四ヶ所目 25
二人だけの勉強会が始まって1時間と30分。
ノンストップで蒼ちゃんに、数学の公式の説明、例題の解法、問題集の演習問題を解いてきたのでさすがに集中力が切れてきた。
蓮や花君よりも元気だと思うよ。
そう蒼ちゃんに言われたから、つい頑張り過ぎちゃったワケだ。
あぁ、さっき彼女の表情や言葉を思い出すと溶けちゃいそうになる。
いっその事、蒼ちゃんと二人で溶け合ってみようか?
おっと、ダメだダメだぁ!
集中集中。
はぁ……それにしても頭を使ったせいか腹が減った。
いやそれ以上に僕の胃袋が、何か甘い食い物をよこせと、キリキリと痛みを感じさせる。
胃袋の密かな自己主張を感じながらふと、窓の外を眺めた。
気付けば、太陽はもう殆ど沈んでいる。
夕暮れがだいぶ長くなったなぁ。
もうすぐ梅雨。
それが過ぎれば夏か。
そして秋、冬。
一年は思ってる以上に早く過ぎるかも。
そんな季節の流れの中、ずっと蒼ちゃんと仲良く居れるのかな?
そんな想いに駆られてると、トントンと僕の筆箱が叩かれた。
蒼ちゃんが、口元を緩ませて僕を見つめていた。
「あぁ、ゴメンね。つい……ボーっとさ」
痒くもない後頭部を掻いてしまう。
「疲れましたか、欧介君?」
柔らかい表情を浮かべながら、シャーペンから手を離した蒼ちゃん。
さっきまで教えていた単元の問題が全部解かれているのが目に入った。
「おぉっ!?もう解いたんだぁ。蒼ちゃんは、理解するのが早いね。羨ましいよ」
僕なんか数学を理解するのに、どれだけ苦労したか。
まぁ、高校1年生2回目で出来ないとマズいし。
「そ、そんな事は無いよ。欧介君の教え方が上手だから……」
僕の羨望を含んだ本音に照れたのか、顔に微か赤らめた蒼ちゃん。
すっごい可愛い。
今すぐにでも、イケない妄想を膨らませちゃいたいぐらい。
彼女に新しい悦びを……って、ヤラシイ妄想は抑えなきゃ。
「僕なんかの説明で理解してくれる、蒼ちゃんがスゴいんだって。ホントにそう思うからね」
「そんな……凄くなんか無いよ。全然」
「いや!スゴいと思うけどなぁ」
しばしの沈黙。
でも気まずい沈黙では無いのが、救いだった。
その沈黙を破るかのように校庭から野球部の掛け声が聞こえてくる。
野球部は集団で、しきりに何か叫んでいる。
「野球部、こんな時間まで練習してるんですね」
蒼ちゃんが、窓の外に目を向けて呟いた。
「頑張ってるよね。でも日が落ちると危ないと思うなぁ。飛んできた球が見えなくなるしさ」
まぁ僕だったら、今頃救急車に乗ってるんだろうなぁ。
「ふふっ、まだこのぐらいの暗さなら意外にも見えるんですよ」
蒼ちゃんが優しく微笑む。
「えっ、そうなの?」
「はい。野球ボールって白いですから、結構見えるんですよ」
また微笑む彼女。
そんな蒼ちゃんの笑顔から、優しい気持ちと楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
いつかは、この笑顔も僕だけのモノに。
でも……。
「でも蒼ちゃん、何でそんなに詳しいの?」
率直に素直な疑問をぶつけてみた。
不思議だった。
蒼ちゃんが野球に詳しそうには見えない。
それに、実際に野球を競技しているようにも見えない。
じゃあ何でだろ?
「それはですね……」
僕を見つめて、ゆっくりと言葉を続ける蒼ちゃん。
視界の隅で、廊下の蛍光灯の電源が入ったのが分かった。
「私の……」
グランドのナイター設備の照明も点いたようだ。
嘘ぉ!?
まだ野球部は練習するのかぁ……って、今は野球部なんてどうでも良いか。
「大切な……」
「た、大切なぁ」
気づけば、蒼ちゃんの言葉につられて、生唾を呑み込みながら呟いている自分。
直後、生唾を飲み込んだ事に反応したのか、胃袋がかなり大きくグゥウウゥとお決まりの音を立てた。
はあぁあ、せっかくの雰囲気をぶち壊しちゃった……。
こんにちは。
今回は割と早く更新出来ました。
最近、久々に欧介以外の準主役の3人の話でも書こうかなって思ってます。
まだ予定ですけど。
欧介と蒼の話が落ち着いたら書いてみようかなぁ。
コメントや、御指摘、御評価をお待ちしています。
和紙でした、では!!