シェイクシェイク 4
中村君の家に入ると魚の生臭い匂いが鼻をついた。
「さぁさ上がってくれ」
中村君は入って直ぐの場所に鎮座している台所にしゃもじを投げ捨てて、僕達をリビングらしき部屋に案内した。
リビングが生活の拠点になっているらしく雑誌やゲーム等の娯楽品から、生活する為に必要な諸々の品があちらこちらに置かれていた。
「まぁ〜狭い所だけど寛いでてくれや」
そう言うと、中村君は先程通ってきた台所に引っ込んでいった。
とりあえず僕達はテーブルの周りに座った。
「中村君の家ってこんな風だったんだ〜」
花君が部屋をキョロキョロと見回しながら言う。
「まぁ、散らかってはいるが快適そうな家だな」
大河君は、カバンをテーブルに置いて雑誌を手に取ってパラパラと捲った。
僕は目の前で二人が、ごく自然に寛いでいる姿を見て少し驚いた。何故、中村君の両親の話題が出ないのか不思議だ。
もしかして気にしてる僕が異常なのか?
僕は立ち上がって台所に向かう。
立ち上がった瞬間、花君が何か言ってきたが気にも留めなかった。
リビングから出てすぐの台所では、中村君がまな板に向かいブツブツと呟きながら何かを切っていた。
「鮪は浸けといてユッケ風にした方が良かったか?でも、自家製のアレが無いしな…」
「中村君!!」
「うわぁ!!」
スカンと包丁がまな板に叩き付けられた音が響き渡る。
中村君は背後から近づく僕の存在に全く気づいていなかったらしく、かなり驚いていた。
「真田!!何だよビビんだろ!!」
中村君は怒りの言葉と共に包丁を振り上げてブンブンと振り、僕に怒りを投げつけてきた。
僕は少しビビったが気を取り直した。
「中村君の御両親は?」
「はぁ?」
僕の問いかけに対して中村君は目を点にした様な表情を浮かべた。
「中村君の御両親が居ないのに家に上がって良いの?」
僕の言葉の意味がやっと理解出来たらしく中村君が目を伏し目がちにする。
「俺の両親は…」
中村君が自分の胸を軽く、しかし優しく叩いた。
「ココにいて…いつも俺を見守ってるんだ…」
その言葉を聞いた瞬間僕は、自分のデリカシーの無さに恥ずかしさを覚えた。
(そうだったんだ…だから二人は…。花君と大河君は知ってたから両親の事について何も言わ無かったんだ…僕は何てバカな事聞いちゃったんだ…)
僕の目が少し潤んでくるが分かった。
「真田…俺の家族の為に泣いてくれるのか…」
「ゴメン…僕は…」
「良いんだ…良いんだ真田…。さぁ、部屋に戻って待ってくれ」
僕は、中村君に優しく台所から押し出された。
直後、床をバンバン殴りつける音に混じって微かに笑い声が聞こえた。
部屋に戻ると花君と大河君が雑誌を見ながら何かについて話していた。
「高校生初の連休ですね!!どうします?」
「俺は読書で過ごす予定なんだ」
「えぇ〜読書?僕は服買いたんだ。だからさ〜遊ぼうよ〜大河君!!ねっ」
「俺と…考えておくよ」
僕は、二人の間に座って連休の予定を聞きながら、さっき二人の神経を疑った事を心の中で謝っておいた。
数分後、中村君が桶を持ってドタドタ音をさせてリビングに入ってきた。
「お待た!!飢えた野獣ども」
そう言うとテーブルに桶をドカッと置いた。
桶の中にはギッシリと寿司が詰まっていて食欲をそそらせる光沢を放ちながら堂々と並んでいた。
「スゴいね!!お寿司じゃん」
花君は手をワナワナと動かしながら喜んでいる。
「これって…中村君が握ったの?」
僕が聞くと中村君は照れた様な表情を浮かべた。
「いや…まぁそうだけど…良いじゃないか」
「見た目は良いが果たして味はどうか…」
リビングに和やかムードが漂う中、大河君が不吉な事を言い出した。
(大河君…いきなり何言いだすんだよ…)
しかし、中村君は不敵に笑っていた。
「へっ!!大河よ…お前の口も閉じる時が来たようだ!!」
そう言いながら中村君は天井を指差した。
(それって、ケンシ〇ウのパクリですよね…)
僕達は、さっそく中村君の握った寿司を頂く事にした。
まさか中村君が寿司を握れるなんて夢にも思わなかった。
寿司は、口に運ぶ度に止まらなくなる美味しさだった。
寿司の中にカフェインでも入ってるのかと思ったぐらい僕は夢中で頬張った。
花君も同じように頬を膨らましていた。
「不味くは無いな」
無表情で大河君は呟いた。
しかし、僕には大河君は出来るだけしかめっ面を保とうと努力している様に見えた。
「今日は、中村君の家に呼ばれて本当に良かったよ」
僕は、言葉通り心の底からそう思っていた。
「最高だね!!」
花君もいつも以上の満面の笑みを浮かべた。
「いや…今日呼んだ理由は寿司を食わせる為じゃ無いんだ…」
「えっ…」
今の今までのフランクな口調から、うって変わって中村君の真面目な口調に一瞬ドキリとして舌を噛んでしまった。
僕が舌に痛みを感じた瞬間、ガタン!!という音と共に中村君がリビングの床で土下座をした。
「何…してんの?」
中村君の姿を見て花君が手に持っていた海老をポロッと落とした。
「今日呼んだ…本当の理由はお前らにカツアゲ問題の事を謝る為に呼んだんだ」
そう言うと更に頭を床に向かい深々と下げる。
「謝らなくって良…」
「ダメだ!!謝らずに、このまま何も無かった事になんか出来ねぇよ!!俺のせいでお前達に迷惑懸けたんだぞ…」
中村君は、強い口調で僕の言葉を遮った。
「特に真田…お前には入院までさせちまった…。本当にすまない!!ケジメとして、お前に怪我させたヤツは必ず俺が…」
「何も…無かった事にすれば良いじゃん…」
自分の耳からでも部屋に静まりかえるリビングに僕の口から出た言葉の呟きが小さく、しかし力強く響いたのが分かった。
「なに?」
中村君は、驚いた様な表情を浮かべて僕の顔を見る。
「僕は…何も無かった事にして、一緒に笑い合っていたいんだよ!!公園でも言ったけど僕が君を助けたのは友達だと思ってるからだ!!それなのに…責任持って何するんだよ?報復とか?中村君が報復する事自体が、僕から見たら偽善そのモノなんだよ」
言い終えた後、僕の顔を見ている中村君の右目から一粒の涙が頬を伝ってゆっくりと流れた。
そして土下座を崩し、あぐらをかいて、うつ向いた。
《偽善》という単語にあれだけ嫌悪感を露にしていた彼自身に、その言葉を浴びせた事に少し後悔を覚えたが訂正しようとは思わなかった。
目の前の寿司達は、作り主の気持ちと同様に輝きを無くして寂しそうに佇んでいる。
花君は、神妙そうな顔をしながらも口をモゴモゴさせながら寿司を頬張っていて、大河君は雑誌に目を向けていたがページが捲られる事は無く同じページを見続けている様だった。
リビングの中には静寂と言うより、沈黙に包まれていた。
「偽善か…思えば、俺はこの言葉に全部擦り付けて色んな事から逃げていたのかもな…」
頬に一滴の涙を残して中村君が言葉で沈黙を払拭した。
「中村君…あのさ聞いても良いかな?」
「何だ?」
「何で偽善っていう言葉にこだわるの?」
「真田、俺から話そう」
今まで雑誌に目を落としていた大河君が、雑誌を閉じて僕を見た。
「いや…大河、俺から言うわ」
中村君は、軽く目を閉じて何かを思い返してる様な表情を浮かべた。
今までの中村君の言動の謎や大河君との関係が一点に結ばれる時が来たんだ。
僕は、不思議とそんな事を感じた。