64P魔導で奏でるお伽噺Ⅴ
ロランの要請に従って、穴の中に降りたランクは目の前の光景に息を飲む。
どこまでも暗い、漆黒の闇の中を金色の幹がぽっかりと浮かぶように垂れ下っている。
暑くも寒くもない、ただ闇と金の幹のみがある空間で、ロランが使ったロープを伝ってゆっくりと金の幹に近づいて行く。
金の幹の中ほどにぽっかりと暗い穴が開いている。どうやら洞らしい。
その淵にロランが立ち、ロープを支えている。
「おう、大将。勇気あるな」
「あんたにだけは言われたくねえ!!」
不格好にロープから洞に降り立ったランクをロランが出迎える。
思わず噛みついたランクの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でたロランは軽く笑って、脇にどくように指示する。
「何か、あったんですか?」
「そこ、穴が開いているから、覗いてみろ」
指差された先にぼんやりと仄かな光を発するわずかな隙間。
光の色は禍々しい紫色を帯びていて、思わず覗き込むのを躊躇してしまいそうで、普通に暗い周囲よりもより闇が濃いように思えてしまう。
怯みそうになる意思を度胸で乗り越えて、ランクは勢いよく隙間に目を突っ込んだ。
「…?」
洞の中の隙間の向こうにはさらに空間が広がっているらしい。
歪曲した壁がぐるりと丸い円を作っている。
その壁の間にぽつり、ぽつりと紫色を帯びた光の球のようなモノが浮いていた。
毒々しい紫の光がぼんやりと暗く照らす丸い部屋の中、壁に何か楕円形をしたモノがへばりついているのが見える。
一瞬、ランクの頭によぎったのは、科学者気どりの義弟が「虫の変態を観察する」と箱の中に蝶の幼虫を飼っていた光景だ。幼虫は最終的に箱の壁にくっついて蛹になっていた。
なぜ、その光景が思い浮かんだのか、それはすぐにわかった。
「…ひと?」
闇に目が慣れ、その禍々しい光景がやっと理解出来た。
蔦のようなもので拘束され、さながら蝶の蛹のように、人が壁に括りつけられている。
丸い空間、おそらく、金の木の内部の洞の中に何人もの人間が囚われていた。
「喋るな」
思わず沸いた嫌悪に上げそうになった声を、後ろから伸びた大きな手で封じられる。
力強いその手と落ち着いた声に宥められて、嫌悪を飲み込む。
ランクの目に冷静の色が浮かんだことを確認したロランはそっとランクから離れる。
ランクが振り返ると、ランクの後から来たのか、チャーリーと騎士科の仲間たちが集っていた。
最後にマックスが降り立って、全員がそろった。
だが、彼らの表情が微妙に固い。
「……何があった?」
ロランが単刀直入に問う。
「魔導師達が、消えた」
チャーリーの言葉に、ランクは思わずエクエス達を見る。
彼らは無言でチャーリーの言葉を肯定するように頷いた。
ロランから降りてくるように指示があり、ランクが穴に飛び込んだ後、マックスとトランは金の幹の側に置いて来た魔導師達の様子を見に行ったらしい。
だが、彼らのいた場所には誰もいなかった。
魔導と行動を封じられ、動く事のままならない彼らが自力で脱出したとは思えない。
とにかく、個別で動くのは危険と判断したため、皆穴の中に降りて来たらしい。
「……あの“護符”と魔導機を俺達司書の許可なく外せるとは思えねえが……」
「どんだけあんたらの装備強力なんですか」
ロランの不穏言動にランクがツッコむ。
「しゃあねえだろう。魔導書が絡んだ魔導師は常識がぶっ飛ぶんだから」
「ふっつーに攻撃魔導ぶっ放して来ますからねぇ」
のほほんとチャーリーが微笑むのが物騒。
(……どっからツッコむ?俺)
迷走した時点でドツボである。
常識と非常識の間で揺れる自分の良心を引き上げてとにかく現状把握に努める。
・金の木が生えているこの場所は魔導的に作られた異空間である。(多分?)
・この空間はセフィールド学術院の魔導科生徒と外部の魔導師達が作り上げた物である。
「ずっと気になってたんですけど、こんな大掛かりな魔導、外部からの協力があったとしても、魔導科の学生ごときが作り出せるんですか?」
異空間を作り出す魔導なんか聞いた事も見た事もないランクである。
すると、王立学院図書館の司書ズが苦虫を百匹くらい噛み潰したかのような表情でお互い目配せをし合った。
「考えたくは無いが、魔導書を使って「儀式」をしたと考えるのが妥当だな」
「「儀式」って魔導書内の魔導を使えるようになる事ですよね?こんなにとんでもない事が起こせるもんなんですか?」
セルフの問いに、マックスは難しそうに唸る。
「……俺達は、まともに「儀式」が成功している様を見た事がないからな。何とも言えないが」
うぅん、とロランは唸る。
「だが、もし、この状況が「儀式」の成功例であるならば、なるほど、『元老院』が「儀式」を禁ずるのも頷ける」
同意するように、皆頷く。
こんな非常識な事、ポンポン起こされては困る。
では、一応ここが魔導書を使って、魔導師達が作り出した異常空間だと仮定したとして。
・ランク達と一緒にこの空間に落ちて来た魔導師達はどこに行ったのか?
・金の木の中に囚われている人達は何者で、何故囚われているのか?
・そもそも、この金の木は何なのか?
「魔導師達はどこに行ったんでしょうか?」
「単独では動けないとしたら、協力者がいるんじゃないかな?」
協力者。
騎士科生徒達の厳しい顔に、司書ズは満足そうに頷く。
賭けてもいいが、確実に敵側である魔導師達を助けた者が自分たちの味方であるはずは無い。
協力者がどこにいるかはわからないが、穴の向こう側には何もなかったため、いるとすれば、いまランク達のいるこの場であろう。
「警戒レベルAAA」
ランクの声に反応して騎士科生徒達が動く。
司書達を中心に囲むように。
「俺達は護衛対象か?」
「ええ、この場で俺達が生き残るにはあなた達が持つ知識と魔導機がいる」
ロランのからかうような声にランクは固く返す。
ふと、辺りが明るくなった気がして顔をあげた。
僅かな隙間から差し込む紫の光が強くなっている。
「?」
振り返ると、エクエスが頷いて司書達を守るように前に出る。
ランクは一人、そっと隙間を覗き込む。
その瞬間、何かに追い詰められたかのような悲鳴が響いた。
「この声、あの魔導師の声?」
チャーリーがぽつりと呟く。
ロランに尋問されて喚いていた傲慢そうな壮年魔導師が思い浮かんだ。
「おい」
ランクの隣にロランが立ち、彼もいっしょに穴を覗き込んだ。
紫の光に包まれる様に、ランク達と共に来ていた魔導師達が洞の中の空間に落ちてくる。
紫の光がクッションになっているのか。かなりの高さから落ちてきているはずなのに彼らは怪我ひとつないようだ。
そんな事を考えながら見ていると、いきなり紫の光が彼らに巻き付き、壁の中に縫いとめ始めた。
魔導師達は悲鳴を上げながら抵抗するが、紫の光が強くなるほどに彼らの動きが弱く、鈍くなって……彼らは壁に括りつけられた蛹のような姿になった。
息すらできない様で、それを見守っていたランクだが、ふと強い紫の光の余韻の中でひとつの蛹に目が引き寄せられた。
「………ッ!!」
悲鳴が出そうになった口を次は自分で塞いで、後退る。
「おい。どうした?」
あまりにおかしいランクの行動に、ロランが問う。
だが、ランクはそれどころではない。
「何で、こんな、どうして」
混乱する頭を抱え、早くなる息を止めるように手を口に押し当てる。
止まない耳鳴りに対抗するように目を閉じ、呻くように蹲った。
生真面目そうな顔立ちの、同い年の義兄弟。
「グレン」
彼の名をランクが絞り出すように唱えた。