74P科学と魔導の交響曲Ⅳ
――……ちりーん
アヴィリスの指先で紐から垂らされた小さな鈴が微かに音を奏でた。
…――……ちりーん……ちりーん………
一定の間隔をあけ、鈴は小さな音を奏でる。
ともすれば、眠気を誘いそうなほど単調で微かな音は洞の中でやけに大きく、空気を清めるように涼やかに響いた。
その音に合わせるように、低いアヴィリスの声が響いた。
『響け、響け。風の眷属の声。閉じた世界よ、弱き力の下で揺らげ』
アヴィリスの声に反応するように、彼の足元で赤い毛糸玉がくるくると回り始める。
そのさまはまるで透明な猫にじゃれつかれているかのようで、所々赤い糸が綻ぶ。
赤い糸は鈴とアヴィリスの声が奏でる二重奏に合わせるようにうねり、彼の足元で複雑な絵を描く。
「…………赤い魔導陣?」
赤い魔導陣はぐるぐると動きながら、形を、色を変えていく。
黒に見えるほどの赤、世界を凍らせるかのような藍、全てを受け入れるかのような深い緑……そして、アヴィリスの声と鈴が最後の旋律を奏で終える。
その余韻が世界を震わせる中、魔導陣はようやく変貌を終えた。
「これは、あの時の」
ランクが慄くように声を絞り出した。
世界中の強欲を集めたかのような、世界をよこせと吠える様な煌く黄金が彼らの足元を彩っていた。
もはや目を開けている事すら難しくなるほどの光を魔導陣が発した瞬間、世界を壊すような鐘の音が響いた。
横倒しになった際に、半分ほど体が本棚の外に出ていたのはラッキーだった。
ユーリはオストロ教授の驚愕した顔を見上げながら思う。
一瞬の浮遊感の後、体が鉛に変わったかのように重く感じた。
しかし、それも一瞬の事だった。
遠くオストロ教授が見えなくなると、ユーリは目を閉じた。
(ざまあみさらせ)
お下品な言葉を胸の内で吐き捨て、恐怖で震える体を騙す。
そして、体中にいきわたるように息を吸い込んだ。
少し埃っぽい、紙とインクと革と木のにおいがユーリの体中に染み渡った。
すっかり身に染み付いた図書館のにおい。
それに勇気づけられるようにユーリは今一度唇を開いた。
『古き時と踊れ踊れ、其の栄華を謳え謳え、其は叡智の番人。
新しき時に揺らげ揺らげ、其の未来を讃え讃え、其は過去の守り人』
【語られてはいけない言葉】が専門階に響く。
「来て、来て。来い!!」
ユーリは飛びそうになる意識を必死でかき集めつつ叫んだ。
「|図書館の番人達≪ヴィヴリオ・ガルディアン≫!!」
コチンッ
時計の針が小さく音を立てた。
その瞬間、
図書館の玄関ホールの時計が図書館中に響く鐘の音を響かせた。