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上手な修正液の使い方  作者: 和紙
38/70

四ヶ所目 10

 大河君に腕を捕まれて、何処かに連れられている僕。


いったい何処に向かっているのか、涙で視界がボヤけている僕には分からない。


未だに僕の頭の中には、蒼ちゃんの顔が浮かんでは消える。


我ながら未練がましい男だな。


踏ん切りが付かない自分に嫌気を感じながら力無く歩く。


突然、僕を引っ張っていた大河君が立ち止まった。


辛うじて目の前に見える視界から、生徒が下校時間まで自由に使える自習室の前に立っている事が分かる。


大河君は、無言でドアノブを捻り中に僕を連れて入った。


ボヤっと歪む視界から自習室の中は、大きなテーブルが中心に鎮座していて、テーブルに向かい合うように椅子が並べられてるのが確認出来る。


僕は立っているのが、やっとだったので目の前の椅子に崩れ落ちた。


「涙…拭けよ」


大河君はそう言って、情けなく椅子に崩れ落ちた僕の膝にハンカチを置いて窓際に歩いて行った。


僕は、申訳無いと思いつつもハンカチで涙と鼻水を拭う。


残っている涙や鼻水、そして未練を出しきる様に何度も拭いた。


その度に、ハンカチからかもし出される甘いヴァニラの香りが、鼻を優しくノックして気分が落ち着く。


僕が涙を拭き終わると、丁度花君がドアを開けて部屋に入ってきた。

花君は僕と目が合うと、笑いながら手を振った。


だけど、僕は花君から視線を外して無視する。


花君は、元気付けようとして明るい笑顔や手振っている事は分かっていた…でも、今この瞬間そんな気分じゃない。


僕が目を反らしたまま居ると、誰かが(まぁ花君しか考えられないけど)僕の対面に置かれている椅子に座った。


顔を向けると、やっぱり相変わらず笑顔をかべてた花君が座っていて、僕を見ていた。


何がそんなに面白いんだ、花君?

いつも笑って僕を見やがって。


イラつく気持ちに任せて、勢い良く窓際のを見ると大河君が僕の方に体を向け手を組んで窓の外を眺めていた。

何を考えているのか、分からない大河君の横顔を睨んでいたら、ふいにハンカチのヴァニラの香りが鼻に蘇って、苛立つ心が穏やかに引いていく。


「さてと、何が有った?」


突然大河君は、僕に問いを投げ掛けてきた。

しかし、顔は相変わらず窓の外を見続けている。


「えっ?何がって…何が?」


「昼休み、お前に何があったのかと聞いた」


僕は曖昧に言葉を濁して、上手く誤魔化そうしたけど大河はそんな僕の逃げ道を潰す様にハッキリと言い、そして僕の方をゆっくりと向いた。


「あぁそれは、僕が代わりに言お…」


「花、少し黙っていてくれ」


退路を断たれ固まっている僕をフォローしようと、花君が差し延べてくれた救いの手も大河君の一言によって彼方に消える。


今の僕は袋小路に追い込まれた泥棒猫状態!

つまり、今ものすっごいピンチです!


「俺は、お前の…欧介の口から聞きたい」


た、大河君、そんな真剣な顔で僕を見ないで。


大河君が、真っ直ぐ僕の顔に穴が空くぐらい直視してるから、胸が緊張でギュンと収縮する。


大河君を意識してるとかそうゆう意味ではありません。「そうだよね…やっぱり、僕もちゃんと欧介君の口から聞きたいよ」


花君…君もか!



もう僕には、袋小路から逆走する力も、目の前にそびえ立つ壁をよじ登り飛び越えて逃げる力も残っていない。


正直二人に、僕の話を聞いてもらいたくは無い。


自分が失恋した話なんて、誰が好んで話すもんか。


でも、二人は友達だ。

僕と関わってくれる人間。


大事な友達。


破れなかった殻を破っても良いかな。


いや、破らなきゃ蒼ちゃんを忘れられない。


「僕は、昼休み蒼ちゃんと図書館に居たんだ」


僕の口は、ごく自然に口走っていた。


今まで隠していた事が嘘の様に、ごく自然に。


「それで話が好きな人の話になって、っというか蒼ちゃんに居る?って聞かれて」


花君は、緊張している様な顔で僕を見てる。

大河君は、相変わらず真っ直ぐ僕を見つめていた。


「僕は好きな人が居るから、居るって答えたんだ」


窓から入ってくる、春から夏に変わりゆく風の薫りを感じ、僕は続ける。


「僕は、蒼ちゃんに好きな人が居るか気になったから…居るか聞いて」


あの時の出来事が、鮮明に浮かんでくる。


私は、好きになりかけてる人が居ます。


そう言って少しだけ照れた様に笑う、蒼ちゃん。


蒼ちゃんだけが知っている誰か。

僕の知らない誰か。


「蒼ちゃんは、居るって答えて」


また、僕の中に抑え切れないモノが込み上がってくる。


「欧介君、使ってよ」

その事を察したのか、花君はハンカチを僕に差し出してくれた。


花君の優しい心遣いに心が安らいで、込み上がっていたモノが消えていった。


ついでに、今度からは僕もハンカチを忘れない様にしよう、そう心に深く誓った。


「欧介、一つ聞いても良いか?」


「う、うん」


話を終え、花君のハンカチで目頭を軽く拭いていると大河君が口を開いた。


「お前は、楠木が好きなのか?」


「えぇっと」


自分で決心して話したとは言っても、いざ面と向かって聞かれると固まってしまうし、言葉も濁してしまう。


僕はそんな情けないヤツです。


蒼ちゃんを好きになってただけでも、おこがましい。


「質問の仕方を間違えたな。欧介は、今でも楠木が好きなのか?」


そう質問した、大河君の目には、さっきより力が込められている。


「た、大河君?いった…」


「素直に答えてくれ」


「僕は…」


その時、風の入ってくる音と僕達の話す声をかき消す、もの凄く大きな音を響かせて自習室の扉が開いた。


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