シェイクシェイク 2
「じゃ、行ってきま〜す!!」
元気良くドアを開けて外の空気を吸う。
今朝の外の空気は、何だか良い匂いがした。
週が明けた月曜日、やっと僕は学校に行く事が出来る。
まだ顔の傷跡やガーゼが付いているが大分痛みも退いてきた。
(何か…一週間振りの学校ってドキドキするな)
そんな事を思いながらバス停に向かった。
バス停で立っていると誰かが僕の肩を叩いた。
振り向くと意外な人が立っていた。
山下君が、モジモジした様子で僕を見ている。
「久しぶり!!元気?」
僕は、少し傷が残る顔で出来る精一杯の笑顔を作った。
すると、僕の顔で表された笑顔が余程恐ろしかったのか山下君が怯えたような顔をした。
「許して!!」
「えっ…許してるよ…」
「嘘だ…だったら何でそんな恐ろしい顔するの?」
「あの…僕は今笑ってるんだけど…」
「うっ、嘘だ!!」
山下君が叫んだ時、バスが来るのが見えた。
「あ…バスだ。じゃあね山下君!!時計大事にしてね…今度は渡しちゃダメだよ」
僕は、小さな笑顔を浮かべる。
プスゥーという空気が抜ける音がして、バスがバス停に着いた。
「あの…ありがとう!!本当にありがとう!!でも…色々とゴメン」
「だから、気にしてないって!!」
僕は、山下君に手を振ってバスに乗り込んだ。
やがてプゥーという音と共にドア閉めてバスは発車した。
山下君の姿が次第に小さくなっていき、やがて消えた。
僕は、バスの座席に座りながら山下君のこれからに幸が有る事を祈った。
学校に着き四組に向かう。
しかし、階段を上がる度に心拍数が10上昇する気がする。
(何で…一週間振りの学校ってこんな緊張するんだろ…)
僕は、緊張のせいか強い尿意を感じ落ち着く意味も兼ねてトイレに向かう。
用をたしていると幸福感に満ちた。
(あ〜ぁ…トイレって良いっすね!!)
一人で悦に入っていると、トイレに誰かの叫び声が木霊した。
「お、欧介君だぁ!!欧介くぅーん」
花君は、飛びっきりの笑顔を浮かべて僕に抱き付こうと走ってくる。
僕は、まだ勢い良く用をたしてる最中だ。
(もし抱き付かれたら…)
「花君ダメだよ!!花君止まって……お願…NOォォォ〜!!」
僕の絶叫がトイレに木霊した。数分後、僕達二人はトイレから出た。
花君は、まだクスクスと笑っている。
「良かった〜欧介君が学校に来てくれて!!やっぱり欧介君と居ると面白いやぁ」
そう言って再び腹を押さえて笑い出す。
「は…ははっ、楽しんでもらえて良かった…」
(花君…君のお陰で朝から危うい状況に成りかけるという貴重な体験が出来ましたよ!!)
僕の思いを知るよしも無く花君は楽しそうに笑い続けている。
教室に入ると僕の姿に中に居たクラスメートが注目した。
(まだ…みんな中村君を疑ってんのかな?)
僕の頭に、そんな疑問符がチラついたが、すぐに消えた。
数人と男女が僕に謝りに来てくれたのだ。
「真田君に辛い態度とってごめんなさい…」
「真田ゴメンな…」
彼等は口々に、申し訳なさそうに謝罪の言葉を溢す。
僕は、その言葉だけで十分だった。
やがて、大河君と蒼ちゃんが登校して来た。大河君は軽く微笑んでくれて、蒼ちゃんは僕の席まで来てくれた。
「欧介君おはようございます。今日から、また学級委員を一緒に頑張ろうね」
「おはよう蒼ちゃん。あの…病院に来てくれてありがとね…すごく嬉しかったよ」
僕は、少し恥ずかしかったが本音を漏らす。
「そんな…学級委員の仕事として当然の事です」
(学級委員の仕事!!)
蒼ちゃんの言葉を聞いて僕の心に稲妻が走った。
(そうか…僕の見舞いに来たのは学級委員の仕事の一つだったんだ。だから、花君や大河君も一緒に来たと…。確に…もし僕に気が有るなら一人で来るよな…)
「あの…大丈夫?どっか痛むの?」
僕が自惚れていた事を自覚して、口をアワワワと震わせていると蒼ちゃんが心配そうに僕を見た。
「大丈夫だよ…タハハハ…」
(痛いな…僕って…)
口の中で、ほろ苦い何かが充満し朝からの清々しい気分からは想像も出来なかった苦味が僕に訪れる。中村君を助けた勢いで蒼ちゃんと更に親密な関係に成れるかと、密かに期待してた僕は大きく肩を落とした。
(甘く無いっすね…世の中は?)
青空を流れる雲に問いかけたが、雲は何も答えずフワフワと流れていく。
「お〜い!!朝のSTだぁ〜」
担任が肩をトントンと叩きながら教室に入ってきた。
「じゃ…またね」
蒼ちゃんは、曖昧な笑顔を残して自分の席に戻っていった。
「おっ!!真田復活かぁ〜」
そう言って、担任が教卓に配布物を置いた。
「あ…はい。おはようございます」
僕は、ぎこちなく笑う。
「おはよう…じゃなくて起立の号令でしょうが!!」
担任は、いつものように溜め息混じりに喋った。
「あ…すいません!!えっと…起立!!」
号令を掛けた瞬間、教室のドアが勢い良く開いた。
というか、僕には思いっきり叩きつけた様に見えたが。
「セーフ!!セーフ!!」
中村君は、手を野球のセーフを表すジェスチャーをしながら駆け込んで来た。
「中村!!お前何度言ったら…」
「明日は、ぜってえー早く来るさ!!」
中村君は、笑いながら先生に手をブラブラと振って自分の席に向かった。
一瞬目が合ったが中村君は何事も無かったかの様に自分の席に着いた。
(中村君とも仲良くなるまでは…遠いな…)
「起立…礼!!」
そんな事を思い僕の学級委員初仕事は終了した。
授業が順調に終わり、花君と昼ご飯を食べる事になり、二人で他愛も無い話をしていると中村君がやって来た。
「やぁ中村君。どうしたの?」
僕の問いかけに中村君は、閉じている口を無意味に動かすだけだった。
「何か用かな?」
すると、突然口を開いた。
「…こい」
「えっ、恋?恋の話は…僕苦手かな…恋って難しいよ…」
僕は、蒼ちゃんの顔を浮かべながら言う。
「僕も恋したいな〜」
僕に感化されたのか、花君もおにぎりを掴みながら言った。
「何お前ら、ぽあーってしてんだ!!ちげぇよ!!今日、お前ら二人で泉区一丁目のメトロっていうマンションに来いって言ったんだ!!」
「マンションに?」
「そうだ!!絶対来いよ!!あと、春日にも伝えてくれ」
「分かっ…」
僕達の返事を聞かずに中村君はそそくさと廊下に出ていった。
「マンションで何するんだろうね…」
僕が問掛けても花君は楽しそうにオニギリを頬張るだけだった。
「中村が…分かった」
昼休みの終わりがけに教室に戻ってきた大河君に話すと、意外な程すんなりと承諾してくれた。
僕は、てっきり大河君は来ないって言うと思っていた。
(来たら来たで、二人が揉めないか心配で嫌な汗が出そうだし…)
そんな僕の心配をよそに時間は早送りの様に過ぎた。
気が付くと僕は帰りの挨拶の号令を掛けていた。
帰りの号令を終えた僕は、蒼ちゃんと共に黒板を消しながらクラスの皆が自宅に帰ろうとパラパラと教室を出ていく姿を見てた。
クラスに僕達二人が取り残された時、突然一人の女の子が四組に駆け込んできた。
「真田君…真田欧介君って誰?」
駆け込んで来たショートの髪型をした女の子は、僕の目の前でガランとした教室を見回しながら叫ぶ。
「あれ…もう帰っちゃったかな?」
一頻り叫んだ後で落ち着いたのか、周りの状況を把握出来たのか、分からないが小さく呟いた。
「欧介君なら、ここに居ますよ」
蒼ちゃんは、女の子に歩み寄り女の子に話しかけた。
「えっ…ありがと!!」
蒼ちゃんの方を振り向いて礼を言うと、女の子は僕を見た。
元気に輝いていた女の子が表情が、僕を見た途端疑いの眼差しに変わっていった。
「アンタ…この前バス停で会ったよね?」
「えっ?」
僕は毎日のバス停の出来事を回想する。
(先週は、中村君関係で忙しかったから誰とも会って無いし…。その前は…)
「セクハラ…」
回想中の僕に、微かに女の子の言葉が聞こえる。
(セクハラかぁ…セクハラなんて言われ…セクハラ!!)
僕の忘れかけていた記憶が《セクハラ》という単語によって呼び覚まされた。
目の前に居るのは、二週間前の夕方のバス停で横入りで揉めたあのショートの女の子だった。
「あの時の女の子だ!!」
「そうよ!!」
女の子が、しかめ面で腕を組んだ。
「まさか…あのセクハラ男だったなんて」
女の子は、ブツブツと呟く。
僕は、蒼ちゃんの目の前でセクハラ呼ばわれされたので、イライラしてきた。
「セクハラって呼ぶなよ!!何もしてないだろ」
「まぁ…良いわ…」
「良くない!!僕はセクハラじゃ…」
急に女の子との距離が近付いたので、僕はビクッとなる。
次の瞬間、僕の手は暖かくて柔い感覚に包まれた。
僕が、ドキドキして握られた手を見た後、女の子の顔を見ると今の今までしかめ面だった女の子が笑った。
「蓮を助けてくれてありがと!!アンタ勇気あるね!!セクハラ宣言も撤回する」
そう言いながら僕の手を優しく擦る。
「ひぃぃんです…」
僕は、良いんですと言おうとしたが恥ずかしいやら気持良いやらで、上手く言えなかった。
「本当…ありがと」
そう言いながら更に近付いて僕の顔のガーゼや、かさぶたを撫でる。
病室で、蒼ちゃんに触られた時に感じた気持よさが蘇った。
(女の子に、優しく顔を撫でられるのって良いね…)
僕は、完全に魅了されてしまった。
「私は蓮の幼馴染みの内海 柚夏。ヨロシクね」
そして、女の子は手を顔から離した。
ドキドキが最高潮に達した僕は無意識に蒼ちゃんの方を振り向いた。
蒼ちゃんは、目の前で起きた事に驚いているようだった。
「じゃあね。蓮と仲良くしてあげてよ」
そう言い残し柚夏ちゃんは四組から出ていった。
僕は、まだ興奮が抑えられず立ち尽くす。
音がしたので振り向くと、蒼ちゃんは何も言わずに黒板消しを持っていた。
沈黙が僕達を支配している。
数秒後、少し興奮が治まったので蒼ちゃんに話しかけた。
「中村君の幼馴染みが聖蘭に居たなんてね〜。知ってた?」
僕は黒板を消し始めた蒼ちゃんに話しかけたが、蒼ちゃんはまるで反応しない。
僕は、聞こえなかったと思いもう一度話かける。
「中村君の幼馴染み…」
「知りませんでした!!」
蒼ちゃんは、突然ピシャリと言う。
「あ…あっ、そうだよね。知らないよね」
僕は、突然言われたのでビックリしてしまった。
蒼ちゃんは、黒板を半分程消して黒板消しを少し強めに置く。
「半分消し終わりましたので帰ります」
蒼ちゃんは、僕の顔を見る事無く言う。
僕は、何故蒼ちゃんの機嫌を損ねたのか解らず挙動不審に陥った。
「あのあ…の蒼ちゃん?」
「ではまたね」
蒼ちゃんは、最後まで僕の顔を見ずに教室から出ていった。
ポツンと僕だけが教室に取り残された。
二人きりで話せる絶好のチャンスが突然潰れたショックや、普段の蒼ちゃんなら絶対手伝ってくれるのに等と考えながら、僕は冷や汗をかき黒板を消していると、花君が教室にやってきた。
「遅いよ〜欧介君まだ?」
花君は、頬を膨らましりヘコましたりしながら言う。
「あ…もう少しだよ…」
「何か元気ないね。どうしたの?」
花君が首を傾げながら僕に聞く。
「別に…何もないよ!!」
僕は詮索されない様、元気に言った。
「なんだ…てっきり楠木さんの事かと…」
「えっ!!」
僕は、楠木と言う単語にビクッとなった。
「えっ…知ってるっていうか…見てたの?」
僕は、半笑いで花君に聞いてしまった。
「いや…全部じゃないよ!!ショートカットの女の子が教室に入って、楠木さんが出て来るまでかな!!」
花君は、慌てた様子で手をパタパタと振りながら言う。
(それって…一言で全部って言えるよね?)
「女の子に顔を触られたからって、あんなにニヤニヤしたのは厳しいかも…」
「えっ…」
僕は、花君がポツリと呟いた言葉を聞き逃さなかった。
「そんなに僕…ニヤついてた?」
「うん…いや…少し…」
花君は、微妙な笑顔を浮かべて歯切れ悪そうに言った。
(少しって…花君、今厳しいって言ってたよね?)
僕は、花君にツッコミを入れる事無く、力が入らない腕で黒板を消した。
黒板を消し終わると、花君が顔をやけに輝かせた。
「さぁメトロっていうマンションに行こうよ!!」
元気いっぱいに言うと僕の肩をトントンと叩いた。
僕は、力無く笑いトボトボと教室から出た。
前回の後書きで、あと一回更新したら過去の修正をすると書きましたが、今回のシェイクシェイク2で書きたい事が入りきりませんでした。
ですので、あともう一回更新します。
訂正をお知らせしました。