77P科学と魔導の交響曲Ⅶ
一方その頃
「うっぎゃあああああああああああああああっ」
白黒の市松模様が美しい部屋の中、品の欠片もない悲鳴が響き渡る。
セフィールド学術院騎士科の制服をまとう少年たちが、悲鳴をあげながら全力疾走していた。
「ちっくしょおおおおっ!!なんなんだよここはあああああっ」
「図書館の中なんじゃないのか?あの宮廷魔導師が言う事が正しければの話だが」
ランクの悲鳴に、彼の背中から冷静なグレンの声が応えた。
「こんな部屋見た事ねーですけどっ!?」
灰髪の少年―トランが悲鳴のように叫ぶ。
「そりゃあ、たまにしか図書館に来ないお前たちにこの『賢者の大迷宮』の全貌を知るには無理があるだろう。お前たちより図書館を利用している俺だって知らなかったのだからな」
「じゃあ、この部屋が王立学院図書館でない可能性はっ!?」
「無きにしも非ずだが、なるべく希望は多い方がいいと思わないか?」
「どういう意味ですか!?」
ゼクスからの問いに意味深に返したグレンを、茶色の髪を汗で額に張り付かせたセルフが問う。
「この部屋は敵の陣地の中で、もちろん俺達にはここがどこなのか何なのかもわからず、この部屋を脱出できたとしても希望がないパターンだ」
「それは、考えたくっ、ないなっ!!」
エクエスが息切れしそうになりながら叫ぶ。
「つーか、そんだけ喋れるならグレン。降りろ!!さすがにもうしんどいぞ」
「すまん。ランク。それは嫌だ」
「なんでだっ!?」
「体がまだだるい。あのスピードで追いかけられたら、確実に轢き殺される」
グレンは言いながら後ろを振り返る。
彼らの後ろからは、彼らの二倍以上の大きさを誇る白と黒のチェスの駒が巨体をものともしないスピードで追いかけてきている。
「ちぃっくしょおおおおっ!!なんで俺達だけこんなとこに落とされたんだよおおおおっ!!」
八つ当たり気味にランクが叫ぶ通り、この部屋の中にいるのは騎士科の生徒総勢5人と魔導科生徒1人の計6人。
図書館司書3人と宮廷魔導師1人は彼らがこの部屋に着いた時にはいなかった。
「図書館司書の3人とはぐれたのは本当に痛いな。彼らなら、この部屋が図書館のものなのかそうじゃないのかわかるのに」
「でも、あの3人も知らない部屋が図書館にはあるって言ってなかったっけ?」
「言って、…な」
「エクエス。もう喋るな。お前は走ることに集中しろ」
息切れの激しいエクエスにゼクスは気遣うように目を向ける。
そろそろ何とかしなければ、エクエスは限界だと全員が悟った。次にヤバそうなのはランク。
負けず嫌いな性格と性根にしみ込んだド根性でどうにかなっているようだが、グレンを背負ってほぼ全力に近い疾走を続けている。
「…………賭けに出るか」
グレンはぽつりと呟くと、ゼクスに目を向けた。
「俺の記憶が正しければ、あなたはゼクス・ツヴァイ=オウカ・エイガット。対魔導武術であるオーブ流剣術の師範代級だとか」
「……師範代かどうかは知らないが、それなりに使える」
ゼクスの愛想のない返事を聞き、グレンはふっと皮肉気に頬をゆがめた。
「このまま走らされ続けて、疲れ果てて轢き殺されるか、俺の口車に乗って一か八かの賭けに出るかどっちがいい?」
「………俺はお前たちガスパール義兄弟の口車に乗ってエグイ目に何度となく遭ったな」
嫌そうな顔でゼクスはグレンを見、隣で今にも息絶えそうな顔で走るエクエスを見た。
「だが、この状況を打破するにはお前の口車に乗るしか手がなさそうだ!!言え!!その賭けに乗る!!」
「よし、隣のエクエスを転がせ」
「おうっ」
グレンの言葉に従ったゼクスの足が、ガッと鈍い音を立ててエクエスの足を掬った。
「はっ!?……げぶっ!?」
「おいっ!!まっ、えっ?エクエスうううっ」
ランクのツッコミは一瞬遅かった。
転がされたエクエスに馬の形のチェスの駒が襲い掛かる。
「なにしてんだああああああああっ」
「エクエス先輩いいいいいっ」
騎士科生徒たちの悲鳴が響き渡る中、黒い駒までエクエスに襲い掛かった。
ガゴンッ
「よしっ」
息も絶え絶えに倒れこんだエクエスの頭上で白い馬の形のチェスの駒と黒い塔の形のルークの駒がぶつかり合う。
「エイガット!!いまだ!ナイトの駒を砕け!」
「………無刀っ、一拳破閃!!」
ルークに当たって崩れかかっていたナイトの駒はゼクスの正拳を喰らって崩れた。
「セルフ!!ぼおっとするな!!エクエスを助けろ」
ランクの鋭い声で、ナイトの駒が崩れたことに驚いていたセルフはわたわたと倒れていたエクエスに駆け寄り助け起こした。
「崩れた」
トランの呆然とした声を聞きつつ、ランクは油断なく周りを見渡す。
駒がひとつ減ったことで白の陣営はわずかだが動揺し動きを止めている。
「グレン!何をすればいい?説明はしなくていいから、指示を出せ!!」
「どうにかして白のキングを崩せ」
ランクの問いに簡潔にグレンが応えた。
「グレン、下ろすぞ!!エクエス!!グレンを頼む!!トラン!ゼクスの補助!!セルフは俺と一緒に来い!!」
「ランク先輩。何するんですか!?」
「グレンの賭けに乗る!!俺たちはキングを狙うゼクスとトランの補助だ」
「でも、俺オーブ流使えません……」
半泣きで申告したセルフを振り返ることなく、ランクはセフィールド学術院騎士科生徒専用の半長靴に仕込んだナイフを二本両手に構えた。
「ああ、俺もゼクスみたいに自由自在に使えない」
「じゃあ」
「でも、俺にはとち狂った義弟がいてな。オーブ流よりきついのぶちかましてやる」
ランクは言いながら、腰のベルトの小さなポケットから、紙でぐるぐる巻きにされた四角の固形物とマッチをセルフに放る。
「白のキングの王冠を奪え!図書館内は魔導が使えない!!お前らの馬鹿力と根性だけが頼りだ!!」
「アイッッサー!!」
騎士科生徒のやけくそ気味の鬨の声が響いた。