四ヶ所目 8
何で蒼ちゃんが、真後ろに立っているのか分からずに僕は、蒼ちゃんの顔を見続けた。
「お、欧介君…そんなにじっと見ないで…恥ずかしぃです」
「ご、ごめん」
蒼ちゃんは、照れた様に持っている本を胸に抱き寄せた。
そんな仕草に僕は照れて、蒼ちゃんに抱き寄せられている本になりたいと思った。
本になる事が出来れば、こんな感情で悩む事も無く、蒼ちゃんと一緒に居る事が出来る。それに蒼ちゃんの柔らかそうな物体が顔面にギュウッと…堪りませんなぁ。
そんな実現不可能な妄想を廻らしていると、蒼ちゃんが僕の方に更に歩み寄った。
「ここの席って空いてますか?」
「うえっ、うん。空いてるよ」
薔薇色の妄想に囚われていた僕は、歩み寄る蒼ちゃんにドキリとしてしまった。
「良かったぁ」
そう言うと、蒼ちゃんは僕の対面の席に静かに腰を下ろした。対面に座った蒼ちゃんは、僕がなりたいと熱望した本と筆記用具をテーブルの上に置いた。
蒼ちゃんの細くて綺麗な指を見ていたら、顔を撫でられた感触を思い出して、ドキッと胸の中の何かが跳ね上がった。
「ビックリしましたよ。私が欧介君の姿を見つけて声を掛けようとしたら、いきなり名前を呼ばれたから」
蒼ちゃんは、小さく笑った。
そんな蒼ちゃんの笑みに僕は、力無い笑顔を返すしか無かった。「もしかして、私が居る事気付いてました?」
「うん、まぁ…ねぇ」
僕は曖昧に言葉を濁して、さっきから自分で開きっぱなしだった本のページを意味も無く捲った。
「あぁ欧介君、名言集を読んでたんだね」
蒼ちゃんに言われて、初めて手で捲っている本が何なのかを知った。
「う、うん。先生に出す報告書に使える名言は無いかと思って」
ゴメン、蒼ちゃん。
また嘘ついてます、僕。
「それ、すごく面白いアイディアだと思います。私も欧介君の真似しようかなぁ」
嘘をついてる僕に見せた蒼ちゃんの笑顔と言葉に、僕の心は胸の中で溶ろけた。
嘘ついたって、この笑顔が見れるなら…また嘘を重ねちゃうよ。
僕は、そんな事を思いながら溶ろけてニヤケそうな頬に必死に力を入れて笑顔を作った。
「蒼ちゃんは、何してたの?」
「私はテスト勉強の為に参考書を探してました。けど…」
そう言うと、微笑みながら騒がしい例の三人組の方を向いた。
「でも、あの男の子達の会話が耳に入って、つい聞くのに夢中になっちゃいました」
僕も、蒼ちゃんの視線の先を追うと三人組は、いつの間にかブツブツと小声で話し合っていた。
残念ながら、耳をそば立てても内容は解らなかった。
蒼ちゃんは、三人組を見て優しく笑うと再び僕の方を見た。
「羨ましいなぁ。男の子達が」
「う、羨ましい?何が羨ましいの?」
僕は、正直驚いた。
男が羨ましいだなんて、蒼ちゃんから言われるなんて思わなかったからだ。
「だって、男の子は思ってる事や言いたい事を友達と言い合える事が出来るんですよ。それに…」
驚いている僕に微笑みながら、でも少し寂しそうな目をしながら蒼ちゃんは言った。
「あんな風に告白する時も友達同士で協力し合えますから」
《素直に》や《協力し合える》等の、蒼ちゃんの言葉がチクチクと僕に刺さった。
「そんな事無いよ。男だって皆が皆、素直に言えるヤツとは限らないし。それに女の子の方が友達の絆が強そうだし」
何故か、今の言葉を言った自分に対して嫌気が差した。
「仲良い時は、深い絆が有るかもしれません。でも…」
蒼ちゃんは今も笑顔だけど、さっきからどこか寂し気な感じがした。
「あっ、でもじゃなくて…それに告白の時でも、自分の気持ちを隠して足引っ張り合う事も有るんですよ」
いつの間にか、蒼ちゃんの笑顔が元通りに戻っていた。
僕には、蒼ちゃんが今違う事を言いかけた気がしたケド、勘違いかな。
疑問が頭をかすめたが、深く聞こうとは思わなかった。
「そうなんだ…女の子は複雑なんだね」
蒼ちゃんも、悩みが有るんだな。
僕が君の悩みを貰ってあげるよベイベ!
さぁ、目を閉じて体を俺に預けて!
なんて、カッコいいセリフが言えたらな。でも男なのに、こんな事で悩んでるヤツに悩みを貰うよ、なんて言う資格なんて無いか。
って、また卑屈な事を考えてるよ、僕。
あぁー蒼ちゃんの羨ましがる《男の子》ってヤツになりたいなぁ!
蒼ちゃんの体も預かってみたいし。
「ゴ、ゴメンなさい。いきなり暗い話して…」
心の中で妄想しながら叫んでいる僕に、蒼ちゃんは申し訳無さそうに言った。
「いや良いよ」
「ありがとぅ。あっ、欧介君は告白したい人とか居ないんですか?前から聞きたかったんです」
「ほひぃ?」
いきなりのストレートな質問に反応し切れず、気付いたら意味不明な言葉を返してしまった。
そんな僕の反応を見かねたのか、蒼ちゃんは僕の目を真っ直ぐ見た。
「欧介君は、告白したい人とか居ないんですか?」
「ぼ、ぼきに告白?」
誰だ、ぼきって?
トチっている僕の目を何も言わずに、真っ直ぐ見続ける蒼ちゃん。
僕は、この表情と目に弱い。
この吸い込まれそうな目に見つめられると、何でも言っちゃいそうで。
「僕は、居るよ」
ほら、やっぱり言ってしまった。
しかも、好きな人の目の前で。
「欧介君、好きな人が居るんだねぇ」
「ま、まぁね。蒼ちゃんいな、居ないの?」
「えっ、私?」
「うん…」
っておい、何聞いてんだよ…自分。
もし、蒼ちゃんに好きな人が居たらショック受けるだけなのに!
「欧介君が素直に言ってくれたから、私も言いますね」
蒼ちゃんは、僕の目を真っ直ぐ見て笑った。
「私は…」
好きな人が居るのか?
居ないのか?
どっちにしたって、僕は蒼ちゃんの答えを聞いたら、少しだけ前に進める。
何故かショックを受ける不安以上に、そんな根拠の無い自信を心のどこかで感じていた。