四ヶ所目 26
お久しぶりです。
今回は、二人だけのテスト勉強編ラストです。
僕の意志とは無関係に腹の虫が空腹を盛大に告げる。
そのおかげで、蒼ちゃんの口から語られる話が途絶えてしまう。
「ああっ!ゴメン……話しの途中なのに」
「ふふふっ。欧介君のお腹が鳴いちゃいましたね。お腹減りましたか?」
にこやかな表情で語りかける蒼ちゃん。
その柔らかい表情から、謝らなくて良いんですと言っているようだ。
「うん、正直今ならアンビリーバブルnextって名前の盥に入ったパフェでも完食出来ちゃうよ」
「えぇっ、それは凄いですね。今まで完食してる人見たことないですよ」
「そうなんだ。なら蒼ちゃんが初めて目撃する達成者は、この真田欧介だね!なぁんて、調子に乗りました」
いや、調子にのってなんか無いぞ欧介。
今の僕ならきっと!
……無理だ。
「そうですね、そうですねぇ!欧介君が私の知ってる唯一達成した人になりますね。そうなったら私たくさん自慢しちゃいます」
蒼ちゃんは、目をキラキラさせて天井を見上げる。
あ、あのぉ冗談で言っただけですよ。
最後で調子に乗ったって、認めましたよね!?
「さ、さてとぉー!日も落ちたし、腹も減ったしそろそろ帰ろうか蒼ちゃん」
リアルに盥パフェを食べさせられる雰囲気を作ってしまった事に後悔の念を覚えつつも、これ以上の深みに嵌る前に帰宅することを選ぶ。
「はわぁあ、本当ですね。もうこんな時間になってる」
蒼ちゃんは、いそいそと自分の筆記用具や教科書を片付け始めた。
そんな普段見る事の出来ない、慌てる彼女も可愛いくて何だか癒される。
っとと、僕も見とれてないで片付けなきゃ。
「あの、今日はありがとうございました。欧介君は本当に数学を教えるの上手ですよ。私が保証します」
「う、うん。ありがと。誉めてくれて嬉しいよ」
蒼ちゃんは、自分の胸に手を添えて力強く言葉を伝えてくれた。
でも僕の返答は在り来たり!
なんで彼女の賛辞に、僕はもっと上手く応えられないんだよ?
あぁクソ!
不甲斐ない自分に腹がたつ。
もっと気の効いた事言いたい。
蒼ちゃんの心まで届く言葉をさ!
「本心ですから私の。……本当に上手だから欧介君。……あっ、何回も言ったら嘘っぽいですね。ごめんなさい」
「い、いやそんな事は無いよ。蒼ちゃんの言葉が嘘っぽいだなんて……そんな事絶対思わない。むしろ蒼ちゃんに誉めてもらえて嬉しいし、テンションが……って何言ってんだろ僕!あはは」
何だか甘ったるいような、くすぐったいような微妙な雰囲気が教室を包み込んでいくのが分かる。
あんまり女の子に褒められた事が無い僕にとっては、今この瞬間がすごく恥ずかしくて、何かむず痒い。
体がむず痒いとか、そんなのじゃなくて何か妙にムズムズすると言うか……うーん上手く言い表せることが出来ない。
「よ、よっし!帰ろうか蒼ちゃん」
「そ、そうですね」
教室の電気を消して、蒼ちゃんと共に足早に廊下に出た。
玄関で靴を履き替え、蒼ちゃんが靴を履き終えるのを待った。
靴を履きながら、ふいに見える彼女の太ももに僕の目は釘付けだ。
頬でスリスリしたぁい。
そんな衝動に駆られ、気付けば胸をドキドキと高鳴っていた。
二人で玄関から出ると外は完全に暗かった。
しかし相変わらず、野球部は練習してるみたいだ。
校門に向かう途中、グランドに優しい表情を向ける蒼ちゃんを見逃さない。
そんな蒼ちゃんの表情に強く惹かれる僕は、改めて決意を固める。
さっきは僕の腹のせいで聞き逃したけど、今度は絶対に聞こう。
そんな決意を改めて。
蒼ちゃんの大切な……って何だろう。
もしや、今でも大好きな元カレとかだったら!?
憧れの先輩が野球部に居るんです!
とか、だったら!?
ぐっひゃ!
やっぱ聞くの辞めようか。
さっき改めて決意した事が、すでに揺らぐ。
あぁクソ!
ダメだ、ダメだ、ダメ人間だ僕は!
気になって仕方ないだろ!
後ろ向きな想像が膨らむぐらい、気になって仕方ないんだから聞いちゃえよ。
気付けばバス亭に着いていた。
今、しか聞く時はない。
「あ、蒼ちゃん!あのさ…」
「うぅん、何ですか欧介君?」
よし、そのまま聞け!
聞くんだ、欧介!
「あのさ……さっき蒼ちゃんが言いかけた言葉って……何かな?」
「ふん?さっき……ってぇ」
「私の大切な、とか言いかけたトコロで僕が腹を鳴らしたから聞けなくて……ね。だから教えて欲しくて。あぁ、もちろん良かったらだけど……」
うっほ!
自分でも驚くぐらいの直球だ。
「あぁ、その話ですかぁ」
蒼ちゃんの顔が対向車のライトで照らされる。
その瞬間、彼女の瞳が照らされて鮮やかに輝いた。
「私の大切な思い出なんです。……キャッチボール」
「大切な思い出……キャッチボールが」
「はい。お父さんとの……大切な」
そう言って蒼ちゃんは、此処では無いどこかを見ているような表情を浮かべた。
「私のお父さんは、野球選手なんです。結構有名だったんですよ。楠木吾郎ってピッチャーでした」
楠木吾郎。
そういえば居たような気がする。
剛左腕の吾郎とか呼ばれてたような。
「剛左腕の吾郎だっけ?ゴメン、あんまり野球詳しくないから曖昧で……たしか奪三振王とか、ノーヒットノーラン達成とかしてたような」
「はい!そうですよぉ、欧介君なかなか知っててくれてますね。嬉しいな」
本当に嬉しそうな笑顔で喜ぶ蒼ちゃん。
そんな彼女の笑顔が、僕の眠っている記憶を呼び覚ましていく。
「確か、大西洋グリフィンズの不動のエースだったよね?日米交流試合でアメリカ代表から三振の山を築いた」
「そうです、そうですぅ。うわぁ欧介君、結構知ってますね」
「す、凄いよ!?蒼ちゃんのお父さん!大スターじゃん。って目の前に剛左腕の愛娘さんが居るなんて夢みたいだよ」
さすが聖蘭高校!?
有名人や著名人、金持ちの子供が多く通うだけある。
「そんな事ないですよ。お父さんが有名なだけで、私は私ですから」
「いやでも、すごいからさ!」
うちの両親なんて一般人ですから。
そう考えるとやっぱり凄い。
ここで、ふと心に気になる事が沸いた。
今の話は、全て数年前の話であり記憶だ。
今は何してんだろうな?
「そういえば、最近は近況を聞かないけど、楠木選手はまだ現役なの?あぁそれ以上に、家ではどんなお父さんかな?是非聞きたいな」
現役なら、今はどこの野球チームなんだろう?
もしかして引退してて、チームのコーチとか?
やっぱり現役引退後は、野球解説者とかになるのかな?
それ以上に、どんなお父さんなんだろうか?
たまに家に帰ってきた時はやっぱり、可愛い蒼ちゃんにベッタリなんだろうか?
うわぁヤバいな!
もし今の僕と蒼ちゃんが話てる現場を見られようモンなら、ウチの蒼に近づくなどこぞの馬の骨が!!
なんて言われるのかな?
「言いたくない」
でもこんなに可愛い娘だったら当然……えっ!?
「う、うん?今何て?」
「言いたくない!!……って言った」
蒼ちゃんと目が合った。
今、彼女は僕を直視している。こんな蒼ちゃんの顔を見るのは初めてだ。
まるで寸前までの蒼ちゃんなんて居なかった。
今までの優しい笑顔、楽しそうな笑う顔、悲しみが滲み出ている顔。
彼女はいつも色々な表情を見せてくれた。
そんな色々な表情の蒼ちゃんが大好きだ。
だけど今は何も無い。
感情の全てが消された無表情。
だけど声だけは明らかに不快感を露わにしている響きだった。
楠木選手が家ではどんなお父さんなの?
やっぱり娘命親父?
彼女に質問をした時のドキドキした気持ちは、跡形もなく消えた。
……バスが来た。
「あっ、欧介君バスが来ましたよ。時間ぴったりですね。さぁ乗りましょう」
口を開い彼女は、いつもの彼女だった。
バスのライトに照らされ、眩しそうに目を細めて笑う〈いつもの〉蒼ちゃんだった。
安堵感。
そんな感覚が僕の体を巡る。
あぁ、バカ野郎だ僕は!
調子の乗ってプライベートなんか聞くからなんだ。
関係ないだろ、楠木選手がどうかなんて。
今日は蒼ちゃんの親父さんが大スターだった。
そんな大ニュースを知る事が出来たんだ。
欲張んなよ。
デリカシー無い奴は最低だ。
安堵する反面、さっきの無表情な蒼ちゃんの表情が脳裏から中々取れない。
真っ白なシャツにこびりついた泥の様に、こすってもこすり落とせず、汚れだけが残る。
今頭の中は、そんな感じがした。
蒼ちゃんと共にバスに乗車し、座席に座る。
バスが発進して、すぐに僕は蒼ちゃんに声をかけた。
早く頭の中の汚れが落ちるように。
「さっきはゴメン。蒼ちゃんのお父さんの事聞こうとして……プライベートなのにさ。本当にゴメンよ」
脳裏に浮かぶ無表情な蒼ちゃん。
早く取れろ、取れちまえ。
もう、あんな蒼ちゃんは見たくない。
「あぁ……いえいえ私こそゴメンね。……ちょっと意地悪な事言っただけですから。だから怒ってないですよ私。」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、謝る蒼ちゃん。
「いや蒼ちゃんが謝る事は……」
「今はお父さん家に居ないんですよ。私が小学校卒業するぐらいに、お母さんと離婚したんです。だから……なんだか欧介君が羨ましいくて」
「僕が羨ましい?な、なんで?」
こんな一般家庭の凡人一家風情のどこが?
「お父さんとお母さんと三人、家族全員で暮らしているから、良いなぁ……って思ってしまって。そう思ったら意地悪したくなりました」
小さく舌を出した蒼ちゃん。
その舌に吸い付きたくて堪らない、って事は置いておこう。
「ゴメン……無神経だね僕」
最低野郎!
自分の心が自分自身を罵り叫んでいる。
「いぇ良いんです。言わなかった私が悪いですから。それに……」
そう言って蒼ちゃんは、セーラー服のポケットから小さな一枚の写真とリングを取り出した。
「お父さんは、いつかまた絶対に三人で暮らせるって約束してくれました。家を出て行く前の日に、最後のキャッチボールしながら……。お父さんは、絶対に嘘つきませんから。絶対の絶対に」
ギュッとリングを握り締める蒼ちゃん。
嘘つかない!……か。
少し前に僕が軽い嘘をついた時の事を思い出す。確か、レクリエーションの時だった。
僕の小さな嘘に、蒼ちゃんは過敏に反応していた。
僕の顔を覗き込む蒼ちゃん。
そして、僕が嘘を付いている知ると、嘘をつく人は嫌いだと言った。
はっきりと。
嫌い!!だと。
「それに、私がリングに想いを込めると、その想いがお父さんに伝わるって教えてくれましたから。最後の……キャッチボールが終わった後に、私の手にお父さんのリングを握らせてくれて。……私は、いつも想ってるんです。私は信じてます。昔も今も……お父さんが帰ってきてくれるまで。三人で暮らせるまで……」
「うん、きっとお父さんの言う通りだよ。蒼ちゃんの気持ちは、今この瞬間も伝わってる!そして今に、僕が羨むぐらいの幸せ家族になれるよ。絶対に!僕が保証する」
「欧ぅ……介君。ありがとう……ございます。笑われるんじゃないかって、思いました。幼い子みたいだから、私……」
照れたような、悲しんでいるような複雑な感情が見え隠れる蒼ちゃんの表情。
「蒼ちゃんが信じてる言葉なんだ。幼くなんてない。だって蒼ちゃんにとって大切な言葉なんだからね。だから自分自身が信じれる言葉が有る事は、素晴らしい事だと思う」
楠木選手。
こんなに想ってる娘さんが居るんです。
早く約束を実現して、蒼ちゃんを安心させてあげて下さい。
「優しい言葉……ありがとう。良かった、本当に……良かったです。欧介君は信じてくれた。私の話信じてくれた。……私、欧介君の事信じてますから」
「僕は、当たり前な言葉を伝えただけだから。でも……信じてくれてありがとう。嬉しいよ」
「はい……信じてますから」
欧介君だから、私は信じてるね。
そう彼女が伝えてくれた、気がした。
それと、また一つ彼女に近付けた気がする。
いや、確実に近づいたに違いない。
良い意味でも……悪い意味?でも。
とにかく蒼ちゃんに嘘はつかない。
彼女が嘘を嫌うのだから!
そう心に堅く誓う。
蒼ちゃんが降りる、泉区5番地のバス停に着いた。
もう暗いから、送って行くよ!
そう伝えたが、彼女は大丈夫ですよ。
もう近いですから。
そう言って断ってきた。
そう言われた、僕は引き下がるしかない。
本当は送って行きたいが、仕方ない。
今日は諦めるしか。
「今日は数学も……優しい言葉もありがとうございました。またね、欧介君。ばいばい……です」
蒼ちゃんは、可愛い言葉を残して足早にバスを降りて行った。
最後に残していった蒼ちゃんの言葉が可愛い過ぎて、バスが出発しても、何だかホニョホニョと宙を漂うような気分になる。
それと同時に一番最初に彼女と会った日の夜を思い出した。
あの夜と同じで、窓の外の月はキラキラと煌めいてる。
間近に迫ったテストを頑張ろう。
そして、蒼ちゃんと盥パフェを食べに行こう。
そんな事を思いながら、家路に向かう。
御愛読頂きありがとうございます。
欧介と蒼の勉強会が終わりました。
今回は、蒼の一面を書いてみました。
イメージを壊された方が居ましたら、すいません……。
次回は、蓮か大河か花の話でも書いてみようかと思ってます。
三人も色々遊ばせたいのです、和紙は。
もちろん書かない可能性もありますが。
コメントや御指摘、作品を思って下さっている厳しい評価もお待ちしています。
ちなみにテスト週間の話は飛ばします(笑)
和紙でした。
では!!