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上手な修正液の使い方  作者: 和紙
49/70

四ヶ所目 21

 手を差し延べてくれている花君の目尻に浮かぶ滴が気になる。


その滴が涙だと言う事は、誰にでも解ると思う。


だけど、目の前で何粒も何粒も彼の頬を伝って流れ落ちていく理由が僕には解らない。


いったいどうしたんだ、花君は。


「泣いてるの?何で」


ストレートな疑問をそのまま彼にぶつけた。


「僕はまた…」


そう応えて花君は、また涙を流す。


その言葉の意味が理解できない。無意識に花君の後方に目を移すと、口をあんぐりと開けた蓮と、バツの悪そうな顔をした大河君が立っていた。


立ち尽くしている二人から、目の前に差し延べられている手に目線を戻す。


花君の手は、小刻に震えている。


僕は手を伸ばし、震えている彼の手を握った。


さっき感じた手の温かさは無く、冷たい。



僕は花君の力を借り痛みを堪えて、ゆっくり立ち上がる。


「はぁ何これ?意味分かんなくねぇ?」


立ち上がった瞬間、静寂に包まれていた教室に一人の声が木霊した。


声の主を見ると金持ちを鼻にかけたグループの一人、山田君だった。


いや、君を付ける相手でも無いかな。


奴の事で、気に入らない事がたくさん有るし!



声に吸い寄せられる様に、クラスメートが視線が僕等から山田に向けられていくのが分かる。


「おいおい森島ぁ、何で泣いてんの?」


バカにしたような笑いを顔面に浮かべる、山田。

その顔に嫌悪を感じる。


「はん!意味不明だよお前。何か笑える!なぁ笑えるよな?」


山田は自分の仲間に向かってヘラヘラ笑いかけた。


それに同調するように、山田の取り巻きもヘラヘラと笑い声をあげる。


静まりかえるクラスの中で、一部からハッキリ聞こえる不快な笑い声。


その耳障りな雑音が、僕の心を苛つかせる。


目の前では花君が…いつも明るい笑顔を見せてくれる花君が、肩を震わせて涙を流している。


なのに。


「何が面白いんだ!」


僕は、腹の底から沸き上がる怒りを止められず解放した。


目の前で、友達がバカにされてる事を我慢出来るほど大人じゃない。


学級委員だからって、関係ないね。


僕の上げた怒声に、山田に向いていたクラスメート達の視線が、急速に僕に注がれていくのを肌で感じた。


でも、クラスの皆の事なんて気にしていられない。


「はっ、またお前かよ、学級委員様?」


山田のせせら笑う表情が、僕の怒りを加速させる。


「人の事を茶化すの止めろよ。幼稚な事だって思わないのか?」


「黙れ!こんな時だけ出しゃばるな役立たずが。お前、学級委員だからってカッコつけるなよ。だいたいお前が学級委員だって事自体が四組の恥なんだよ」


「僕の事は何とでも言えば良い!でも花君を茶化した事は、謝れよ」


僕の言葉を聞いて、山田は高笑いをした。僕を蔑む様な、そんな笑い。


「エセ学級委員の分際で下らない正義を口にするな。お前達みたいな無能は無能同士で友情ごっこでもやってな」


「何だって!」



ついに僕は怒りが頂点に達し、抑え切れなくなった。


本気で山田を殴り倒そうと思い、拳に万力を込めて殴り掛ろうとした。


その時。


僕より先に、赤い何かが山田に向かって走った。


正体は蓮だった。飛び出した勢いのまま、蓮は山田の胸元を持って窓際の壁に叩き付けた。


上半身を強打したのか、咳と共に顔を歪める山田。


叩き付けられた山田を見て、山田の取り巻き連中が弱々しい悲鳴をあげた。


咳き込む山田や取り巻きを気にする事無く、蓮は左手で山田の胸元を拳を突き立てて絞め上げていく。


「ごっこだと、クソ野郎」


蓮は壁から山田を引き剥がして、再び壁に叩き付けた。


「友情ごっこ、だと!ざけやがって」


蓮は、怒声を張り上げ空いていた右の拳を後ろに反らした。


蓮の顔は、さっきまでの間の抜けた表情じゃなくて、入学当初に見た敵意に満ちた顔…いやそれ以上に今まで見た事もない、身震いしてしまうぐらい狂暴な表情を浮かべている。


そんな蓮の迫力に、クラス全員が怖じ気づいたのか誰一人として、声をあげない。


蓮を止めなきゃ!


僕自身、そう思う気持ちだけが先走るだけで、肝心な言葉を発する事が出来ない。

心の何処かで、山田が酷い目に合わされれば良いと思っているから余計にかもしれない。


けど、やはり止めたい。


このまま蓮が山田を殴れば、再び蓮は処分を受ける事になる。


しかも証人は、クラス全員だ。


「蓮!」


僕は無我夢中で駆け寄った。


「やめ、やめなよ」


「邪魔すんな、オースケ」


蓮は怒気を滲ませ、鋭い視線を僕に向けた。


蓮の右の拳を掴んで、竦んでしまいそうな自分に鞭を打つ。


「本当に止めてくれよ!殴ったって、また蓮の立場が悪くなるだけだよ」


「くっ離せ!俺はなぁ、目の前でダチをバカにされて、ごっことか言われて我慢できる程出来てねぇんだ」


蓮は力強く僕の手を振り切った。


ヤバイ!


僕の腕の中から、蓮の腕が解き放たれた。


数秒後に蓮の拳が、山田の顔面にねじ込まれる。




だが、僕の安易な想像は見事に裏切られた。


大河君が蓮の右腕を掴んでいたのだ。


「大河、手どけろ」


鋭い眼光を大河君に向ける蓮。


そんな眼光を浴びても、蓮を直視し言葉を発しない大河君。


「大河ァ」


パンッ!


蓮が怒声を上げた瞬間、腕を掴んでいた大河君の手が離れて、そのまま蓮の頬に叩き込まれた。


えっ!?


僕は自分の心臓がドクッと脈打った。


ビックリした。そう一言で言えば簡単だけど。

大河君が蓮を、殴った?


僕の真横に立っている蒼ちゃんは、ビックリした様な表情をして胸の前で両手をギュッと握り締めてる。


そんな彼女の仕草にときめいた。


って、今はときめいてる場合じゃないじゃん!


頬を張られた蓮は、無言で大河君に顔を向けた。


張られた反動で、蓮の腕から山田は解放されていた。


「落ち着けよ、馬鹿」


小さなため息をつき、顔をしかめる大河君。


「大河…、んだよ痛ってぇな!」


蓮は唇から血を滲ませて、不服そうに大河君を睨む。

「暑苦しい程、恥ずかしい奴だ」


大河君はやれやれといった様子で、ズボンのポケットからハンカチを取り出して蓮に手渡した。


蓮は舌打ちをして、乱暴にハンカチを受け取り、唇に当てがった。


「あ、ありがとう大河君。さすが君は野蛮なコイツらとは…」


山田は、苦しそうに喉元を摩りながら大河君に歩み寄る。


「礼は要らないから、黙っていてくれ」


山田の話を遮り、笑いかける大河君。

「い、いやこれだけは言わせて欲し…」


「黙れって言ったのが聞こえなかったのか?お前の声は耳障りなんだよ」


大河君は静かに、そして有無を言わせないような酷く冷たい一言を浴びせた。


その一言を受けた山田は、大きなショックを受けた様子でその場に崩れ落ちる。


そんな奴の姿が、ひどく滑稽だ。


正直、あんな言葉を言われたら誰だってショックを受けると思う。


そんな事を考えたら、山田が少し気の毒に思えた。


いや、今はアイツの事より花君だ。


花君は今も涙を流し、とても悲しそうな表情で佇んでいる。


「花君…」


「欧介、今は教室の中を何とかしよう。このままだと、非常に不味い」


花君に声をかけようとしたが、大河君に遮られた。


周りを見渡せば、机が乱れ、クラスメートが皆ざわめいていた。


「花ちゃ…花の事は今はそっとしておこう。学級委員、素晴らしい手腕を披露してくれ」


「えぇっ、あっ」


大河君は、僕の反応を楽しを楽しんでいする様な笑顔を浮かべると蓮の肩をパァンと叩いた。


「いつまでも無意味に立っているな。早く自分の座席に戻れよ」


「んだよ痛ってな、大河ぁ!今のと頬の分、昼飯の時に倍返しだからな、覚えとけよ」


蓮は、大河君に悪態をついて花君の元に歩き出した。


花君に歩み寄ると、彼の頭に手を置いて何度か頭を撫でた。


そして山田に一瞥を投げて、自分の席に戻った。


大河君も花君に歩み寄って、肩を優しく掴んで花君の座席へと誘導した。


山田はというと、奴の取り巻きのグループに慰められながら席へと戻っていった。


「ふぅ…良かったぁ」


隣に居る蒼ちゃんが、安心した様子で溜め息をついた。


「そうだね、ホントに良かった」


一時はどうなる事かと想像も出来なかったが、騒動は無事収束に向かっていた。


僕と蒼ちゃんはクラスメートに、各自の座席に戻るように号令をかけて、散乱している机や椅子を元通りに整えた。


その作業の間も、僕の頭の中では花君の事がグルグルと廻っていた。


彼は何故泣いたんだろう?


何か原因が有るのかな?


まぁ原因が無かったら、泣かないよね。


あぁ考えれば考える程、分からなくなっていく。


とりあえず後で聞こう。


色々な考えを巡らしていると、ふいに蒼ちゃんと視線が重なった。


突然、ドクッと心臓が鼓動を打つ。


「今日は…数学教えて貰えないですね」


小さく笑う蒼ちゃん。


「えっ、あぁ、い、いや大丈夫だよ。約束だから教えるよ」


花君の事で頭が一杯だったが、よくよく考えると蒼ちゃんとの勉強会だ。


花君の事、どうしよう…。


「良いですよ、無理しないで。森島君の事気になるよね?私の事は良いです。またテスト明けにでも教えて下さい。今回は、自分で何とかしますから」


そう言うと、蒼ちゃんは自分の席へと戻っていた。


「蒼ちゃん!」


僕の呼びかけに、彼女は振り返りニコッと笑顔を見せて自分の席についた。


僕も片付け終わり、やり切れない気持ちを抱えながら自分の席についた。


どうしよう、二人ともかなり重要な件だ。


出来れば、両方とも時間を取りたい。

でもなぁ、それは無理な話だ。


そんな思いに駆られていると、一時限目の担当教師が教室に入ってきて遅刻した理由を言い訳がましく話し出した。


むしろ遅刻してくれて、ラッキーだったよ。感謝したいぐらいさ。


僕はそんな事を思い、授業開始の号令をかけた。

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