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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
81/85

75P科学と魔導の交響曲Ⅴ

鐘の音は一定の間隔で、波のように緩急をつけて図書館中に響き渡る。

「魔力を帯びた音が魔力に満ちた場で一定の旋律を奏でる」

細い声が大時計の前で歌うように紡がれた。

夜の闇に沈んだ広い玄関ホール、まるで彫像のように見える調度品の中で彼女のみがまるで白黒の絵画の中に落とされた絵の具のようにくっきりと浮かび上がっていた。

「ユーリさんは、気づいていないのでしょうね?」

金の髪が角灯(ランタン)の淡い光を反射して月光のようにきらきらと輝き、彼女の美貌を彩る。

「これも一つの魔導なのですよ」

白魚のような指先が時計の文字盤の硝子を撫でる。

「この王立学院図書館という空間の中のみで、この魔導は絶えず循環し続けている」

垂れ目気味の美しい瞳、整った鼻梁、花弁の様と称される可憐な唇。絶世の美貌も表情がなければ絵画のように虚ろでどこか空恐ろしい。

「この魔導こそが『罪の証』。そして、この国の始まりでもある」

どこからか、バタバタと走る音と叫び声が聞こえてくる。

「………すべては『賢者』と『愚者』手の中に」

でも、とエリアーゼは小さく声を切り、意を決したように指先に短剣を走らせる。

「生者としての選択はさせていただきます」

黒く沈む部屋の中、角灯の光の下で彼女の血は伝説の石と伝えられる賢者の石のように美しく魅了した。


世界が割れるかのように響き渡る轟音。

重く低い重低音に脳髄を震わされてアヴィリスは目を開けた。

目に映ったのは極色彩の洪水。

色も形も様々な“何か”が真っ白の世界の中泳ぐように踊るように揺れている。

まるで宝石を詰めた万華鏡(カレイドスコープ)

その中をアヴィリス達が赤と金の球体に守られながら浮かんでいた。

(これは)

あまりの美しさに目を奪われ、張り詰めていた精神が綻んだ。

きつく張った弓の弦が少し揺れた、その程度の綻びを狙いすましたかのように“何か”のひとつがぶつかってきた。

一瞬の浮遊感、そして、赤と金の球体はまるでシャボン玉のように弾けた。

何かに叩き付けられるかのように、アヴィリスは落下した。

(拒絶、された?)

何かに弾かれた……呆然とそう胸の中で呟いた。

それを最後にアヴィリスの意識は飛んだ。



玄関ホールの大時計の鐘の音は図書館中に響き渡った。

一般図書階の迷路のような本棚の奥の暗がり、本棚の角を守るように装飾された青銅の草花と共に刻まれた子鼠がちろりと目を開いた。

音を立てることなく小さな子鼠たちは装飾から抜け出すと、するすると器用に本棚を登っていく。すると、そこには図書階の燈籠(ランプ)から抜け出してきたらしい鳥や蝶、昆虫や子栗鼠たちがいた。

タペストリーに隠された小さな穴、司書が閉め忘れたらしい扉の隙間、天井の換気用の小さな通気口を潜り抜けるファンタジーな行列は何かに導かれるようにある一点を目指している。

その変化は魔導階でも起こっていた。

普段は床下に隠された本棚たちが一斉に床の上に浮上し、本棚に装飾された星座をモチーフにした生き物たちが目を開いた。

のびのびと自由に体を伸ばしたり、翼を広げてバタつかせていた彼らは一通り気が済むと一般図書階と同じようなファンタジーな行列を始める。

それは、専門階でも。

樹木のように乱立する本棚に刻み込まれた蛇の装飾がぱちりと目を開いた。

そして、彼の動きは素早かった。

専門階の最上部から飛んだユーリの体に巨大な蛇の尾が絡みつく。

「………っ」

蛇の尾にぐるぐる巻きにされ、ユーリは悲鳴すらこぼすことなく、専門階の本棚の森の中に隠された。

碧にも蒼にもはたまた銀にも輝く美しい鱗の蛇はユーリの口元の尾を器用にずらし、本棚に絡みつけた巨体を曲げて彼女の顔を覗き込んだ。

「ぶはっ。ありがとう。知恵ある蛇(ニーズヘッグ)

巨大な蛇はお安い御用とでもいうように舌をチロチロさせると、ユーリを自分の体に巻き付けたまま、巨体を器用に本棚に絡みつけながら上へ上へと登っていく。

「知恵ある蛇!!危ないよ。上にオストロ教授がいて、あの人に見つかると何されるかわからないよ」

ユーリの忠告が聞こえているのかいないのか、知恵ある蛇はするすると上に登っていく。

ふと、知恵ある蛇がぐるりと鎌首を擡げて方向転換をした。

ずるずると大きな体を細い廊下に絡みつけ、ぬるりと専門階の外郭、司書たちのみが使う階層に進んでいく。

『赤煉瓦の広間』の扉を開き、知恵ある蛇はユーリの拘束を解き、彼女を縛る鎖に牙をたてた。

「ありがとう。知恵ある蛇」

ユーリがひやりと冷たい額を撫でると、知恵ある蛇は嬉しそうに目を細め、ずるずると道を引き返してゆく。

その体が見えなくなるまで見送ったユーリはすっくと立ちあがる。

『我が領地を、誰が守るのだ』

耳の奥に、悲鳴のようなオストロ教授の声が反響する。

「そんなの、知らないよ」

ぽつりと呟いた声はみっともなく震えた。

『誰が、正しき道を示すのだ』

(そもそも、正しい道って何さ)

世界中のみんなが幸せに正しく生きられる方法があるならぜひとも訊いてみたい。

(…………実践するかどうかは別だけど)

この十数年、たかが十数年の言うなれど十数年分の辛苦を味わってきたつもりだ。

前世の世界では社会が敷いてくれたレールを何となく歩いて行けば、ほどほどに生きていける感じだったと思う。

しかし、今世の世界では残念なことに社会はくっきり平等でないと公言し、何となく歩いて行けるレールはない。

あったとしても、不便だったり危険だったり……自力で何とかしないと平穏無事な生活は手に入らない。

そんな世界の中、貴族に生まれたのは幸運だっただろうが、内実は平民と特に変わりのない生活をし、家族が曲がりなりにも多少使える魔導は一切使えず、黒髪黒目の容姿は奇異の目で見られることが多かった。

そんな中、生きていくには自力で頑張るしかなかった。

理不尽だと泣き喚きたかった。

もう嫌だと投げ出したかった。


正しい道とは、そんな辛酸がなくなる道だという事だろうか?


そうだとしたら……。


「いや、あんな傲慢おやじの言いなりになるのは、ものすっごく腹立つっ!!」

だんっとユーリは足を地面に叩き付けた。

前世の世界では理不尽はぐぐっと飲み込まないといけない感じだったが、社会は平等でないと公言している今世では自分の立場を守るために、色々頑張ることは認められている。

特に貴族はハンカチや手袋一枚で自分の名誉と立場を守るための戦闘が許されているのだ。

実際に、『何か腹立つ』で一国の騎士団に喧嘩売った剣士が、この国にはいた。

(自分で後始末をきちんとするなら、下剋上も良いんでない?ってお父様も言ってたし、あたしの場合はオストロ教授をエリアーゼ館長のところにしょっ引くだけだから……問題なし!!)

「見てろ、傲慢教授!!弱小貧乏貴族の長女を舐めた事、後悔させてやる!!」

漆黒の髪をハンカチでぐっとくくったユーリは駆け出した。

目指すは『禁制魔導書』階だ。


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