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格闘家と白魔道士


 ティナ・オクロウリーの朝は、騒がしい鐘の音から始まる。


01.格闘家と白魔導士


 跳ね起きて、止まる間もなくベッドを飛び出し、壁にかけてあったハンガーから制服をむしり取る。髪はしょうがない、こういう時はあきらめが肝心だ。寝間着を脱ぎ捨てて制服に着替え、勉強机の上に置いてあるグローブをガッと取って半ば蹴りあける形で寝室を出た。ベッドから出てここまで僅か三十秒、自己新記録を打ち立てた後も彼女は止まらない。「いってらっしゃい」とパンを齧りながら寝ぼけ眼で手を振るルームメイトに「はいよ」と返しつつダイニングを駆け抜け、靴をつっかけて部屋から射出された弾丸のごとく廊下に出る。危うく正面の壁に激突しそうになったがそれは踏ん張りどころ、どうにかギリギリのところで「おっとっと」と持ち直し、彼女は一気に廊下を駆け出した。

(あと十分、いける!)

 廊下の窓から見えた大時計台、それが指し示す時間をちらりと見て、彼女――ティナ・オクロウリーは全力で、朝の寮の中を駆け抜ける。すれ違う先輩同輩後輩には申し訳ないが脇目も振らず寮を飛び出すと、ちょっと転びそうになりながらも朝日が注ぐ外へと出た。

 目指すは目の前にそびえる建築物だ。直線距離にして500メートルあるかないか、かっ飛ばせば二分でいける。しかし問題はその後だ、彼女が目指す所は建物の深部にある。無駄に広い敷地の中をどう通るか、それが問題だ。

 どう行ったら近いかな、と足を動かしつつも最短ルートを考えていると、全力疾走の彼女に並走する人影が現れた。

 ティナはグローブをはめながら、ちらりとそいつの顔を見た。

 予想通りの顔だった。

 というか予想以外にはあり得ない。普通なら今日は休日なのだ。始業ギリギリの通勤ラッシュは今日ばかりはなく、いるのはティナと同じ境遇の人間だけだ。

「余裕、じゃないの、こんな、時間に、起きてっ、くるなんて!」

 本当はできるだけ冷静に言ったつもりだったのだが、走っているせいでどうも強調されてしまう。

 すると相手もまたティナを見下ろした。(ちょっとばかり身長が高いからとはいえ見下ろされるのはイラッとくる)

「そっちこそ、寝坊だろう、がっ! なんだよ、『起こしてあげるわよー』ってっ、信じた方がっ、悪かった!!」

 しかし言っている事はほぼ同じレベルだった。

 見た目長身長髪イケメン(一応他の評判を聞いた)のはずなのに、口を開けばこれだ。黙っていればそこそこ見れるというのに、なんとも勿体ない。

「しょうがっ、ないでしょっ!…っはあ、今、起きたの!」

 ただティナの方も、それなりに立派とは言えないレスポンスを返すしかないのだが。

 つまりはどちらも低レベル、口を動かすよりも足を動かした方が良策という事だ。

「くぬぉぉああああああああ!!」

「うぉおおおおおおおおおお!!」

 休日朝の通学路には似つかわしくない雄叫びを上げて、二人はひた走る。



 そもそもどうして、休日にこんな全力疾走をかますことになったのか。

 その理由は至極単純だった。



「ッだぁあぁああああぃぃい!」

 階段を上がり廊下をすっとばし中庭をぶっちぎって今度は階段を下り、バカみたいに重い扉を蹴り開けたその先の広場に走り込んだ直後、がらんごろんと始業開始の鐘が鳴った。

 途端に二人は一気に体の力を抜いてその場に倒れ込む。

「ぶはぁあぁあ……あっぶねあぶね、……ゼェ、……補習に遅刻、とか……冗談じゃねえわ……」

「同感っ……二人で、また、もいっかいとか……できるわけ、ないわよ……」

「そっ、……そだな……再補習とか、……不名誉だな……」

 ――そう、補習だった。



◆◆◆



 王立魔導研究院、通称院は、「魔法を学びたい者は全て受け入れる」をモットーに、大々的に研究活動を行っている研究機関だ。

 しかし、王国の人々に院と言ったらまず思い浮かべるのは『巨大な学校』である。若い才能を育て、世に放出する育成機関。最先端の設備を揃え、卒業したら「魔法に精通しているスペシャリスト」として引く手数多、働き口には困らない。もちろん、国防の最高精鋭部隊として名高い騎士団や魔導士団にも多く抜擢される。

 ただ問題は、卒業が恐ろしく難しい事だった。才能のある者は受け入れるが、その才能をある一定の地点まで昇華できなかった者は卒業できない。在籍する事は可能だが、卒業できないのだ。規定の年数を超えて在籍する場合は学費が割り増しになっていき、自然と退学せざるをえなくなるのである。

 ――とまあそんなことは置いておいて、だ。

 巨大な学校というからには、もちろんの事授業や課題や試験が存在する。中でも試験は、次のカリキュラムに進むために必要なものである。ここで合格点を得られなければ、その段階で足踏みする事になってしまい、徐々にタイムリミットが近づいてくる。なんとしても卒業したい生徒達は、一念発起して取り組む訳であるが、それでも振り落とされる人間は多少なりとも居るのであって。



「いやあいかんなあいかんいかん、この点数じゃあいかんよ」

「………」

「………」

「実技にはそれとなーく先生期待してたんだがなあ。まさかこんな点数を取ってしまうとは思わなんだなあ」

「………すみません」

「………ごめんなさい」

「謝ってどうこうという問題ではないよ、うん。まあ筆記ではがんばったようだし、卒院研修へのチャンスだって事もあるからねえ、それなりにね、先生も考えてみたよ、うん」



 そしてティナ達に言い渡されたのが、「補習」の二文字だった。

 いや勉強していなかった訳ではない、むしろかなり勉強した方だ。卒院研修への参加資格を手に入れるチャンスだったから、産まれて初めて徹夜という物もした。しかしそれが裏目にでるとは思わなかった。筆記は合格点をもらえたものの、得意としているはずの実技で思いっきりミスをぶちかましてしまった。

 補習なんてもらえないような、そんな盛大なミスだったのだが、クラーク教官はなんと補習の時間を設けてくれたのだ。

「ティナ・オクロウリーにマックス・カルステニウス、両名とも出席確認と。――まさかその恩情も無駄にしそうになるとは思わなんだがなあ先生は」

「…っはぁ、ども、…おはよーござ、います……」

「ひぃ、ぜぇ、……もう無理……」

「最初からそんなんじゃあ、後が続かないぞー」

 始業の鐘が鳴ってすぐ広場に入ってきたのは、ティナともう一人――マックスの教官であるクラークだった。ごっつい体に、院の教官の証の制服を着て、さらに腰には業物のデバイスを提げている彼は、ゼェハァと息も絶え絶えで転がっている二人を見てにこやかに、体育会系の笑顔を浮かべた。

「さあ立った立った」

「はーい……」

「へーい……」

 まだまだ呼吸は荒いが、二人はなんとか立ち上がった。

 ただ両膝がまだがくがくしている。基礎体力作りは結構しているはずなのだが、全力疾走十分間となると、さすがに厳しいものがあった。

「……これから、早起きするわ……」

「そだな、……そうしよう」

「そもそも早寝早起き予習復習は院生の鉄則だぞー。自分を管理できない人間に大成はないんだからな」

「心に刺さるお言葉ありがとうございます先生……」

 あらかた二人の呼吸が鎮まるのを待ってから、クラークは何やら一枚の分厚い紙を渡してきた。

 ぱっと見て地図である。しかし建物やそういったものが描かれておらず、ただ単に方角、川、入り組んだ道が描かれているだけだ。地図上部の欄外には、『研究区域No.5』と表示されている。

「君たちには、これからここに向かってもらう。院の所有地で立ち入り禁止にはなっているが、もちろん立ち入れないのは人間だけだ。人間じゃない奴らはわっさりもっさりいる」

「わっさりもっさり……」

「たくさん居るってことだ、先生の言い方は気にするな。……そこでだ、君たち二人にはここの研究区域で、とあるミッションをこなしてもらう。時間制限は日没まで、もちろんミッションの数は複数。全部完遂しろよ」

 質問は?と言われてティナはマックスと顔を見合わせた。

 特にない、というのが彼の目に出ている。もちろんそれはティナも同じだ。

「ないですけども……そのミッションって言うのは?」

「それはあっちで指示するからな」

「先生は?」

「もちろんこっちでちゃーんと見てるぞ。心配するな」

 同行しないのか。

 いやそれでもいいけど。

 異論がないのを見届けると、クラークは「よーし」と満足げに頷いた。

「じゃあ二人とも、あっちにぶっ飛ばすからな」

「ぶっ飛ば――!?」

「いやセンセせめて馬――!!」

「舌噛むなよー」

 反論する間もなく、ティナとマックスが立っている石畳の床に光の軌跡が走り、美しい幾何学模様を描いていく。

(転送魔法だ、)

 頭の中の知識と照らし合わせてそう判断した途端に、完成した模様がカッ!!と強烈な光を放った。

「それじゃ、いってこい!」

 クラーク教官が言うや否や、ティナの体が異様な浮遊感に包まれた。

 しかし両足は地面に、そして地面に描かれた模様にしっかりと着いている。いうなればその模様の部分ごと、宙に浮いているような感覚だ。

 周囲の光景が光に溶けて、真っ白い世界が視界をうずめる。

 しかしそれは一瞬しか続かなかった。砂がこぼれおちていくかのように白い風景は消え去って、ティナの視界には先ほどとはまるで違う、うっそうと茂った森林が映し出された。

 朝だというのに薄暗く、日の光は木漏れ日がかろうじてある程度。昼か夜かもよくわからない。

 空気はどんより湿っぽく、土と木の匂いが鼻を突く。

 ふと顔を上げれば、ケケケケケケケケッ、という不気味な鳴き声とともに、鳥の集団(多分ただの鳥だと思う)が頭上を飛び去っていた。

「がっつり、森だわね」

「そうだな。くっそ、俺のキューティクルが……」

「そんな暑苦しい髪形してるからよ、この機会にばっさり切っちゃったら?」

「残念だがそれはお断りだ。魅力が三割減になっちまう」

「髪で魅力が変わるぐらいならあんたのスペックも底知れてるわね」

「ぐっ」

 なんとか反論しようとしているのか口をぱくぱくしていたが、うまい切り返しが思いつかなかったのだろう、マックスはただ恨めしげな顔で睨んできただけだった。

『おいおい喧嘩はそこまでにしとけ、二人ともー』

 突然クラーク教官の声が割り込んできたかと思うと、二人の目の前にふよふよと丸い物体が現れる。大きさはちょうどティナの拳程度、中心に丸い硝子体が埋め込まれている以外何の装飾もないそれは、院が開発した遠隔監視装置(通称サイトーくん)だ。敵地の偵察からお鍋の具合まで用途は幅広く、誰にでも扱えるデバイスというのが売り文句である。

『無事に着いたみたいだな、上等上等。それではこれから一つ目のミッションを教えよう。場所はそこだ、動かなくていいぞ』

「動かなくていいって……ここに何かあるんすか」

「とくに何もないですけど」

 マックスの言葉にティナも頷く。

 周囲をぐるりと見回してみたが、とくにこれといったものはない。ただの森の中にちょっとだけあいた、狭い広場のようなところだ。珍しい植物を採集しろというわけでもなさそうである(クラーク教官の性格からして、そういうミッションを与えることはないと断言できる)。

 しかし、目の前の茂みがガサガサッと大きな音をたてたことで、ティナははたと思いついた。

「……もしかして」

『そう、そのもしかしてだ。よく気づいたなオクロウリー、十点加算だ』

「加算されても嬉しくないです!」

 茂みからもさっと顔を出したのは、黒い体毛と真っ赤な目を持つ犬だった。いや、犬というよりも顔にたたえた凶暴さだと狼に近い。そして鼻には明らかにティナ達二人を敵視していると思われる深い深いしわが刻まれている。極めつけは口からだらーりぼたぼたと垂れているヨダレと剥き出しになった白い牙だ。穏便な解決など望めそうにない。

『ミッションその一、この研究区域でちょっと増えすぎた狼型の魔物「グリム」を減らすこと。それなりに統制がとれた群れだからな、油断すると痛い目に遭うぞ』

「群れ、ってことはやっぱり……」

「そういうこと、なんだろ」

 ひきつった顔でマックスが言う。

 その視線の先には、不穏に揺れる別の茂みがある。さらにその奥からは、ぐるるるるる、という不気味な唸り声まできこえてていた。

『補習だからって先生は難易度を落とすつもりはないからな。存分に実力を発揮してくれ』

 それだけ言うと、サイトー君inクラーク教官はふよんと上に逃げた。

 それと入れ違いで、一頭目が大口開けてティナへと飛びかかってくる。

 しかしあわてることはしない。冷静にグローブをはめた右手をグッと握り――

「っせい!」

 タイミングを合わせて鼻面に叩き込んだ。

 ゴギンと鼻の骨が折れた音がしたと同時、グリムの体が紅蓮の炎に包まれる。吹っ飛ばされた魔物は地面をしばらくのたうちまわっていたが、やがて骨を残して動かなくなった。

「さすが炎系、容赦ねー……」

「無駄口叩いてる暇なんかないわよマックス。さっさと片付けましょ、絶対受かってやるんだから」

「そこは同意だ、俺も」

 仲間を一匹吹っ飛ばされたことで一気に殺意が湧きあがったグリム達、それに囲まれながらもティナは不敵な笑顔を浮かべていた。暗い顔をしていれば体の動きだって鈍ってしまうし、何よりかっこわるい。

 右手のグローブ、それに埋められた赤い宝石がきらりと光る。

 魔法を制御し、最適なタイミングで発動するデバイスが、ティナの魔法に反応してぴりりと震えた。

 ティナは草木に覆われた地面を蹴る。

 向かいから一気に五頭ほどが躍り上がっているが、ティナが狙うのは真正面の二匹だけだ。残り三匹はマックスが即座に光の矢で撃ち落とした。後方援護担当の彼の魔法は浄化魔法、肉弾戦には向かないがこういう射撃にはうってつけなのだ。

「ナイスっ!」

 真正面の一匹を正拳でとらえ、右脇からの一匹をその裏で薙ぎ払う。ぎゃうんひぃん、という情けない悲鳴が五匹分起こるが、今はそれよりも圧倒的にうなり声の方が大きい。

「ガンガン行くわよっ!」

「程々に頼むぜ!」

 ついさっきまでの疲労は、もうとっくの昔に吹っ飛んでいる。

 ティナは拳をぎりりと握ると、牙とヨダレの大群に真正面から突っ込んでいった。

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