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上手な修正液の使い方  作者: 和紙
17/70

三ヶ所目 5

僕と花くんは、学校最寄りのバス停からバスに乗って三津高方面に向かった。三津高は、聖蘭と並ぶ位の進学校だ。


しかし、自由な校風の聖蘭とは反対に三津高は御堅いガリ勉タイプの学校でもあった。


「何か、緊張しちゃうね」


花くんは三津高の校門を眺めながら言った。

「でも、もう後戻りは出来ないよ」


後戻りは出来ない…。


僕は、花君に言うと同時に自分にも言い聞かせた。

敷地内に、足を踏み込むと三津高の生徒らしき人々とすれ違った。

三津高の生徒達は、すれ違い様に不審感を露にした目線を投げつけてくる。


「何か、警戒されちゃってるね」


「怪しい者じゃないのにね…」


僕と花君は苦笑しながら歩みを進めた。


しかし、ただヤミクモに歩くだけではラチがあかない事が三津高の敷地を二周回った時に気づいた。もういい加減足が疲れてきたから、覚悟を決めて三津高の生徒に事件について聞くことにした。


休憩も兼ねて、中庭らしき場所で座っていると、丁度本を読みながら学生がこちらに向かった歩いて来るのが見えた。


読書の邪魔をするのは悪いと思いつつ、立ち上がって服装を直して意を決して話かけてみた。


「あのぉ…」


僕の問いかけが聞こえたのか、本から顔を上げて学生は僕の顔を見た。

学生は、僕の顔をマジマジと見た後に僕の首に付いている学章を見ているようだった。


「あのですねぇ…この三津」

僕が喋りだした途端、学生は全速力で僕と花君の間を駆け抜けた。


「えっ?」


僕は、鼻で学生のモノらしき柑橘系のシャンプー残り香を感じながら呆然としていると、


「欧介君。あの人なんか知ってるんだよ」


そう言うと同時に花君も駆け出している。


「あれ、花君?」


3秒後やっと事の成り行きに気づき僕も駆け出した。


「まっ…待ってよぉー」


中庭を抜けると花君が三津高の校舎に突入していくのが見えて息も絶えだえ後を追った。


くっそぉ…何で……僕は必死に走ってるんだ?


急激に疾走したせいか心身ともに大きな苦しみに包まれた。


もう……歩かせてくれ‥。


苦しみが最高潮に達したとき突然、体に充実感と解放感が溢れた。


あれ‥何か、気持ち良い……どこまでも走れそうだ…僕はカモメ……。


この日を境に僕は長距離ランナーに目覚め、インターハイを目指すことになった。


「目指すは日本一のランナーだ。そして、アイツを倒す」


「頑張って欧介……」


「あぁ、蒼。行ってくる」


こうして、インターハイ開場に向かった。




そんな都合の良い事が起こるはずも無く、あまりの苦しみで脳内に勝手な想像が溢れた。


「ぐ‥るじぃー…たしゅけ‥」


ヨロヨロと階段を上っていくと二階の廊下で走っていた学生が派手にコケるのが見えた。


「ラ‥ラッキー」


苦しみからの解放を確信し安堵した瞬間、僕の足がモツレて開けっぱなしにされていた掃除道具箱に体ごと派手に突っ込んだ。


「大丈夫?欧介君ー」


遠くの方で苦笑気味に花君が叫んでいるのが聞こえたので、大丈夫だよっと掃除道具箱の中から手を出して振った。


かなり恥ずかしくて痛いし‥。




とりあえず、男子学生を廊下に座らせて話を聞くことにした。


「何で逃げたの?」


花君が聞くと男子学生はガタガタと震えて、


「あの人に頼まれたんですか?僕を二人で暴行するんですか?」


学生は今にも泣きそうに顔を引きつらせた。


「いやいや、しないよ」


僕は、脅える彼に三津高に来た理由を説明した。


僕が、全てを話終えても彼は、まだガタガタと震えていた。

「僕のせいじゃない…あの時は仕方なかったんだ」


「君は何を知ってるの?」


花君が一歩前に出て聞いた。


歩み出た花君に驚いたのか、彼は更にガタガタ震えパニックになったようだった。


「僕のせいじゃない…僕のせいじゃない…」


「ちゃんと答えてっ」


花君は、震える彼の両肩を勢いよく掴んだ。


「君の話で、友達の無実が証明されるかもしれないんだよ」

花君……。


知り合って初めて聞く花君の強い口調に僕も圧倒された。


「頼むから…話してよ…」


花君がゆっくりと手を離すと彼はガックリとうなだれた。


「君の名前は?」


僕がうなだれる彼に聞くと、


「山下雄也」


弱々しい声で答えてあの日、中村君と自分との間に何が起きたのかを語り出した。



「あのひぼくはげーむせんたーにいっていましたそのときゅい」

山下君は舌を噛んだらしく顔をしかめた。


「山下君、時間はたっぷりあるんだし。ゆっくりで良いから」


僕は、反対側の窓から差し込む夕日によって染まった山下君の顔を見ながら諭すように言った。


山下君は、相変わらずうなだれていたが深呼吸をして改めて語り出した。


「あの日、僕は学校の帰りにゲームセンターに行きました。僕が最近稼働したKOFキングオブファミリーをプレイしてると対戦乱入が入ってきて…その人がしつこくて…僕がその乱入者を7回連続で倒した時、乱入者はもう乱入しなくなったんです…。僕がホッとしてゲームを続けていると、いきなり6人ぐらいのガラの悪い学生に囲まれて…そのままトイレに連れ込まれて腹を殴られたうえに財布と……」山下君が、言葉を詰まらせ声を震わせた。


「おじいちゃんの形見の大事な腕時計を奪って…また、僕の腹を殴ってトイレから出ていきました」


山下君は、学ランの袖で涙を拭った。


「僕は、しばらく立てなくて……やっと立てるようになったから、時計だけは返して貰おうと無我夢中でトイレから出ました。奪った6人の内、リーダ核の人は赤い髪だったんで…丁度クレーンゲームをしていた赤い髪の人を見つけて……それで、その人に掴みかかって警備員の人を叫んで呼んだんです」


それが、中村君だったって訳か…。


僕は、その話を聞きながら夕焼けの色が痛く目に染みるように感じた。


「でも、その人は僕の持ち物を何も持ってなかった…だけど僕はホントに無我夢中で……あの人がやったとしか思えなくて……最終確認の為に事務所に連れていかれて確認をとらされて…その後、警察官に連れていかれる赤い髪の人を見ていたら怖くなってゲームセンターから走って出ました」


「ホントに、その…連れてかれた人が犯人だったの?」


僕の問いかけに再び山下君は震え出した。


「違ったんです……ゲームセンターから出た直後、僕から時計を奪った本当の犯人が僕を近くの路地裏に引っ張っていって……」


山下君は、激しく震え出して手で頭を抱えた。

「もし本当の事を言ったら次はお前の家まで行ってお前をリンチするって言われて……」


僕は、この話に絶句して何も言えなかった。


多分、山下君にとっては相当ショックな出来事であったに違いない。

大切な物を取り返す事が出来ず、その上に更なる恐怖を植え付けられて無実の他人に罪を被せて今まで苦痛を背負ってきたという事が山下君の様子から痛いほど分かった。


「そんな事が…」花君が沈黙を破った時、


「コラァ、お前らそこで何してんだ。」


三津高の教師らしき男が僕達の方向に走ってきた。


「ヤバイ…花君逃げなきゃ」


「でも、このままじゃ…」


「花君!!」


僕は、強引に花君の腕を掴んで反対方向の階段に向かって走った。


僕は、無我夢中で階段を駆け降り三津高の校門を目指した。


途中で、何度も人にぶつかったが気にする余裕すら無かった。

やっとの事で、校門を出ると大きな虚脱感に襲われ膝をついた。


「はぁ‥はぁはぁ…欧介君…はぁ…」


「はぁはぁっ…何?」


「はぁはぁ…手‥離して…。」


「ゴメン……はぁ…」


僕が、勢い良く手を離すと花君は笑いながら息を整えた。



近くの自販機でジュースを買いバス停まで歩いていると、


「ねぇ…欧介君どうしようか‥」


花君が、不安げな顔をして呟いた。


「僕は、これから中村君に会いに行こうと思うんだ」


僕は、空き缶になったジュースの缶をクジャリと潰した。


そしてちゃんと空き缶をゴミ箱に叩き込んだ。


地球の自然をまた一つ救ってしまった。


僕が誇らしげにしていると、


「僕も良いよね?」


そう言いながら花君がゴミ箱に缶を入れた。


「もちろんだよ」


花君に笑顔が戻った。


「欧介君っていつもアイディアがあるね」


ニコニコしながら花君が言った。


「まぁね‥」


花君にはそう答えたが実際には考えなんて全く無くて、ただ中村君に会ってちゃんと話がしたいだけだった。




中村君のバイト先のスーパーに行く為に乗ったバスの中で今日は、乗っている乗客の雰囲気がやけに冷たく感じた。


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