表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
7/85

6P水面下の混沌

『禁制魔導書』達も『学研』に興味深々。


ちなみに、彼らは歴代最高・最上の魔導師が心血を注いで作りあげた極上の魔導書です。


なので、彼らの話にお気を悪くしたとしても許してあげてください。

<その少年は、馬鹿だな>

<ああ、アホだ>


「あはは、そう言うと思った」


ユーリは『禁制魔導書』階にいた。

放課後、イオンが起こした騒動とその後ミーシャに図書のまた貸しをせがんだ様子を語ると、やはり『禁制魔導書』達は辛辣(しんらつ)なツッコミをいれた。


<その少女。ミーシャか。 どこかの武人を親に持つ娘か?>

<同い年とはいえ男に回し蹴りと一本背負い極めるのは、なかなか難しかろう>


「うん。 お父さんが王宮勤めの騎士で、護身術を一通り叩きこまれたんだって」

<ほう>

華麗に極まった回し蹴りと一本背負いを思い出したユーリはくすくすとこらえきれずに笑った。



あの後、イオンに図書のまた貸しを迫られたミーシャは彼と言い争い、結局喧嘩になった。


その最中、


『いや、こっちにも事情があってだな!! って!!わぁ!!』

『いい加減に!! やあっ!!』

しつこいイオンをミーシャが振り払った瞬間、バランスを崩したイオンがミーシャの体に抱きついた。

『あ』

本人は後々、(もた)れかかっただけだと抗弁するが、ユーリから見れば、ミーシャの胸に顔を突っ込んで抱きついたイオンの姿しか見えず。

『きゃああああああっ!!』

いままで男勝りな口調しか使っていなかったミーシャが初めて少女の様な言葉使いをした事に驚く間もなく、イオンの体が宙を舞った。




「でも、ちょっとほっとしたんだ」

<何をだ?>

「ミーシャもアリナもフィーナもきちんと自分の道を決めて進んでいて、特にミーシャとアリナはすごく立派な事を言ってて、……なんていうか、その……自分が置いて行かれたような気分になって……」


科学を志すミーシャと魔導を志すアリナはお互い勉学に研鑽する立場であり、周りは対立しあっているというのに、自らの意思を強く持って、己の意思でお互いに歩み寄ろうとしている。

普通の人には出来ない立派な志を、同じ年でありながら二人は抱いている。

だから、ほっとしたのだ。

ミーシャがイオンと喧嘩するのを見て。

彼女も自分と同じ年の生徒だと実感できて、ほっとしたのだ。

そう言うと(なが)きを知っている『禁制魔導書』達は軽蔑するだろうか?


<お前の小ささは誰よりも我らが知っている>

<いまさら何を言うか>

<そーそー、お前の胸の小ささも>

「うっさい!!」


茶化す『禁制魔導書』達にユーリはムッと顔を顰めた。

結局ここの魔導書達はちゃらんぽらんなのか、と少し落胆する。


<小さなお前はゆっくり大きくなればよかろう>

<大きくなる幅も限られていそうだしの>

<どうせ位など無いに等しいほどの小さな貴族の娘なのだしな>


「なんか、さりげなく失礼な事言ってない?」

小さいだの、大きくなれる幅など少ないだの……。

(でも、気遣ってくれてる?)

「ありがとう」

さわさわと騒ぐ魔導書達はいつもと変わらないように囁き合う。


<どうせお前との付き合いも我らにしてみれば瞬きに等しい>

<我らはここから出られんからな>

<我らの退屈を忘れさせてくれるのはお前だけだ。ユーリ>


(結局、退屈しのぎなのね)

そう思って落胆するが、でも、さっきとは違って気分が大分上昇した。

「じゃあ、あたしはしっかり学校の勉強でもしようかな」


<少しでもお前の伸びしろが伸びるように頑張れ>

<どうせ、それほど伸びないだろうがな>


「余計なお世話!!」

『禁制魔導書』達はやっぱり一言多い。

ムッとユーリが顔をしかめても、我関せずと魔導書達はひそひそと話をし続ける。


<そうそう、『学研』といえば……>

<ああ、『学研』の成果の良し悪しで学科の予算分配が決まるらしいな>


「え゛?」


<ほほぅ、それでは各学科の教授陣も必死になるわけだ>

<なるほど>と頷き合う魔導書達をよそに、ユーリは頬を引き攣らせる。

魔導科と新科学科の対立は知っていたが、事態は予想より遥かにシビアらしい。


<魔導科に行っていた『一級魔導書』や『一級危険魔導書』が言うのだ。間違いはない>

<司書達も今年の『学研』には興味津々らしい>

<仕事サボってよく噂話をすること>


「後でサボってた司書の名前教えて。館長にチクるから」


ペンを回してユーリは司書の噂話を拾って来た魔導書達に顔を向ける。


<魔導階にたむろする魔導師共もよく話題にしているね>

<ああ、新学科加入学部の結果を賭けに使ってるしな>


「……」

司書達が忙しい間、魔導階の風紀は乱れに乱れていたようだ。

(まともな魔導師って世の中にいないの!?)

ユーリは顔をしかめて溜息をつく。

魔導階の見回りを強化してもらうえるようにエリアーゼ館長に報告しなければいけない。


<そういえば、『祭壇の上の月』お前、カイゼル教授のところに行っていたんだろう?>

<何か面白い話は聞けなかったかい?>


<ああ、ヴォルヴァが『学院』関係者一同が勢揃いして行われた『大会議』中に暴言吐いて、謹慎処分になったようだ>

<ヴォルヴァ?>


<ああ、あの二流どころの占術魔導師か>

<そういえば、カイゼルはヴォルヴァの上司だったな>

年がら年中ヴェールを被り、胡散臭い感じの女魔導師をユーリは思い浮かべる。

助教授、という立場のせいか、それとも魔導書達が言うとおり、魔導師としての力がないからなのか、受け持っている授業はほとんど無いと聞くあの先生が謹慎を喰らったところで特に問題はなさそうだ。


魔導書達の話から聞くに、そう思っているのは彼らも同じようだ。


しかし、


<それに不満を持つ教授方がいるらしい>


他の教授のところに行っていた魔導書が魔導書やユーリの予想を裏切る発言をした。


<しかし、占術魔導師としては二流どころか三流近いぞ?>

<擁護しても利点はないと思うがね?>

<今回ばかりはヴォルヴァが悪いだろう?>


困惑気味に『禁制魔導書』達は言う。

魔導師に対して評価が辛口なのは標準設定(デフォルト)だ。


<あれじゃね? そこは女の色仕掛けってやつで、たらしこんだんじゃ……>


<ばっか、ヴォルヴァは魔導師としても三流どころだが、女としても二流落ちだぞ>

<乳も小さいし、無駄にプライドあるし>

(ツラ)もパッとしないしなぁ>


思わずペンを握る手におかしな力が入り、字が歪む。

(やめてくんない!? 乳発言!!)


しかし、いま下手に口出しするとユーリの方に視線が来て、ヴォルヴァとユーリの胸元が比べられ、屈辱的な発言をされる事が予想できる。

それだけは避けたいユーリは賢明なる沈黙を守った。


<お主ら、女は乳じゃなく尻だと、わしの主は言っておったぞ>

<じゃあ、なんだ?ヴォルヴァは教授方を(自主規制)して擁護を得たと?>


<いや、その方法をとったにしてはあやつの尻に(自主規制)な感じが足りんな>

<じゃあ、意味無いじゃん!!>


<いや、あれじゃないか? 無駄にプライドある高飛車な女を(自主規制)して、(自主規制)するのが男の自尊心と快感を高めるんだって俺を作った魔導師は言ってたぞ>


「やめんか!!18禁魔導書共が!!」

最早、自主規制ワードが多すぎて文章化できません!!


(『禁制魔導書』の『禁制』って18禁って意味の『禁制』なわけ!?)

近頃、そっちの解釈の方が正しいと思い始めて来たユーリである。


<いやいや、あいつらははヴォルヴァの事なんかどーでもいいんだって!!>

<奴らは魔導科より科学科が擁護されるのが気に喰わないだけさ>


<あ、なるほど~>

合点がいったのか、『禁制魔導書』たちは感嘆の溜息をついた。


<カイゼルはヴォルヴァを煙たがってるしね>

<『占術が何たるか、わかっていない』っていつもぼやいていたしね>


<じゃあ、なんでヴォルヴァはカイゼルの下にいる?>

<ああ、ヴォルヴァは無能もいいところだが、オストロと同じ魔導師の互助組織に加盟していてな。オストロはヴォルヴァの師に泣き付かれて、渋々用意した就職先がカイゼルの下らしい>


(いわゆる、コネ入社ってやつ?)

魔導書達が話すオストロという名はおそらく、アルカス・カリスト=アルス・オストロ教授。

魔導科の惑星魔導学の教授で魔導科の教授主任でもあり、オストロ侯爵家の一員である、貴族(エリート)中の逸材(エリート)だ。


(でも、あたしあの先生苦手なんだよねぇ)

図書館で働くユーリにそれなりに親切なのだが、何となくいつも憐れむように生活の事や支援について語ってくるところから察するに、貴族の娘であり、『学院』の生徒でありながら働くユーリを憐れんでいるらしい。

馬鹿にして、侮ってくる奴らは腹が立つ。しかし、見当違いの憐れみで施しをしてやろうとしてくる奴は虫唾が走るし、どうにも扱いづらい。

だから、『嫌い』という感情でなく、生理的な『苦手』が際立つ。


<そのさい、ヴォルヴァの師はかなり希少な魔道具をオストロに渡したらしい>


「って!! 賄賂かい!!」

思わずツッコんだユーリに『禁制魔導書』達は呆れた様に溜息をつく。


<よっぽど厄介払いしたかったんだな。ヴォルヴァの師は>

<オストロも分野違いだのなんだの言い訳しながら、カイゼルに援助の約束をしてヴォルヴァを押しつけたからな>


「どんだけダメなの。ヴォルヴァ先生」

<ダメダメだな>

「なんでクビになんないの?」


<ヴォルヴァの親もかなりの資産家らしくてな。 貴族魔導師達の派閥には必要な一員らしい>

(うわぁ、知りたくなかった。裏事情……)

『学院』、学校内で派閥争いとか本当にやめて欲しい。


<まぁ、生徒には害はなかろう>

「いやいや。あの先生、霊感商法マジでしてたじゃない!! 害ありまくりだから!!」


<心配すんな。だまされるのはアホな貴族のボンボンだ>


「貴族の子弟をだますと後々面倒臭くない?」


<大丈夫だ。貴族の奴らが自分の失態をそうそう大っぴらに暴露するものか>

<そうそう、不名誉な事は隠したいのが貴族のサガだ>


「あ、そー」

頬杖をついたユーリは半眼で溜息をつく。

『禁制魔導書』達の言う貴族がどんな貴族であったか聞いてみたい気がする。

しかし、『魔導』という限られた者達が使う秘匿された学問を記す魔導書達だ。彼らが語る貴族の事を知ると、知りたくなかった裏事情まで語られてしまう事になるかもしれない。


そういう面倒くさそうな裏事情をユーリは知りたくはない。


「派閥争いやら、資金調達やら、魔導ってもっと高尚なものだと思ってたけど、意外と俗っぽいんだね」


(かすみ)を食って生きていける魔導師はおらん>

<研究に金は必要だと、前に言っただろうに>


しみじみ言ったユーリに魔導書達は呆れたように応える。


<金のない魔導科の学部はきついぞ?>

<魔導科の資金管理をしているせいでリドルは男子生徒と禁断の関係を結ぶようになったんだしな>


「あの先生の話題はやめてください」

リドル教授にユーリは会った事はないが、会う機会があっても会いたくない。

魔導書達の話が衝撃的すぎてもうあの先生を先入観なしで見る事は出来ない。


<まあ、リドルが生徒()と(自主規制)な関係になったのも、資金調達が大変になってかららしいな>

<資金調達は大変だからなぁ~。…俺は資金調達のために作られたしな>


<我を作った魔導師は可愛らしい子弟を囲って(自主規制)して資金を作ったぞ>

<そうそう、俺を作った魔導師はさみしい夫婦生活送ってる貴婦人達を(自主規制)して資金を提供してもらってたぞ>


「やめて!! 特にあんた!!あんた作った魔導師って何考えてんの!? 可愛らしい子弟囲うってそれだけで資金の無駄じゃん!! つーか、そこ!! あんた作った魔導師がヒモだったなんて知りたくなかったから!!」


<まあ、仕方ないだろ? 奴は魔導と体以外はいまいち微妙な奴だったんだから>

「体とか生々しい発言やめてください!!」


<いや、しかし、奴が囲っておった美男子は王の愛人になるほどの美貌でな、貴族達と月に数回(自主規制)>

「王国の裏事情まで暴露しないで下さい!!学校内の裏事情だけでお腹一杯だから!!」


<根性ないのぅ>

(なくて結構です……)

脱力したユーリはソファに座りこむ。


<いやあ、そう言えば、俺作った魔導師は可愛らしい女の弟子と禁断の関係を><我を作った魔導師は何人もの貴族の男共からがっつり資金を引きずり出しておったな>……などという話は、まだ生易しい方で、もう耳を塞ぎたくなるような18禁話が至る所で話される。


(わかってたじゃない。あたし……)

歴代最高の魔導師が作った魔導書が、コレ達だ。


(こんなもん作り出す魔導師がまともなわけないって………)

ふっと遠い目をしたユーリは大人しく耳栓をして課題に勤しむ。


いま、ひとりの少女が静かに大人の階段を上った。


『触らぬ神に祟りなし』、『見ざる、聞かざる、言わざる』は厄介事から身を守るための最強の盾だと、ユーリさんもわかっているようです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ