シェイクシェイク 3
僕と花君は、バスに乗って泉区一丁目を目指す。
僕の隣で楽しそうに笑う花君を見ながら小さな溜め息をついた。
(蒼ちゃん…何で急に帰ったんだろ…僕がニヤけたから?)
色々な考えが浮かぶ度に心が揺れて、溜め息の数も増えている様に感じる。
僕がバスの座席で一人考え込んでいると花君が心配した様子で話しかけてきた。
「欧介君?さっきから溜め息をばっかりだよ〜どうしたの?」
「あ…うん、蒼ちゃんが機嫌悪くした理由を考えてたんだ」
僕は、痒くもない頭をポリポリ掻きながら話した。
「気にし過ぎだよ。楠木さんなら明日には絶対機嫌直ってるって。大丈夫だよ!!」
花君は、僕を慰めようとしたのかポンッと肩を優しく叩きながら言った。
「そうかな…」
そう呟いたら急に蒼ちゃんの笑顔が頭に浮かんだ。
いつも僕に見せてくれる笑顔が、僕の手から広大な空に向かって離れていった風船の様に感じられて寂しい。
しかしこれ以上悩んだら頭が完全にフリーズすると感じ、明日にはいつも通りの関係だ!そう自分に言い聞かせ考えるのを止めた。
バスの心地好い振動を受けて僕は目を閉じウトウトとして、夢と現世を行き来していたがバスの運転手が渋い声で泉区一丁目を告げたのを聞いて覚醒した。
運良く母さんに連絡していなかった事に気づき《遅くなるから》とメールを打っていると、横に座っている花君が鼻唄混じりに楽しげな様子で停車ボタンを押した。
バスが完全に停車して降り口から出ると大河君が足を組みながら待合ベンチに座って本を読んでいた。
「えっ大河君?」
僕は大河君が予想外の場所に居たので驚いた。
「学校ぶり!!大河君早いね〜」
驚いて立ちつくす僕の後ろから花君が走って大河君に駆け寄っていく。
「数十分前に現地到着するのが社会の基本条件だろ。まぁ、今回は集合場所も時間も決めて無かったが」
大河君は軽く微笑を浮かべながら読んでいた本を閉じた。
「男の条件かぁ〜。デートの時には必須ですねぇ〜」
花君は、腕を組んで何度も頷いた。
「そうだな…」
大河君が腕時計に目を向けて呟いた。
「そろそろ時間だ。マンションの場所は俺が知ってるから付いてきてくれ」
大河君は片手に持っている高そうな雰囲気の黒い革製の鞄に本をしまい歩き出した。
「出発〜」
花君は嬉しそうに言って大河君の隣で歩いていく。
学校で見る白のシャツ姿とは違う私服姿の大河君は、今から何処かのパーティーに出席してもおかしくない様な格好をしている。
淡い青色のネクタイを緩めに締めて白と黒のストライプのシャツを黒のタイトなパンツの中に入れている。
そしてさりげなくシャツの袖口にはブランド物のカフスが付いていてGUCCIのバックルと共に電灯の光を受けキラキラ輝いている。
家柄の良さを感じさせ普段から知的な印象の大河君を更に知的に見せていた。
僕は、大河君の隣で歩く事に引け目を感じて数歩後ろに下がって歩いた。
(あーあ…僕も大河君ぐらいカッコ良かったらなぁ…そしたらモテモテで…)
神様を恨めしく思い、顔も修正出来ないかな等と考えながら、トボトボと二人の後ろを歩いていると大河君が振り返って僕を見た。
「真田どうかしたか?歩くの遅いぞ」
大河君は、少し心配そうな顔をして僕を見る。
「いや元気…」
「欧介君は楠木さんの事を気にしてるんだよ」
僕が大河君に笑いかけた時、突然花君が僕の言葉を割った。
直後、僕達は無言でその場に立ち尽くした。
横の車道では帰宅の途につく運転手達が制限速度を超えたスピードで駆け抜けていく音が聞こえる。
「楠木の事?」
大河君はキョトンとした様な表情を浮かべて呟く。
「そうなんだー欧介君は…」
「違う違うよ!!花君違うよ!!」
僕は、駆け寄って花君の控え目な口をしっかりと手で押さえた。
これ以上自分の失態が広まるのを恐れたのもあるけど…何より蒼ちゃんに気があるとバレる事がとても恥ずかしい。
「さ…なだ?」
そんな僕達を見ながら大河君が言葉を濁す。
手で閉じられた口でフガフガと花君が僕に向かって何か言ってるが無視して、大河君に気にしないでと苦笑しながら伝えた。
「分かった。では、先に進もうか」
大河君は、軽く笑いながら言って、また歩き出した。
「何するの!!」
花君は、恨めしげな表情を浮かべて僕を睨む。
その表情が、昨日DVDで見たアニメの幼馴染み役の女の子のすねた表情と重なってドキドキする。
「きょ、今日の帰りの出来事は僕達だけで留めて欲しいんだ…」
僕は、ドキドキ感と顔がニヤケそうなのを必死に隠しながら花君に伝えた。
「えっ…うん。良いけど…」
「ありがとう。じゃ出発!!」
僕の脳裏には女の子のすねた顔がこびり付いていて、顔がニヤけるのを堪え切れそうに無かったので早足で花君の元から離れた。
「ちょっと…待ってよ!!」
花君の少し怒った様な声が後ろから聞こえたが僕は振り返らず、というか振り返れずにニヤケながら早足で歩いた。
大河君に導かれるまま十数分歩き、建物に着いた。
「着いたぞ。この建物が中村の住むマンションらしいが…」
目の前のマンションは3階建てで一階部分はバーが入っていた。
店の屋根から連れ下げれたネオン灯が妖しく光っていて店のドアに文字が彫られている事を際立たせている。
ドアには大きく《METLO》と彫られていた。
「ここだよね…?」
「その筈…」
マンションの前には《メゾン・泉 平成15年施工》と彫られた石碑が立っている。
「でも、マンションの名前が違うような気が…此所ってメトロっていう店だよね?」
僕と大河君が場所を確認しようと携帯を取り出した時、マンションに向かって花君が歩き出した。
「ど、どこ行くの?」
「入って聞いてみれば良いんだよ〜」
花君はニンマリ笑って答え足を早めた。
「確に…そうだな」
大河君は納得した様に呟いて歩き出した。
僕は、はっきり言ってあんな怪しい店に入りたくなかったが二人の後を渋々ついて行った。
「こんばんは〜」
花君が、何の躊躇も無くドアを開けたのを見て僕はヘラヘラと笑い、そしてため息を漏らした。
店に入ると、色々な臭いのアロマが混ざりあった臭いがしたが特に嫌な感じでは無かった。
カウンターで頬杖をついて煙草を吹かしているパンク系の男性が僕達に一瞥を投げ掛けたが、すぐ店内の方に目線を戻した。
「すいませ…」
「まだcloseだよ!!帰んなぁ」
花君の問掛けを遮り面倒臭そうに答えた。
「いや…店に用は無いんです。此処のマンションってメトロ呼ばれてますか?」
大河君が神々しいまでに爽やかな笑顔で聞いた。
「メトロはウチの店だよ…今アンタが立ってるね。上はメゾン泉だ…」
男性はコップをキュッキュッと拭きながら相変わらずの調子で答えた。
「そうですか…では上のマンションに学生が住んでるか分かります?」
大河君も相変わらず爽やかに聞いた。
「あぁ…住んでるよ」
「赤色の髪の毛ですか?」
「そうだよ」
「そうですか…ありがとうございました」
大河君は、軽く頭を下げて店の出口に向かった。
僕も店から出ようとした時、男性に呼び止められた。
「コッチの方が上への階段に近いよ。裏口から出な」
そう言うと男性は僕達を手招きした。
男性に導かれるまま裏口へと向かった。
裏口までの道はシートが掛けられた物が散乱していてとても歩きにくかった。
裏口から出して貰った僕達は男性に改めて礼を言った。
「礼なんて良いよ!!それより蓮にヨロシク」
そう言うと男性はドアを閉めた。
ドアには大きくTwinと彫られていた。
「親切な人だったね〜見た目は怖いけど」
「そうだね」
(twin?いったい店の名前は何個あるんだろ?)
そんな事を考えながら僕は、花君のとびっきりの笑顔に照らされていた。
上の階への階段の手前に住民専用のポストがあった。
中村君は、301号室の住人らしい。
「中村君ってさっきの男の人とも知り合いなんだねぇ〜。顔が広いな〜」
階段を上る途中、花君が感心した様に言う。
「中村君は、人に好かれやすい性格なんだろうね」
僕は、最後に多分と付け加えようかと思ったが止めておいた。
「らしいな」
そう大河君はぶっきらぼうに言葉を挟んだ。
その言葉の雰囲気から僕の頭に、大河君と中村君が喧嘩しないかという重苦しい心配が戻ってきた。
(かっ、帰りたい…)
そう思ったのも束の間、僕の目の前には301号室のドアがドッカリと佇んでいる。
僕は覚悟を決めてインターホンを押した。
住人を呼び出す特有の音が聞こえた後で、インターホンから声が漏れてきた。
「取り込み中だから新聞とかセールスなら帰ってくれ!!あと、宗教なら遠慮するしピザは頼んでないぜ。もしユズなら今日は説教聞けねぇ!!大事な先約があるからな」
「僕だ…」
「帰っても良いんだぞ」
僕の言葉を遮って大河君が呆れた様子でインターホンに向かい呟いた。
「この声は…大河!!」
そう言うと中村君の声はインターホンから聞こえなくなったが代わりに家の中がドタドタと騒がしく足音が近付いてきた。
足音は、目の前のドアの中で止まった。
しかし、次の瞬間ドアがおもッいきり開いた。
僕達の間にプァーとドアが開いた拍子に軋む情けない音が響きわたった。
「てめぇら遅刻かよ!!せっかく誘ってやったのに!!」
中村君は、手に持っているしゃもじをブンブンと縦に振って憤慨している。
僕の顔に米粒が飛んでくるのが分かった。
「お前の説明不足のせいで迷ったんだよ。遅刻の原因はお前が作り出したんだ。俺達に責任は無い。それに俺は…帰っても良い」
最悪の展開に僕はガックリした。
(やっぱりか…やっぱ予想通りか…何で大河君と中村君ってこうなんだよ…)
僕は、少し怒りを覚えた。
そんな僕をよそに、大河君の腕を中村君が掴んでいた。
「なんだ…この手は?」
大河君の表情が一気に冷たい表情になっていった。
しかし、目の前では僕の予想とは違う光景が広がっていく。
「待てよ大河!!帰んな」
その声のトーンからは落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「何?」
「帰んな!!頼む」
「あぁ分かった…」
そんな中村君の様子に大河君も驚いている様だった。
「真田も森島も上がってくれるんだよな?」
「うん!!もちろん」
花君は持っていたカバンを元気に揺らした。
「その為に中村君の家に来たんだよ!!帰るわけないよ」
僕は、さっきまで感じていた怒りを忘れて中村君に笑いかけた。
「よっしゃ!!じゃあ入ってくれ!!」
そう言うと中村君は、僕達を家の中へ招き入れた。
更新が遅れた事をお詫びします。
もう一つ、久しぶりに更新出来ると思い勢いのままに執筆していましたら思わぬボリュームになってしまい、まだ新しい章や誤字脱字修正に取り掛かれません。
前回や前々回の後書きの発言を撤回させて頂きます。
すいません。
感想や御指摘をお待ちしています。