76P科学と魔導の交響曲Ⅵ
久しぶり投稿です。
長らくお待たせしました!!
「え?」
イオンの目の前で『断罪人』達の姿が瞬きの間に消えた。
「何で!?何が起こった!!」
呆然とするイオンの隣で、クライヴは動揺ひとつ見せずに彼の背に手を添える。
「さぁ、行きますよ。エリアーゼ館長が待っています」
「おい!!あの超常現象を見せられて、おいそれと近づけるか!?」
「退学・停学」
「行きます!!」
にっこり微笑んだクライヴに、イオンは速攻で従った。
「……これで死んだら図書館に憑りついて化けて出てやる」
ぶつぶつと恨み言を吐くイオンにクライヴは苦笑した。
「大丈夫ですよ。我々から離れなければ」
「それなら、俺いらなくない?」
「君にはやって貰いたい事があるんですよ」
「……帰っていい?」
再度訊いたイオンの声に被さるように図書館の扉が薄く開いた。
「退学になってもいいのならば?」
「生意気言ってすいませんでした!!」
角灯を持ったエリアーゼがにっこりと微笑んで、その姿を闇夜に現す。
その姿を見たイオンは、腰を深く折って彼女に後頭部と自作した液体Xを差し出す。
「この液体がそうなんですね?」
「ええ、実際にインクで書かれた絵を消していました」
イオンの代わりにクライヴが応えた。
エリアーゼは興味深そうに、フラスコの中で揺れる液体を見つめる。
「いいでしょう。残りの液体をもって、今から言う場所に描かれているであろう魔導陣を消してきてほしいのです」
にっこりと微笑んだエリアーゼの表情がふと硬直する。
それに気づいたクライヴが振り返りざまに魔導を放った。
壮絶な爆発音と爆風。
夜の闇が一瞬遠のいて真昼のように明るくなった。
「ぎゃーっ!?なになになにっ!?」
「黙って!!こっちに!!……クライヴ!!頼みました!!」
あまりの眩しさに閉ざした視界の中、エリアーゼの声と共にイオンは図書館内に引き込まれる。
ぱたりと閉じた扉をちらりと見やり、クライヴは飛んできた刃を素手で払った。
「あっぶないな~。もう、『学院』の司書ってみんな何でそんなに戦闘能力が高いわけ?」
「図書を狙う曲者が多いですからね。あなたのように」
「え~っ!?僕は一冊も魔導書を盗ってないんだけど?」
こてんと首を傾げて見せたのは、黄銅色の髪の魔導科生徒の制服を着た少年。
クライヴはその顔に薄っすらと見覚えがある。
魔導書をまた貸しした生徒だ。
「『学院』の生徒に化けて何をしているのですか?“世界樹”《ユグドラシル》の使徒?」
「………中に、入っちゃった」
閉じられた扉を見、イオンは呆然と呟く。
その隣でエリアーゼは気を取り直すように首を振る。
「こうなっては仕方ありません。あなたはここで何も触れずにじっとしていてください」
「はいっ」
その場でイオンは良い子のお返事をした。
その姿を見、エリアーゼは単身歩を進める。
向かうは魔導階・専門階へ直通する扉のあるホールだ。
ホールの一角は夜の闇に沈み、不気味に静まり返っている。
だが、ふとエリアーゼはその闇の中に蠢く何かと小さな金属音を捉えた。
その音は、この王立学院図書館で何度も何度も聞き、身に染み付いた音だ。
「イオンっ」
「え?」
切羽詰まったエリアーゼの声と共に、イオンは自分の体が突き飛ばされて転がるのを感じた。
ぱあんっと軽い破裂音と共に、イオンとエリアーゼがいた場所の床が黒く焦げる。
それを見たエリアーゼは少しばかり顔を強張らせながら微笑む。
「………とっくに魔導書階に入っているかと思いましたが?」
「オストロ教授!?」
エリアーゼの視線の先にその姿を見つけたイオンは慌てて、固い柱のようなものを掴んで立ち上がろうと足に力を入れ、中腰になる。
……そう、彼は固い柱のようなものを掴んだ。
「あ」
彼が触れたと感じた瞬間、触れていたモノの感触が消え、その先に吸い込まれるように体が倒れていった。
「あああああああああぁあああああああああ」
エリアーゼとオストロ教授は見た。
イオンが大時計に触れた瞬間、彼が触れた場所が歪んで大きな穴に変わり、彼がその穴の中に勢いよく転がり込んでいく姿を。
「………」
沈痛な面持ちでエリアーゼは顔を覆い、がっくりとうなだれた。
時を刻み続ける大時計はイオンをどこかに吸い込んだことなどなかったかのように泰然とそこにある。
微妙な空気になった男女の間を静かな時計の音だけが響いた。
「兎に角、来い」
「……はぁ」