三ヶ所目 10(大河)
今回は大河の視点です。
事件編の終わりが秒読みに入りました。
今回も長くなってしまいました。
ご了承下さい。
「おはようございます。大河様」
もう還暦も近いであろう執事長の清水が俺に一礼し、車のドアを開ける。
「おはよう」
俺は、機械的に言葉を返して車に乗り込んだ。
ゆっくりと車のドアを閉めると清水がすばやく運転席に潜り込む。
「では、発車致します」
音も無く車は動き出した。
俺は、毎日車で送ってもらうが別に楽をしたい訳じゃない。
父親の言いつけだからだ。毎日毎日、仮面の笑顔を張り付けたような執事や女中に囲まれ生活している。
家族は、皆外国を飛び回っているので居ない。
別に、家に帰ってきても話す事は何も無いので帰ってこなくても良いと思っている。
特に兄は。
高校裏の駐車場に着くまでの時間、窓から過ぎ去る景色を眺めるのが朝の日課だ。
しかし、今日はやらなければならない事がある。
山下という名の学生を聖蘭まで連れて来なければならない。
今は、病院のベットに居るであろう真田欧介に頼まれたからだ。
俺は、真田の様な人間を見たのは初めてだ。
ただ一人でクラスの陰湿な雰囲気を跳ね返し、自分の事を省みず他人を助ける事が出来る人間…。
そんな人間は美談の中の存在だと思っていた。
「大河よ、私達の一族以外の人間で価値の有る人間は少ない。余計な人間とは付き合わずに切り捨てろ。そして価値の有る人間とだけ付き合うのだ」
物心ついた時からの父親の教えが今も頭に染み付いている。
(真田は価値の有る人間なのか?)
ここ最近は、その問いが頭に浮かんで離れない。
かつて、俺は価値があると思った人間が二人居た。
高校で偶然再会した中村と森島だ。
この二人は、俺に友の暖かさや安らぎを教えてくれた。
二人と居ると本当の自分でいられる気がした。
しかし、やはり価値は無かった。
中村も他の人間と同じだった。
幼かった日の光景が広がる…。
あの日、俺は目の前に広がった事を受け入れられず呆然と立ち尽くした。
不意に落ちているカッターに見覚えを感じて拾った。
背後で音がして振り向くと、後ろに目を見開いて中村が立っていた。
「蓮…僕じゃないんだ…」
俺は、必死に無実を訴えたが中村は信じなかった。
その日を境に心の何かが崩壊し善い人間を演じるようになった。
他人に対して優しく健全な人間を演じる日々。しかし内面では、他の人間は自分の価値を高める為の踏み台にしか感じなくなっていた。
だが、今俺は真田との約束を果たそうとしている。
何故なのかは分からないが、真田と知り合ってから自分が少しずつ変わってきている気がする。
中村の事件を調べたり、自分から森島に授業を抜け出そうと提案をした。
しかし、不思議と悪い気分はしない。
むしろ楽しい?
「大河様…今日は楽しそうでございますね」
窓を見ながら思案を巡らしていると清水が声をかけた。
「そうか?」
俺は、自然に微笑む。
「私も嬉しゅうございます」
清水の声がいつもより弾んでいる。
「三津高に向かってくれ」
「かしこまりました」
清水は嬉しそうに言葉を返した。
三津高に着くと校門に一人の男が立っていた。
俺の姿を確認したらしく走ってコッチに向かってくる。
やがて、俺が立つ位置までやってきた。
「春日君、久しぶり。」
同じ中学だが名字しか覚い出せない男子学生が顔を輝かせて言った。
「うん」
俺は、面倒に感じたが一応笑いかけた。
「で、山下君はどこ?」
「コッチに居るよ」
学生は、俺を案内した。
「君が山下君?」
俺の目の前に気の弱そうな学生がいる。
「えっ?あなたは?」山下は、俺に疑惑の視線を投げる。
「俺は、真田の代理の春日です」
「えっ…あっ…」
山下が俺から逃げようとしたので、逃げられないようにガッチリと学ランを掴む。
「これ忘れ物」
反対の手で時計や財布等の盗まれた物を手渡した。
「僕の時計!!」
「真田が取り返したんだ。一緒に聖蘭まで来て真実を話してくれ!!」
俺は、山下に有無を言わせない様に強い口調で言った。
「えっ…あっ…あ」
山下は、顔を動かさずに目を素早く左右に動かした。
逃げる方法を考えているように見えた。
「もし来ないなら、君は盗みをした奴らと何ら変わらなくなるが…良いのか?」
俺の言葉に動揺したのか山下の呼吸が荒くなった。
「僕は…」
そう言いながらうつ向いた後、
「分かりました」
静かに山下が呟いた。
俺と山下は急いで聖蘭に向かった。
時計は、すでに8時40分を過ぎている。
十数分後、聖蘭に着いた。
校門を入ると見覚えのある女が蹲って泣いているのが見えたが気にしている余裕がなく通り過ぎた。
通り過ぎる一瞬、蹲る女子が俺の事を見ている様な感じがしたが気にとめなかった。
俺達は、迷わず指導室に向かう。
山下は聖蘭の校舎の中を物珍しそうに見ながらフラフラと歩いている。
やがて指導室に着いた。
中から教師の声が聞こえるので、中村の処分が始まっているらしい。
「ちゃんと言えるか…緊張します…」
山下が時計に目を落としながら呟いた。
「自信を持って話してくれれば良いよ。あと…ここまで来てくれてありがとう」
俺は、山下を安心させる為に笑顔を作った。
「では…行こうか」
「はっ、はい」
ドアを開くと同時にガタンとイスが倒れる様な音が聞こえた。
教室の真ん中に中村が立っていた。
俺は、とりあえず一礼して教室入る。
教頭が、突然入ってきた俺達に向かい叫ぶ。
俺は教室の流れを支配する為、冷静な雰囲気を滲ませてゆっくりと山下を紹介した。
「てめぇら!!冷やかしにきたのか?」
中村が意味不明な怒声を飛ばした。
俺はイラッとしたが、とりあえず目の前のバカを放っておき山下に発言を促した。
「ぼっ、僕は三津高に通っている山下です。今日は、大事な事を話す為に聖蘭に来ました」
「ほぉ…何かな?話したい事とは?」校長が楽しそうな視線を山下に注ぎながら言った。
「しかし、校長!!」
「まぁまぁ…教頭。ここは話を聞きましょうよ」
顎ヒゲの教師がポリポリと頭を掻きながら教頭に言った。
教頭は、ぶつぶつ言いながら椅子に座る。
「ほら…中村も席に座りなさい」
「ちぃ!!」
担任のなだめる様な口調に従って中村も座った。
「では、続けなさい」
校長がニッコリと微笑み山下に話を促す。
「はい…。言いたい事と言うのは…ここに座っている中村君は…犯人では無いと言う事です」
言い終えると山下は、大きく息を吐いた。
山下の告白に担任と教頭は目を見開いた。
ただ、校長と顎ヒゲ教師だけは動じず静かにコチラを見てる。
突然教頭が椅子をガチャつかせて立ち上がった。
「なっなな、何を言い出すんだ君は?いったいどうして分かるんだ?」
山下を指差した教頭の手は小刻に震えていた。
「それは…」
山下が拳を握った。
「僕が…時計を恐喝された被害者なんです!!」
教頭が指差していた手をダラリと机に落とした。
「それは本当の事かな?」
校長が静かに喋った。
「はい。僕はあの日、中村君を犯人だと言いました。しかし、僕は初めから中村が犯人では無いと知っていたんです…でも本当の事を話したらお前をリンチするって犯人グループに言われて……それで中村君に罪を着せて…犯人に仕立てあげたんです!!ごめんなさい…本当にごめんなさい」
山下は、声を大にして叫んだ。
そして、膝から崩れ落ちた。
多分、今の告白は外の廊下まで聞こえただろう。
俺は、4組の誰かが偶然聞いてくれた事を願った。
「つまり…中村君は犯人では無いと?」
校長が微笑みながら山下聞いた。
校長の笑顔から暖かさか滲み出ていた。
「はい…そうです…」
「その言葉を警察でも伝えてくれるかい?」
言葉と共に顎ヒゲ教師が男臭い笑顔を浮かべるて笑う。
「はい…話します…」
「では…中村蓮に対する処分は意味を無くしたのぅ。あとは中村君の意志じゃな…」
そう言うと校長が中村に歩み寄った。
「我々が君を退学させる理由は無くなったが…どうする?」
校長は、中村に処分の内容が書かれた書類を手渡した。
「俺は…」
中村は、俺に恩を着せられたと感じているらしく俺を強く睨みつけた。
(意地張るなよ…バカが)
俺は、中村を鼻で笑った。
「友の助けや勇気ある告白を踏みにじるなら…」
「ツレじゃねよ…。それにそんな言い方しなくても学校辞めねぇよ!!」
中村は、ビリビリと書類を破り捨てる。
「中村〜ちゃんと掃除しろよ!!」
顎ヒゲ教師がそう言って笑った。
「俺かよ!!」
(真田…お前の願いはこれで達成出来たか?)
目の前に広がる穏やかな光景を見て俺の心の砕けた部分が少しだけ直った気がした。
(真田も笑うだろうな…いつものあの笑顔で)
そんな事を思うと演技では無い本当の笑顔で俺も笑えた。
指導室から出て、山下を校門まで送ろうと歩いていると中村が後ろから走ってきた。
「お前!!どうゆうつもりだ?」
中村は指導室の中と同じように俺を睨む。
「何が?」
「何で俺を助けたんだ?」
俺は、説明に面倒臭さを感じたが説明する事にした。
「真田との約束を果たしたまでだ」
言い終えると、俺は中村から目を反らす。
「真田が…?」
「そうだ。お前を助ける為に犯人グループに接触したんだよ」
「まさかニュースの…アイツどこに居んだよ?」
中村が俺の肩を掴んで語気を強めた。
「泉総合病院だ」
中村の目を見て伝えた。
「てめぇ!!先にそれ言えよ!!」
「お前が説明しろって言ったんだろ?」
俺は肩をすくめた。
「何処だよ?泉総合病院って?」
中村が、愚痴を溢しながら携帯をイジリ出したので仕方無く、
「案内しようか?」
そう提案した。
「お前にだけは貸しを作りたく無いんだよ」
中村は、俺を見る事無く言った。
「じゃあ…僕を病院に連れて行って下さい」
山下がボソッと呟く。
「あぁ。では行こうか」
俺と山下は、中村を残して歩き出した。
「おい待てよ!!」
中村がまた後を追って来た。
「まだ何か用か?」
俺が振り向くと中村は腕を組んでいた。
「仕方無いから案内してもらおう…」
「はぁ?」
「だからお前が、どうしても俺を連れていきたいって言うなら一緒に行ってやる」
相変わらず素直じゃ無いな…と思い俺は笑う。
「別に連れて行きたく無いが…仕方無いから連れていってやる」
「そうそうそれで良いんだ…ってテメェ!!」
「黙って付いて来い」
俺は、少しだけ昔に戻れた様な感覚を感じながら真田が居る病院に向かった。
いかがでしたが大河編は?
大河の性格が、上手く表現出来たか心配です。
ご指導や御感想をお待ちしております。