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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
73/85

67P子羊たちへの応援歌Ⅲ

クライヴの手許で銀色の小さな鏡がゆっくりと光を収縮していく。

「……手厳しいな」

「子供の安全を守るのは大人の責務です」

涼しい顔で言い切ったクライヴをルファル魔導師は疑わしそうな目で見やる。

「彼をどこに飛ばした?」

「今頃、ユーリと一緒に図書館に向かっていますよ」

「…………信じるとしよう」

いまは戻って確認する時間が惜しい。

「ルファル魔導師!!」

前方を行く魔導師達の緊迫した声。

立ち止まった魔導師達の目の前でオストロ教授とその仲間らしい者達が消えた。

その瞬間、鋭い閃光と不快な浮遊感が襲う。

「っ!?」

「やられましたね」

ルファル魔導師の隣で立ち止まったクライヴはあたりを見回して呟く。

気がつくと魔導師達のあたりの風景が変わっていた。

「転移系魔導でどこかに飛ばされたか」

「こーいう風に飛ばされる事例に覚えがありますよ」

ほとほと嫌そうな顔でクライヴは言う。

鬱蒼と茂る木々に隠れるように薄らと月光が差し込んで、各々の顔を青白く染めていた。

「確か、オストロ侯爵家が“侯爵”たる所以は所有する領地内に恐ろしく危険な森があるから、でしたね?」

どしん、ずしんと何か重いモノが四本足で歩いているような音が徐々に近づいてくる。

「ああ、建国の頃からこの森から魔獣が出て来ないように守り続けて来た功績と魔獣に立ち向かうべく研鑽された魔導の技術により、オストロ家は重用されている」

ルファル魔導師はもはや諦観の表情で近づいてくるそれを見上げた。

それ(・・)は金の円らなおめめと10Eはくだらない巨体、額から生えた角を持つ森のくまさん。

「“悪夢の森(アルプトラウム)”の主がお出ましですか」

巨大熊(グランド・ウルス)が絶対王者の風格で森を震わせる咆哮をあげた。



ガチンッ

「あれ?」

図書館の玄関に立ったユーリは扉が動かない事に首を傾げた。

「おかしいな。この時間、ここが閉まっているって事はありえないんだけど」

もう閉館時間とはいえ、職員は残っているはずだ。

“悪夢の森”から帰還した後、壊れてしまったのかただの時計になってしまった懐中時計で時間を調べながらユーリは呟く。

仕方ないとユーリは裏技を使う事にする。…なんて事ない従業員用出入り口なのだが。

図書館の裏手にあるそれを開いた瞬間、

「うわっ!?」

「ゼクス先輩!?」

悲鳴と共に金色の光に飲み込まれるゼクスを見た。

「オストロ教授!!」

光が止んだのち、現れた彼は悠然と微笑みながらユーリに細緻な装飾が施された杖を向けた。

「エリアーゼ・シエロ・コガの下に案内して貰おうか?」


一方、その頃。

「つまり、お前の義兄弟があの不気味な部屋(?)に囚われている、と」

突然平静を失ったランクから聞きだした話を要約したロランはふむ、と首を傾げる。

「いつから捕まっているのかわからんが、かなりヤバいだろうな」

見ろ、とロランが指差すのは先程落ちて来た魔導師達の蛹。

その足下には何か金属のような塊が落ちている。

「魔導師達を捕まえていた魔導機には魔鉱石が使われている。あの紫の光から蛹に変わったヤツはどうやら魔力を吸い取っているみたいだな」

「うわぁ、えげつない」

茶化すかのように軽いチャーリー口調、しかし、彼の表情は非常に険しく、真剣だ。

彼らが交わす言葉はこの異常な空間の中でありながら、現実的(リアル)だった。

だからこそ、

「抜刀おおおおおぉぉぉぉぉっっ」

ランクの悲鳴のような雄叫びが暗い空間を引き裂かんばかりに響く。

「ちぃええええぇぇぇっすとおおおおおおおおっ!!」

閃いた、一陣の刃。

刃は隙間の穴を僅かに広げたあたりで折れた。

「くそっ!!」

ランクは腹立ち紛れに折れた剣を地面に叩き付ける。

「オーブ流剣術か」

「やるならやるって言ってくれ。超耳痛い」

感心したように頷くロランの隣でマックスが耳を押さえて唸った。

「お荷物ばっかり押しつけられたと思っていましたが、実力のある人もいたんですね」

「…あんたら」

「チャーリーさん。本当に容赦ないですね」

乾いた笑みを浮かべながらエクエスは項垂れる。

自分たちの隊の切り札とも言えるランクの剣術がどうにもならなかったとなると本当に手出しが出来ない。

かなり暗い雰囲気の騎士科の生徒達を見下ろしていたロランは、ロープがキシキシと音を立てている事に気づいて顔を上げる。

「マックス!!」

警告の声は一歩遅かった。

「あんぎゃっ!?」

ロープの近くにいたマックスの背中に一人の少年が乗っかった。

「ゼクス!?」

マックスの背に降り立った少年をエクエスは呼んだ。

「エクエス?ランクも、か?」

きょとんとゼクスは目を丸くしてあたりを見回す。

「知り合いか?」

突然現れた少年に警戒していたロランは、騎士科の生徒たちの反応を見て軽く息をついた。

「ここは」

「良い所に来た!!超絶方向音痴ぃぃぃぃっ!!」

ゼクスの発言を遮ってランクががっしりと彼の肩を掴んだ。

同級生のランクの血走った眼とド迫力に息を飲んでゼクスは一歩引いたが、がっちりと喰い込んだランクの手がそれを許さない。

「ゼクス!!この隙間を広げてくれ!!この壁の向こうに義弟が囚われているんだ!!さっさと助けてくださいお願いします!!」

「わっ、わかった!!」

懇願なのか命令なのかわからない、とにかくド迫力で詰め寄られたゼクスはわけもわからず頷いた。

「あ、おい。ちょっと!!勝手な事は」

「危ないですから、近づかないで下さい」

驚いて駆けよるチャーリーをエクエスが押しとどめる。

困惑気味に立ち止まったチャーリーは助けを求めるようにロランを見上げるが、彼は煙草を軽く上下させるのみ。

困惑する司書達と騎士科の生徒達の期待が満ちる中、深く、深くゼクスの呼気だけが響く。

彼は呼気に合わせてゆっくりと体の重心を落とし、拳を構えた。

そして、

「イィィイヤアアアアッ!!」

一瞬の静寂を裂いた、気合。

ゼクスの正拳が当たると同時に、壁の隙間がさらに広がった。

「え?」

ぎょっと目を見張る司書一同を余所に、騎士科の生徒達はほっと息をついた。

「え~と、一応アレもオーブ流剣術なんだよな?」

隙間を広げて、どうにか大人でもすり抜けられそうな穴にした正拳突き。

それをやったゼクスを見比べながら、マックスは問う。

「はい。オーブ流剣術、無刀武術のひとつです」

トランはきらきらと目を輝かせながら頷く。

「4年坊主がよくまぁあそこまでオーブ流剣術を使えるもんだ。……何者だ?」

ロランが紫煙を吐き出しながら問う。

歴戦の傭兵ばりの鋭い視線をゼクスは真っ向から受け止めてみせた。

「名前は?」

「ゼクス・ツヴァイ=オウカ・エイガット」

「エイガット……」

その名を繰り返した途端、ロランは僅かに顔を顰める。

「エイガットって、『オールロの内乱』で……あ」

しまった、とマックスが何気なく口にした言葉にゼクスは表情を失くす。

「おい!!先に行くぞ!!」

一瞬流れた気まずい空気を裂くように響いた声。

そちらを見ると、ランクが無謀な行動に出ていた。

セルフにロープの端を掴ませ、隙間の向こうの部屋(?)に降りようとしていたのだ。

「えっ!?オイ待て!!」

「ランク!!早まるな!!」

「“家族”の危機だ!!許せ!!」

捨て台詞と共にランクは怪しげな部屋の中に飛び降りた。



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