73P科学と魔導の交響曲Ⅲ
一方その頃。
三人の司書と五人の騎士科の生徒とひとりの宮廷魔導師は、知恵を絞っていた。
まぁ、もっぱら知恵を絞っていたのはアヴィリスだけだったが……。
ひとり頑張ったアヴィリスが荒い息を吐きながら、部屋中に書き込んだ魔導陣。
それが淡く点滅しているのを感嘆と共に見上げたロランはアヴィリスに向き直る。
「で、危険性は?」
「五体満足で到着するはずだ」
「到着先が職場なのが幸か不幸か……」
「あんたたちの職場だろう?何が不安なんだ?」
浮かない顔の司書にランクは問う。
「俺たちの職場だから、不安なんだよ」
悲壮な顔でマックスは顔を覆った。
「『賢者の大迷宮』その名は伊達ではないですからね。我々が知っている部屋に到着できれば幸いですが、うっかり知らない部屋に到着したら、脱出できるかどうか……」
不安そうな顔で溜息をつく司書たちを、騎士科の生徒たちはドン引きした顔で見ている。
「………どういう所で働いているんだ。あんたらは」
「賢者すら彷徨うだろうと言われている、『賢者の大迷宮』だ」
諦観しきった、潔さでロランは言い切った。
夜の闇に沈んだ『学院』の中央広場は何かを恐れて息を潜めているかのように沈黙し、さわりとも動かない木々や建物さえ異界のものであるかのように見える。
その中でも、一番異彩を放っているのは王立学院図書館だろう。
暗闇の中でもなおその存在感は健在で、たとえ異界にあったとしてもあの『賢者の大迷宮』だけは違和感もないのではないかと思える。
その巨大で非常識な建物に向かっている一団を夜空はにまりと笑いながら見下ろしていた。
「あの~、何で王立学院図書館に行くんですか?」
走る一団の中、問う声がする。
「魔導陣の中心があそこですからね。早くしないと手遅れになります」
困惑気味に問う若い声に、簡潔に応えたのはクライヴ副館長。
焦燥をにじませた彼らには『学院』中に満ちる濃密な魔力が見える。
視覚出来る魔力は一定の動きで何らかのカタチを作り出そうとしていた。
その、中心に彼ら『断罪人』と共に向かっているのだ。
「ほほ~、それは大変ですねぇ~……で?」
しかし、その中で唯一、魔力を視覚出来ず、首をかしげる少年一人。
「何で俺まで一緒に行く流れになってんの!?俺、一般生徒だよね!?か弱いよね!?なのに何で俺まで!?」
少年、イオン・ガスパールはくわっと声を上げた。
「あなたも連れて来いとの館長の命令です!!」
「いや、いやいやいや。俺、役に立たないよ?自信あるよ?俺は魔導師とは真逆の科学者志望の学生なんだもん」
「理由は館長に聞いてください!!」
イオンの声に負けないほどに荒立った声でクライヴは叫んだ。
「ええぇーっ!?横暴っ!!」
「君たち、いい加減黙っていてくれないか!?集中ができないのだがっ!?」
イオンが不満を垂れると同時に、異常事態に対して一切の緊張感がない二人に、ルファル魔導師がキレた。
「騒ぐなら、帰ってくれ二人とも」
死神の鎌のような杖を掲げ、ルファル魔導師は王立学院図書館前で溜息をつく。
明らかな異常事態であるというのに、応援の魔導師を呼べない。
自分たちが“悪夢の森”に飛ばされている間に『学院』内の魔力が高まり、異常に高まった魔力が外部と『学院』を隔てる結界になり、『断罪人』のチューリ支部に連絡がつかなくなってしまっていたのだ。
そのため、寄せ集めの魔導師たちと共にこの状況に対処しないといけない。
「どんな罰ゲームだ」
何か自分が悪いことをしたのか、……心当たりは多すぎるほどあるが、命を天秤にかけなければいけないような悪さはしていない。はずだ。
彼はふっと頭を振り、『断罪人』を見渡す。
「目標はアルカス・カリスト=アルス・オル・オストロ教授の拘束、彼の行使している魔導の強制停止、もし彼が魔導・武力による抵抗を行った場合、戦闘行為を許可し、彼の生死は問わないこととする」
『断罪人』の魔導師たちの表情が一瞬でなくなる。
彼らの、そして周りの空気の変化に委縮したイオンの背をそっと温かな何かが触れた。
イオンが振り返ると、クライヴ副館長がそっと口元に指をあてながら彼に目配せした。
(動かないで)
口の動きだけで伝えられた言葉にイオンは頷く。
「突入する」
厳かに『断罪人』達が王立学院図書館の扉を開く。
その瞬間、鐘の音が響いた。