四ヶ所目 22
一時限目が終わった。
授業が始まる前に起きた大きな出来事の影響で、授業中クラスの皆が集中出来ていないと感じた。
もちろん僕もその内の一人で、頭の中では花君の事と蒼ちゃんの事が渦巻いていた。
花君の事については、考えても考えても全く判らない。蒼ちゃんとの約束は、彼女の期待を裏ってしまうと言うか、折角取り付けた約束を自分から破ってしまうと言うか。
まぁ何というか……とにかく残念だ。あぁ…二人の事を考える事に夢中で、テスト範囲について重要な情報を聞き逃した気がする。
ダメだぁ、朝から疲た。
机に突っ伏して、何気なくクラスを眺めていると、蓮が週刊誌を読んでいのが見えた。
でも、週刊誌を読んでいる様子はなく、何だか物思いに耽ってる様に見える。
僕が蓮の姿を視界に捉えて数十秒経ったがページが捲られないからだ。
蓮も、やっぱり花君が気になって仕方ないんだ。花君の頭を何度か撫でる蓮の姿を思い出したら、心が温かくなった。
大河君の姿を探すと、彼は自分の席で難しそうな本を片手にノートを黙々と書いていた。
でもノートに何か書き込んでいる彼の手が、何度か止まったのを確認済みな訳で。
大河君も僕や蓮と同じぐらい花君の事が気になってるんだな。
早く、花君の温かみの在る笑顔が見たい。今は、彼の笑顔が遥か彼方に遠ざかっている様な、そんな感じがする。
花君は授業開始時と同じで、自分の席に居た。
見た感じでは、もう涙は止まっている。
しかし表情に、いつもの明るさは無く、影を帯びた表情で机を見つめている。
今、花君に話しかけても大丈夫なのかな?
でも話かけるって言っても、なんて?
そんなの出たとこ勝負さ。
いやいや、今回は言葉は慎重に選んだ方が…。
そんな迷いに弄ばれていると、二時限目が始まってしまった。
よし、昼食の時に絶対に話しかける。
そう堅く決心をし、授業に臨んだ。
さてと、学生なら誰でも待ちわびた昼食の時間だ。
クラスメートの多くが購買や、カフェテリアに走っていく。
ちなみに僕と花君と蓮は、いつも教室で昼食を取る。
大河君は、いつも何処かに消えてしまう。
彼の個人的な事に首を突っ込むつもりは、無いが気になってしまう。
カフェテリアにでも行くのかな?
もしかしたら、彼女とイチャイチャしながら手作り弁当を?
ま、彼に限ってそれは無いだろう。
とりあえず今は、気にしないでおこう。
今は花君だ。
いつもは、花君が昼御飯を食べようと誘ってくれる。
だけど、今日はあんな事が有ったんだ。
誘ってくれる気分じゃないだろう。
だから今日は僕から、昼御飯を誘う。
花君に話しかける絶好のキッカケであるし、何かを食べながらなら話もしやすい。話しやすいかどうかは、勝手な理由だけど。
ここまできたら気にしない。
むしろ多少強引なキッカケは必要でしょ。
少しだけ呼吸を整え、僕は自分の席から立ち上がり花君の席に向かった。
「やぁ昼ご飯食べようよ」
いつもと変わらない口調を心掛け、花君に話しかけた。
いつも通りの口調は再現出来たと思うが、内心かなりドキドキだ。
ちょっと声が上擦ったかな?
俯いていた花君は、顔をあげて僕と視線が重なった。
そして、彼の顔は綻んだ。
そんな花君の笑顔に応える様に、僕の頬も自然に緩んだ。
「欧介君……一緒にご飯食べてくれるの?」
「そうだよ、ダメかな?」
「もちろん……良いよ。断るわけない」
「良かった、花君と昼ご飯食べない午後からが始まらないからさ」
僕は適当に空いてる椅子を選び、花君の席まで持っていき座った。
さてと、何て切り出そうか。
思案を巡らせていると、僕の弁当箱の上に唐草模様の風呂敷に包まれた何かが、落ちてきてバサッと音を立てた。
反射的に飛んできた後方を振り返ると、蓮が椅子を抱えてニンマリ笑っていた。
「だぁあ!やっと昼飯の御時間だぜ。朝から腹減って腹減って。胃袋が溶け出しそうだぜ」
蓮は僕の隣に椅子置いて座ると、持ち主が不在の机を片手で引き寄せた。
「おっす、ハナぁ〜元気か?」机に風呂敷を置いて包みを開けながら蓮は花君に声を掛けた。
「うん、元気……かな」
「そうか。なら良いんだ」
蓮は弁当箱を開けたと同時に、卵焼きを箸で摘んでゆっくりと口元に運ぶ。
「くぅははぁ、やっぱりな!」
口をモゴモゴと動かしたと思った矢先、突然蓮が口から卵焼きの欠片を吹き出しながら笑った。
「はっ、へぇ?何がやっぱり?」
僕は、突然の蓮の行動に苦笑いしてしまう。
「蓮……お行儀悪いなぁ。まったく」
花君は蓮の口から飛び出し、自分の弁当に不時着した卵焼きの破片を箸で取り除きながら、頬を少しだけ膨らませた。
「悪ぃ悪ぃ、でも今日の卵焼きが美味くてさ。我ながらナイスなアイディアなんだぜ」
カラカラ笑い、満足げな表情を浮かべる蓮。
「ナイスアイディアって、今日は卵焼きに何か入れたのかな?」
僕の問いかけに、蓮はフフンと鼻を鳴らして、卵焼きを僕の冷えた白米の上に置いた。
まぁ食べろやぁ、そんな言葉が滲み出ている蓮のジェスチャーに推され、口の中に卵焼きを運ぶ。
卵焼きを噛み砕くと、鼻腔に爽やかな薫りが通り抜けた。
「これは…生姜?」
「正解だぜオースケ。んでさ、味は?どうだ?」
「美味しいよ、生姜入りの卵焼きがこんなに美味しいなんて初めて知った」
「だろ?俺も自分で作ってビックリだぜ」
蓮は満足げに、にんまりと笑う。
「僕も一つ……もらって良いかな?」
「モチですぜ!あいよ、ハナぁ」
蓮は、花君の弁当箱の蓋に自慢の卵焼きを置いた。
ゆっくりと、口に含む花君。
その仕草に、しばし見とれちゃう僕が居る。
「おいオースケ、ハナ見てニヤケてんじゃねぇよ」
蓮が持参したチャーハンの香りを嗅ぎながら僕に向け悪戯っぽい笑顔を向ける。
「違っ、にやけてなんてないよ」
はぁ、ダメだ!
何で花君の顔に見とれてるんだよ。
何とか、話を切り出さなきゃ。
「美味しい……蓮は良いお父さんになれるよ」
「やったぜ!花も気に入ってくれて良かったぁ。ってか、お父さんは早ぇな。まだ愛するハニーですら居ないんだぜ。でも、ハナの言葉嬉しいな」
「本当に……美味しいから……ね」
声が震えたと同時に、花君の瞳から大粒の涙から溢れ出た。
「花君どしたの?」
「二人共……ゴメン。ホントにゴメンね」
一粒、また一粒涙が零れ落ちる。
「あっ、えっとハンカチ……あっ蓮、風呂敷借りるね」
「いや、良いけどさ。何に使うん?」
僕は蓮から風呂敷を拝借して、丁寧に折り畳み、花君の目尻に当てがう。
「あぁ、なる程ね。そゆ事な」
蓮に相槌をうち、ついに切り出す事にした。
「あのさ花君、何で僕らに謝るの?」
朝の一件、あの時も謝っていた。
しかし僕自身、謝罪を受ける理由などない。
「僕が……僕が下らない事を思い付いて、出しゃばったから欧介君と蒼ちゃんが……」
蒼ちゃん。
その名前に、僕は彼女の席に目を移す。
彼女は自分の席に座って友達と楽しそうに話している。
「それって、どうゆう事かな?」
花君に視線戻し、彼にやんわりと疑問をぶつける。
「僕が…」
弱々しく消え入りそうな声で、花君は言葉を続けた。
「僕が蓮と大河君に言い争いをする様に…頼んだんだ」
言い終えると、花君の瞳からは一層涙の雫が溢れた。
「はぁ、い?」
驚きと同時に蓮に視線を投げると、目が合った瞬間、蓮はしょいっと視線を逸らした。
まるで、俺は悪くないぜ!と言ってる様に。
「えっ、あっと。どうゆう事?」
「昨日、欧介君と蒼ちゃんが電話で話したって聞いたから、キッカケを作って二人をより仲良くさせたいなって…。欧介君が蓮と大河君の仲裁に入って解決出来れば、欧介君の評価が…」
まんまと、その作戦通りの行動を取る僕ってバカなんだろうか?
いや待てよ、マズでしょ!
自己嫌悪に陥りながら、ある事に気付く。
「ち、ちょっとストップ花君」
今の花君の発言は極めてマズいですよ。
しかも声、大き過ぎでしょ!
いくら教室にクラスメートが、疎らだからって本人が結構近くに居るし、万が一今の発言が聞こえてたら!?
「あのぉ、今私を呼びませんでしたか?」
何よりも僕の耳に優先して届く、心地良い響きにビクッとして振り向くと、やはり蒼ちゃんが僕の後ろに居た。
ですよね、やっぱり聞こえてるよね。
あぁークェッションマーク浮かべてる蒼ちゃんも、可愛いですなぁ。
って見とれんな、自分。
「や、やぁ蒼ちゃん。今日は良い天気だね。ごは、御飯食べたのかな?」
関係無い話で、今の話をうやむやにしよう。
そう思い、適当な話を振った。
振ったのは良いけど、何でこんな低レベルな話題なんだろ?
「はい、食べましたよ。ちょっと食べ過ぎたかな?って思ってるぐらいです。もう梅雨入りは間近なのに、晴れて本当に良かったぁ」
優しく微笑む、蒼ちゃん。
その笑顔のまま、今回だけはさっきの話を忘れて、席に戻ってくだされ!
「あれ、森島君…泣いてるんですか?」
僕の心の叫びも虚しく、花君の涙を見つけて笑顔が一転、困惑した様な表情を浮かべる蒼ちゃん。
「蒼ちゃん……ゴメン。朝の騒動は僕のせ……」
極めてマズれす!
「うあぁ蒼っち!あーんしな」
「えぇ、あーんって……」
「今だ!かっ飛べ卵焼きぃ」
突然、蓮が勢い良く立ち上がり蒼ちゃんの口に卵焼きを放り込んだ。
「う、んんぅ。なかむらくん?」
「きょ、今日は卵焼きに生姜を入れてみたんだぜ!美味いっしょ?あぁオースケ、購買行くんだろ?缶コーヒー微糖でよろしく」
うっはぁ危機的状況に、助け舟が!?
ナイスだよ、蓮!
「わ、分かったよ。さっ購買行こうか、花君」
僕は蓮の起死回生の荒技に感謝しつつ、花君の手を掴んで素早く廊下に出る。
一頻り花君と共に歩いていると、ちょうど人影の無い階段を見つけたので、二人で腰を掛けた。ふと、ずっと彼の手を掴んでいた事に気付いて慌てて離す。
「ゴ、ゴメン、花君の手をずっと掴んでたみたいだね」
声をかけても、俯き何も言わない花君。
うーん、ここは話を変えますか。
「それにしてもさっきはビックリしたよ」
上層階に続く階段を仰ぎ見ながら、言葉を続ける。
「まさか蒼ちゃんが、近づいてくるとはね。普段も向こうから話しかけてくれたらなぁ」
無理に話変えようとして、気付けば自分の願望を話している。
何言ってんの、僕。
「全部……僕のせいだね」
やっと絞り出した、そんな悲しみを滲ませる花君の言葉が、呑気に自分へのダメ出しをする僕の耳に届いた。
「花君のせいな……」
「ねぇ……欧介君」
花君のせいなんて、思わないよ。
そう訂正しようとしたが、花君の声に遮られた。
僕の名を口にした彼の声が、震えている事が分かった。
「ん、どうしたの?」
「あの……さ」
「僕……僕ってさ、欧介君にとって必要な人間なのかな?」
「えっ?」
「僕は欧介君の側に居て……良いのかな?」
彼は、そう呟きながから笑顔を浮かべている。
いや、笑顔なんかじゃない。
無理に顔を歪めている。
そんな感じの表情。
「あぁ……まただ。また余計な事して邪魔しちゃったんだな……居ない方が良いね。僕なんて」
「花君……」
ふと視界に入った彼の両手は、血の気が引く程ギュッと握り締められている。
「居ない方が良いなんて……そんな訳ないさ」
僕は、白く血の気が引くほど握り締められている彼の手に、そっと触れた。
花君の手は、冷たい。
だけど柔らかかった。
ピクッと彼の手が震える。
「花君は……僕の高校生活で出来た初めての友だよ。居ない方が良い訳ないんだ」
そのまま、ゆっくりと花君の握り締められていた手を、開いた。
驚いた様に、僕に一瞥を投げかける花君。
「かけがえの無い友達なんだから」
僕の手に花君の涙が何粒も落ちて、弾ける。
「欧介君……友達で居ても良いの……?」
「もちろん。花君が居てくれなきゃ、学校がつまんないよ」
「居て良いんだ……良かった……ありがと」
花君の涙は、温かい。
目の前で涙を流してる花君には申し訳ないけど、涙で花君の体温を感じる事が出来て、何だかに安心した。
彼が落ち着くまで僕は、学ランの袖で花君の涙を拭っていた。
「さぁ、蓮の缶コーヒーを買いに行こうよ」
卵焼きを蒼ちゃんの口に放り込んだ、蓮の姿が浮かんだ。
実際、羨ましいですよ。
僕ですら、僕ですらした事ないのに!
誰が缶コーヒーなんか買ってやるもんか!
そう言いたいのは、やまやまだけど、助けられた事は事実だ。
缶コーヒーぐらい、奢らないとね。
あとが怖いし。
「うん……そうだね。蓮のお使いをしましょう」
涙が止まった、花君も立ち上がった。
だいぶ元の声色に戻ってきた。
やっぱり元気な花君の声じゃなきゃね。
「欧介君、何も聞かないんだね」
購買に近付いた時、花君が僕の顔を不思議そうに覗き込んできた。
くぅう……急に覗き込むなんて。
ドキドキさせないで下さいよ。
「あぁ、花君が何度も呟いてた言葉の意味の事かな?それは花君が話してくれる時に聞きたいからさ」
人には、誰だって語りたくない事があるだろうし。
触れたくない思い出も有るからね。
まぁ正直に言えば……今すぐ聞きたい。
花君が、秘めてる事を暴きたい。
明かして貰いたい。
でもここは我慢、我慢。
親しい人の心を傷つけたくはないから。
一休みさ。
「欧介君が、友達でホントに良かったぁ」
僕の手が柔らかな感触に包まれた。
「ホントにありがとう、欧介君」
とびっきりの可愛い……いや可愛いと言う言葉には形容出来ないぐらいの笑顔を向ける花君。
君は、僕に最後の一線を踏み越えさせるつもりですか?
花君は、男。
男友達。
可愛いけど男。
残念だけど……。
自分に言い聞かせながら花君と二人、頼まれてた缶コーヒーを片手に教室へと帰った。
祝 50話達成!
しかし相変わらず、連載が進まないです……。
しかし、書き続けます。
コメントやご指摘、評価等待っています。
和紙でした!
では!