ。
「ほょ……笑顔可愛いぃ。何かさ、浄化されていく……花君仲良くしてね」
「コラ、ほの!男の子に可愛いだなんて失礼よ。か……可愛いけど……すごく」
「ふぅ、不覚ぅ……!ほのちゃんの相手に夢中だったんだからぁ。さ、さぁ……気にしないで、続けて下さい」
ほぼ同じタイミングで頬を桃色に染めた、ほのちゃんと、茜ちゃんと、みぃちゃん。
三人は騒いでいた格好のまま、変な体勢で花君の笑顔に釘付けになったようだ。
アハハ。
今日も花君の笑顔は、切れ味抜群だな。
いつも一刀両断されてばっかりの、僕が言うのも何だけど……。
「春日大河です。本日は、千代菊女子の皆さんと知り合えて光栄です。よろしく」
髪を触りながら、照れたような笑顔を浮かべる大河君。
前髪を弄る仕種が、とても優雅。
「王子様ぁ……。私の全てをアナタに捧げます……」
今まで以上に、ぽぉっと頬を染める、ほのちゃん。
っうか、凄い事を口走ってる気が……
大河君の決して内輪には見せる事のない、完全な外向けスマイルに射抜かれたのは、ほのちゃんだけでは無かったようだ。
茜ちゃんも、みぃちゃんも頬を染めて、見るからにポワっとしている。
「こちらこそ宜しくお願い致します。大河さん」
天使の微笑みを浮かべる、姫ちゃんと呼ばれた美しい彼女。
彼女まで笑顔にさせるとは。
大河君、君の姿と人生を僕に下さい。
いや今すぐ、入れ替わって下され!
そんな事を思っていたら、女の子4人の視線が僕に注がれている事に気付いた。
「ほらほらぁ、最後は君の番だよ。欧介君」
もう自己紹介しなくても、名前知られてるよね?
そんな言葉が頭に浮かんだが、口には出せなかった。
だって緊張し過ぎて、口の中がカラカラですもん。
「ほらぁ、オースケ!バッチリ決めてやれや。いつものアレでよ」
力強いガッツポーズを僕に向ける蓮。
ち、ちょっと待ってよ。
いつものアレって何です?
「大トリ登場だね。欧介君、真打ちの力……お馴染みのヤツを見せてね」
花君は、親指を立てて微笑んでいる。
あの……すっごい、やり辛くなってるのは気のせいだろうか!?
だ、大丈夫だ!
最後の常識人、大河君が助けてくれる筈!
大河君なら、きっと助……。
「フッ、これは見物だな」
今この瞬間、神は死にました。
こうなったらヤケクソだ!
見せてやるよ、いつものアレを!
僕は静かに立ち上がる。
「いつものヤツって何かな?ほの楽しみぃ」
「ほのちゃん、静かに」
みぃちゃんに、制されるほのちゃんが視界に入った。
だが、もう止められない。
迷いは無かった。
「ブ、ブロリーです」
後の事を考えず、自分が思い付く精一杯の自己紹介ネタを叩きつけた。
久しぶりの更新でした。
また書きます。
和紙でした!
では!!