71P科学と魔導の交響曲《シンフォニー》
久しぶりの投稿です!!
文字数がうまくまとめられません!!
ちょこちょこ編集しなおしたりしていますが、お楽しみいただければ幸いです。
「君は一体何なのだ?なぜ、何度も私の邪魔をする?」
「王立学院図書館所有の魔導書をさっさと返却してくれれば、あたしだって好き好んであなたに関わろうなんて思わないですよ」
床から乱暴に掴みあげられたユーリは吐き捨てるように言う。
ユーリの言葉が意外だったのか、苛立ちと怒りに染まったオストロ教授の顔に一瞬、困惑が浮かぶ。
「忌々しい『元老院』の手の者に従っているのではなく、魔導書を返して欲しいだけなのか?君は」
「………ついでにうちの館長をつけ回すのを止めて、図書館で何ぞやしようとしているのを止めてくだされば、尚良いんですが?」
「所有できもしない魔導書を持っていて何になるというのだ?魔導書は選ばれた才能と実力を併せ持つ正しき魔導師が持つことで始めてその意味を成すというのに」
「…………それは、どういう?」
皮肉を込めて言い返した言葉に返って来たのは、まるで我儘な子供に言い聞かせる様な声音の言葉だった。
以前にも、同じようなことをアヴィリス魔導師も言っていた気がする。
ただ単に『気に入った魔導書を欲しがっている』、という、普段接する魔導師たちとは違うニュアンスを感じてユーリは問い返した。
何か言おうと口を開いたオストロ教授は、ふとあたりを見回し、眉をしかめる。
「………ふむ、試してみるか」
何か思いついたのか、彼はエリアーゼ館長の杖を振るう。
それと同時にいかにも貴族的な優雅な白い猫足のテーブルセットと白く滑らかな肌を見せつけるいま流行りの美しい色柄付きのティーセットが現れる。
あたりを見回すと、緑なす芝生にあでやかに咲く花々を囲む花壇。
不自然に青い、だがゆったりと雲が流れる空。
「これは、隠し部屋のひとつ?」
歪に美しいこの庭にユーリは見覚えがあった。
「素晴らしい。これが『賢者の大迷宮』の鍵の力か」
「『賢者の大迷宮』の鍵?」
「君が知る必要はないことだ」
オストロ教授のそっけない言葉にユーリは鼻白む。
何が起きたのか理解できないし、彼が何をするつもりかはわからない。
(でも、エリアーゼ館長の杖がこの状況を作ったのなら、オストロ教授が杖を求める理由にはなる)
神聖さすら感じる美しい杖。
エリアーゼ館長の下で働き始めてそれなりに経つが初めて見た杖だ。
しかし、それより現状、ユーリには気になる点がある。
「……………ついでにコレを外していただけると、あたしは実に快適なんですけれど、オストロ教授?」
猫足の椅子に強制的に座らされているユーリは己を縛る鎖を指差して頬を引き攣らせた。
「私が話す分には支障がない。そのままでいたまえ」
「ああ、そーですか」
半分やさぐれた気分でユーリは項垂れる。
無駄とは思っていたが、ここまでけんもほろろとは思わなかった。
「オストロ教授。何故魔導書を魔導に使ったんですか?アレは貴重な国有の知識財産ですよ?つい最近王立学院図書館の図書に火をつけた馬鹿がえげつない賠償金を支払わされた事を知らないとは言わせませんよ」
格上の高位貴族に対し、無礼と手打ちにされてもおかしくない口調でユーリは言う。
ぴくりとオストロ教授の眉が不快げに動く。
「私が使用している魔導を君は知らないのかね?」
「残念ながら、私に魔導の才能は皆無ですので」
「歴史だけは古いマルグリット家ですら満足な魔力を持つ子が生まれることがなくなってきているとは嘆かわしい」
(だけとは余計だ。だけとは!!)
心底嘆かわし気に首を振ったオストロ教授の前でユーリは顔をひきつらせた。
やさぐれて自虐的な事を言ったが、本気で嘆かれると腹立つ。
乙女の矜持は複雑である。
(いや、乙女とか関係ないから!!)
「ふむ。君は、魔導師は好き放題何でも魔導が使えると思っていないかね?」
「実際好き放題使っているじゃありませんか、魔導師達」
首を傾げたユーリに、オストロ教授は苦笑交じりに首を振る。
「一般人にはそう見えるかもしれないが、基本的に魔導師は己の所属する系統内の魔導しか使えない。……我々が他流派の魔導書を読み解きたがるのは、他流派の理念を組み込んで自分の魔導として新しい魔導を生み出すためだ。魔導書に描かれた魔導陣や術をそのまま使う為ではない」
ユーリの脳裏に高級店のレースのハンカチと露店で売っているレースのハンカチが浮かぶ。
例え、似たようなデザインのものを見つけたとしても、高級店は高級店のクオリティだし、お安いところのクオリティはそれなりだ。
(……そういう事にしておこう……)
ぶっちゃけ、よくわからなくなってきたので自分の中で分かりやすく納得することにする。
ちょっと迷走中のユーリの脳みその出来は気にならないのか、オストロ教授はさらに続けた。
「それに、他流派の魔導を組み込んで自分の魔導にするのもまた極めて困難だ。他流派の魔導を組み込んだ魔導を3つ作り出すことが出来れば、“アルス”の名を頂くことが出来る」
“アルス”とは『二つ名』を持つことを公に認められた、力ある魔導師である。
魔導師はあまた居れど、“アルス”の位を持つ魔導師は少ない。
つまり、複数の魔導を使える魔導師は超少数派だと言いたいのだろう。
「だからこそ、魔導具があるのだ。アレがあれば他流派の魔導でも簡単に使える」
ただし、魔導具に込められた魔導のみという制約は付き纏う。
(そのうえ、魔導を複数同時に使えないって、魔導って意外と不便なんだなぁ)
落胆の気持ちが顔に現れていたのか、オストロ教授は苦笑した。
「もっと簡易に他流派の魔導を使用できる方法として、「儀式」があるのだ」
「え?」
「魔導書とは先人の魔導師たちの知識を詰め込んだ本。その叡智を統べ、その魔導書内の魔導を自在に使用できる方法。それが「儀式」だ」
他流派の魔導の知識を得、その魔導を自在に行使する。
それこそが「儀式」の本質らしい。
(「儀式」って効果が意外と普通?)
エリアーゼ館長が忌避し、彼女から聞いた話の割には拍子抜けする効果である。
「儀式」が成った後、街ひとつぶっ飛ぶくらいの被害が出るかと思ったし、実際、エリアーゼ館長も「『学院』が半壊する」と言っていたが、館長が大げさに盛っただけだろうか?
(いや、エリアーゼ館長はあたしを騙しはするけど、嘘はつかない。………あれ?信用できない?)
いやいや、今それは関係ない。
ユーリは頭を振って一旦「儀式」については脇に置く。
それより、オストロ教授が複数の、しかも他流派の魔導書を必要とした理由だ。
魔導師は複数の流派の魔導を自在に使えない。
だから、魔導書による「儀式」を行いたがる。
つまり、
「複数流派の魔導を必要とする魔導を行っている?」
オストロ教授は出来の悪い子を褒めるように薄っすらと微笑んだ。
「ちょっと、待ってください。魔導って複数同時に使う事は出来ないはずでは?」
「魔導書による「儀式」はその不可能すら可能にした」
(「儀式」の危険度がさらっとアップした!?)
永年の魔導師たちの研究議題に実はもう結論が出ていることが判明。
推理小説を読んでいたら、一番謎が深まって、いい感じだったところで「こいつが犯人」何ていう落書きが書いてあったのと似たようなガッカリ感がある。
だが、ガッカリ感を凌駕するほどに「儀式」の危険度は無視できない。
ただでさえ摩訶不思議な事態を起こす魔導が自由自在に使えるようになったら、もはや収拾などつきはしない。
しかも、そんな爆発物を使おうとしているのが目の前の選民思想にどっぷり漬かりきった頑固で独善的なお貴族様だ。
『自己を善と信じている、盲目の人間ほど質の悪い者などないのだよ』
ユーリを『学院』へ送り出してくれた、父の言葉。
唐突に思い出したその言葉を今しみじみと噛みしめる。
「待って、そんなに複数の魔導を必要とする魔導って、何なのですか?」
「この世界の魔導の在り方を正しいモノへ戻す偉大なる『創世』の魔導だ」
己に酔うように紡がれた言葉をユーリは半眼になる。
「いや、私の訊き方が悪かったです。その『創世』の魔導とやらが成功したらどういう効果が生まれるんですか?」
「いまこの『学院』、……このザラート王国で科学という下賤な学問が流行っているのは知っているかね?」
「下賤かどうかは分かりませんが、公に認められて、発展しているのはこの国だとは聞いています」
まるで科学を流行り病か何かのように称するオストロ教授は実に忌々しそうに顔をゆがめた。
「愛しき臣民、幼き子たちの目を惑わすものなど不要であろう?」
「まさか、科学をなかったことにするとか、考えていません?」
「無かった事。ではないな、その存在が在りえぬ様に世界を新しく再構築するのだ」
にこりともせず、さも当然であるかのように語るオストロ教授。
ユーリは全身の毛が逆立つのを感じた。
あまりの事に表情すら抜け落ちて、腰が抜けそうになる。
(こんな、こんな………)
一瞬の空虚ののち、浮かんだのは頭が沸騰するような熱。
「そんな、あなたの馬鹿馬鹿しい考えのためにどれだけの人が傷ついたか!!貴重な国の財産である魔導書までそんな無駄なことに使って!!たとえっ………いっ!!」
ガシャンッとユーリを拘束する鎖が耳障りな音を立てる。
体に喰いこむ鎖の容赦のなさにユーリは息をつめて痛みに耐えた。
「君の話を聞く気はないのだよ。ユーリ・トレス・マルグリット」
侮蔑に染まり、酷薄にユーリを見下ろすオストロ教授をユーリはギッと睨み据える。
高い位置から見下ろされ、痛みを与えられる、その威圧は正直怖い。
だが、ユーリにもちょっとした矜持があったらしい。
(こいつの言う事に、屈したくない!!)
その意志だけがユーリの心を支えていた。
しかし、同時に睨み合いに意味がない事も気づいている。
だから、
「何故?」
問うた。
「何故、ここの、『王立学院図書館』の魔導書で「儀式」をしたんですか?」