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上手な修正液の使い方  作者: 和紙
37/70

四ヶ所目 9

人間、緊張の極地に達した状態で物事が迫ると緊張感が和らぐのは本当らしい。


蒼ちゃんに好きな人が居ても、居なくても新しい一歩を踏み出せる。

今は、そんな心に根拠の無い自信が浮かんでいた。


「私には…」


そんな僕に蒼ちゃんは静かに、ゆっくりと呟いた。



前言撤回!


ダ、ダメだ。


カッコ良く自分の心情を表そうとしたけど無理だ。

緊張し過ぎて、心臓が上下に揺れてる気がする。

そもそも、自分自身が一歩先に進めるなんて自覚出来るわけ無いでしょ。


いつから変な自信持っちゃうヤツになったんだ僕。


それに待てよ。

よく考えてみれば、僕に恋愛の話をするって事自体、僕の事を友達もしくは学級委員としてしか見てないって王道パターンじゃん。


そうだ、その通りだよ。

蒼ちゃんから見たら、僕なんて学級委員で知り合いの男友達Aだ。いやイニシャルで言ったらO君かな?

それともS君だったり?

いや、この際イニシャルなんて何でも良いだろ。


蒼ちゃんの中の僕は、友達止まりなんだから!


恋の終わり、と言えば聞こえは良いが僕は最初から恋の舞台にすら上がれてなかったんだ。


いや所詮こんなもんさ、恋なんて。


世の中には、叶わない恋の方が多いんだ。


それ以上に恋として成立しない思いが多い。


そうだ、いったい何人の男子学生が恋にすら成らない気持ち抱えて消えていくんだろう。僕もその内の一人ってだけじゃん。


そう、ただそれだけ。

だから、緊張する事なんて無いさ。


蒼ちゃんの口から出る言葉を聞いて、辛くなってもいつかは忘れられる。


だから最後まで聞けば良いさ。


コホン。


まるで僕が覚悟を決めたのを見計らった様に、蒼ちゃんは目を閉じて咳払いした。


そんな蒼ちゃんの仕草が、僕の心をチクッ刺す。


「私も好きな人が居ますよ」


一瞬、ドクンっと心臓が強く鼓動したがすぐに落ち着いた。


やっぱりなぁ、居るに決まってたかぁ。

蒼ちゃんの確定申告に一瞬心がウズいたが、その一瞬の後は僕の心は穏やかな方だった。


「あはは、やっぱりなぁ。居るって思ってたからさ」


「えっ?そうなんですかぁ…恥ずかしいです」


照れた様に唇を動かす蒼ちゃんの表情が可愛く、そして寂しく思える。


「それで、どんな人かな?蒼ちゃんの好きな人って」止めれば良いのに、僕の口は独りで動いていた。


「えっ…えっと」


蒼ちゃんは、穏やかな微笑みを浮かべ僕から目を反らし机の上に置いた、蒼ちゃんの筆箱をトントンと軽く叩いた。

「実は好きな人って言ったのは、最近好きになりかけてる人が居るって意味なんです」


恋そのモノに幸せを感じている、そんな蒼ちゃんの笑顔が僕に向けられた。

その幸せそうな笑顔が、僕の知らない所で蒼ちゃんに恋心を植え付けた男だけに向けられると思うと、僕の中に熱い何かが込み上がって来るのを感じた。


「ア、アハハ、蒼ちゃんゴメンよ。何か急に腹痛が…先に戻るよ」

「えぇ、あのお、欧介君!どう…」


僕は、込み上がるモノを抑えきれなくなる前に蒼ちゃんの前から消えたくて、自分の手荷物や本を乱暴に掴んで駆け出した。

蒼ちゃんが僕を止める様に声をかけたのが聞こえたケド、止まるつもりは無い。




図書室から飛び出すと、込み上がっていたモノが抑えきれなくなり手荷物を握り締めたまま笑った。


図書館から出る時に楽しい物を見た訳でも、おかしな話を聞いてしまった訳でも無い。


ただ、笑いが込み上がって止まらなかった。


通行する学生が、変なモノ見るように早足で僕の真横を何人も通り過ぎて行ったが、全く気にならなかった。

一頻り笑うと教室に向かって歩いた。


一人、軽快な足取りで。


ふと、知っている気配を感じ前を見ると数メートル先に花君が僕の方を見て立っていた。


「お疲れ様、花君」


僕は、花君に向かって元気一杯に手を振った。


花君は、いつもと変わらない笑顔を僕に見せてくれた。


「ちょっと聞いてよ。図書館に居たら、いきなり蒼…いや、楠木さんがさ…」


僕は、図書館での楠木さんとの話を花君に笑いながら話した。


何だか話していると、また笑い込み上がって止まらなくなった。


花君は、話ながら笑う僕に優しい笑顔を見せながら自分のズボンのポケットに手を入れた。


「まさかあお、楠木さんからそんな話を…」


僕は頬に柔らかい感触を感じた。


「欧介君は蒼ちゃんが大好きなんだね。良いんだよ、そうゆう気持ちは素直に出しても」

花君は、僕の頬と両目の下を、ハンカチで優しく拭き取ってくれた。


そんな花君の行動で、僕は初めて涙を流してる事に気が付いた。


「は…な君、何で知っ…」


「僕達、友達じゃん。だから分かるんだぁ」


ハンカチの柔らかな感触と花君の言葉が合いなって優しく響き、小さい頃に母さんが歌ってくれた子守唄の様な、そんな暖かな響きが僕の心に染みていった。


「ぐぅう…花君、ゴメン…僕は」


「やっぱり欧介君は、僕の思った通りの人だよ」


「僕は…どうしよう…いヤツですが」我ながら、今の自分の言葉は的を得ていると思った。


花君は、僕をかい被っているだけだよ。


僕の本当の姿は、自分では何も出来ない卑怯者。


花君は僕をどんなヤツだと思ってるんだい?


そう花君言いたかったが、口から出るのは情けない泣き声ばかりだ。


「欧介、とりあえず今は落ち着く事を考えろ」


いつの間にか僕の隣に大河君が立っていた。

頭で何も考えられなくて、大河君が近付いてきていた事すら分からなかった。


「た、いが君?いつの間に」


「ほら良いから、いくぞ」


そう言うと、有無を言わさず大河君は僕の腕を引っ張って何処かに向かって歩き出した。


もう僕の目に写る世界の全てが涙で不思議な感じに滲んで、何処に向かっているのか検討もつかなかった。


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