78P科学と魔導の交響曲Ⅷ
文字数少なかったのと、テレコになっていたので、再投稿
ご迷惑をおかけします。
一方その頃。
どこかの貴族の高貴な書斎のように豪奢で気品あふれる部屋には古の魔導師たちの遺産たる魔導書がぎっしりと詰まった本棚がずらりと並んでいた。
その中心にある執務机の上には『原始の始まり』と銘打たれた一冊の魔導書が鎮座していた。
その前に立っているのは黒髪黒目の制服姿の少女。
「……と、いうわけで、可及的速やかにあの傲慢教授をぎゃふんと言わせるような方法を一緒に考えてください」
黒髪黒目の制服姿の少女はもちろんユーリであり、今まで起こったことを魔導書たちに聞かせ終わったところで、そう締めくくった。
<ツッコミどころだらけだな>
一瞬静まり返った魔導書たちの中から、一冊がさわりと囁いた。
<……たしか、お前は我々の暴走を止める宥め役だったのでは?>
「あのおっさんを張り倒せるなら、図書館が吹っ飛んでもいい」
<過激発言だな>
ざわざわと騒ぎ始めた魔導書たちは、ユーリのもたらした『学院』の危機に平静ではいられないらしい。
だが、それも少しの事。すぐに魔導書たちはゆらりと悠久のような鷹揚な空気を漂わせ始めた。
<珍しいねぇ、ユーリ>
<人に無関心なお前がこんなに誰かに敵意を持つとはねぇ>
「なんか、人の事を人でなしだと思ってません?あなた方」
口元を引くつかせながら魔導書たちを伺うユーリを、深遠なる知識を秘めた魔導書たちはせせら笑い、鷹揚に嘲る。
<おまえは自分以外の人間に特に興味などなかっただろう?>
<この図書館の中が、自分の住まいの周辺が平穏で、今日の延長が明日も続き続ければいいと思っていただろう?>
<そして今、その平穏を崩さんとする者が現れた。お前はこの王立学院図書館を守りたいのでなく、ただ自分の世界を崩しに来た人間に怒りを表すのみで、この騒動に巻き込まれている人々のことなど考えていない>
<お前は結局自分の気持ちと生活が大切なのであって、それ以外はどうでもいいのさ>
<永遠の惰性を望む、傲慢で怠惰な人間。それがお前という人の形さ>
嘲笑うように、いや、嗤っているのであろう。
気位高く、傲慢にして驕慢に満ち、魔導の神秘を詰め込んだ魔導書たちは、力なさを誇り、安易に強きものに縋らんとするユーリを心から蔑んでいるのだ。
「確かに、あたしはあたしの事しか考えてない、ね」
けらけら、くすくすと嗤う魔導書たちに囲まれたユーリは、顔を上げる。
「『魔導酔い』で死にかけたくせに、いまの自分にはこの生活に必要だから、大きな魔導で動いてるこの図書館をどうにか守りたいと思ってる。そのくせに、自分の力でどうにもできないから、頼るのは大きな魔導の力を秘めた貴方達、矛盾してるよね」
どこまでも空虚な目で、
「でも、それが何だっていうのよ」
ユーリは言い切って見せた。
「あたしは、あたしがどれだけちっぽけで弱いか十分知っている!!学校の成績だって普通だし、天才的な閃きを実現させる根性も行動力もないし、魔導だって使えない!ちっぽけでその他大勢に埋没するわ、長い物には巻かれる事なかれ主義の小さな小さな小市民だよ!!」
ちいさな人間は巨大な力を持つ魔導書を傲慢に睨みあげた。
「でも、そんな小市民にも守りたいものくらいある。たとえ、いまのこの選択をいつか後悔する時が来たとしても、後悔はいまするものじゃない。今のあたしにはこの選択が絶対に正しい事だと信じてる」
<己の弱さを誇るか傲慢だな>
<その上、力あるものに思いっきり頼り切るあたり性も悪いね>
<分相応という言葉を知らんか?>
「うるさいな!!魔導師たちの傲慢と虚栄の塊が何言ってんの!?あたしもあんたたちも能力に差があっても中身はどうせ似たようなもんよ」
とんでもない暴論である。
<はあっ、ははははっは>
<ああ、確かにそうさ。我々は魔導師たちの傲慢と虚栄を具現させたモノ>
<お前の傲慢も嫌いではない>
しかし、魔導書たちはその暴論が気に入ったらしい。
呵々大笑と共に、部屋の空気が緩む。
「じゃあ……」
どっがあああっん
どこからともなく、意味不明な爆発音が響いた。
「……………」
『禁制魔導書』階にたっぷり沈黙が満ち満ちた瞬間を狙うように、真鍮色の鼠が数匹大きな鏡をユーリの前に掲げる。
『どうだっ!?まいったかコノヤローちくしょうめ!!』
『なんなんだ!?これはっ!?おい!!ランク!!』
『ランク先輩!俺たちまで殺す気ですかっ!?』
白黒の市松模様が美しい部屋の中、白い瓦礫の上で高笑いしている赤髪の少年と彼に詰め寄る数人の少年たちの姿が鏡に映る。
煤まみれだが、誰も彼もとっても元気そうだ。
「……………あたしの性根の歪みっぷりはとりあえず置いといて、あの人たちに図書館をうろつかれる前にどうにかして追い出す方法を考えません?」
<善処しよう>
魔導書たちの重々しい声が重なった。
「おっしゃああああっ!!」
白いキングだった物の成れの果ての上でランクが勝利の声を上げた。
「なにやっとんじゃあああっ!?」
グレンの悲鳴のような声が響く。
まぁ、言いたくなるような惨状である。
白いキングはランクの持っていた四角いモノに爆破されて全壊、傍にあった駒たちも半壊したり、爆風に巻き込まれて倒れている。
「俺はキングの王冠を奪えと言ったんだぞ!?王冠ごとキングを壊してどうするんだ!?」
「そんな細かい事気にすんなよ。どうせこのキングから王冠獲るなら壊さなきゃダメだったわけなんだし」
「ふざけんな!!おかげで白のキングの指揮権を奪って、白の駒を黒の駒共と闘わせて活路を開くっていう計画がぱぁじゃねえか!!」
「そういう事は先に言え!!いまさらやっちまったモンはしょうがねえだろう!?」
あまりにグレンが怒るものだから、ランクは不機嫌に声を荒げた。
「あの兄弟はこの異常事態の中、なんで元気なんでしょうか?」
白い駒の傍にいたせいで瓦礫の下敷きになったゼクスを手助けしながら、仲のいい義兄弟の喧嘩を見、セルフはドン引いた。
「やけくそなんだろ。グレンの言う事が正しいなら、俺達は活路を開く方法を無くしたわけだし」
トランを助け起こしたエクエスが落胆を隠しもせずに言う。
「………俺は、またガスパール義兄弟に踊らされたのか?……無駄に」
瓦礫から這い出たゼクスを三人の騎士科生徒は不憫そうな顔で見下ろす。
この中で一番頑張って駒と戦い、そして一番被害を被ったのがゼクスだろう。
ぐったりと四肢をついて項垂れる姿が痛々しい。
「いや、でも先輩たちの奮闘ぶりにビビったのか、黒の駒も襲い掛かってきませんよ?」
「ん?そういえば黒の駒が襲い掛かって来ないな」
セルフのフォローを聞き、きょろきょろとエクエスが周囲を見回す。
しかし、先ほどまであったはずの黒い駒がすべてなくなっている。
「え?」
「駒が無くなっているぞ?」
周りが静かになっている事に気づいたのか、ガスパール義兄弟も不審そうに周りを見回し、こちらに戻ってきた。
「見て!!」
「白の駒が……」
セルフの指さす先、白の駒が消えていく。
そして。
「で、俺たちはこれからどうするんだ?」
白黒の市松模様の部屋の中、騎士科生徒以外何もいなくなった。
そんな彼らの足下が何の予告もなしに消失した。
「はっ!?」×5人
少年たちは悲鳴と共に市松模様の部屋から消え、何事もなかったかのように白黒の部屋にはまたしてもチェスの駒たちが鎮座した。