63P魔導で奏でるお伽噺Ⅳ
アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィアが消えた。
焦ったように魔導科内をうろつき回る『断罪人』達から彼の行方を知らないかと問われたクライヴは微笑みながら首を振る。
『断罪人』が背を向け、どこかに走り去った後、
「あ~……」
頭を抱えて、そっと視線を空に浮かせた。
心当たりが無きにしも非ず。
「もしかしなくても、アレだよなぁ」
ユーリ達を救い出すために魔導陣を反転させた時に他からの干渉を薙ぎ払った。十中八九、アレの反動でアヴィリスはどこかにブッ飛ばされたのだろう。
やっちまったか~、と試験後に計算ミスを思い出したかのような生徒の呟きを零しつつ、クライヴは頬をかいた。
しばらく、虚空をじっと睨みつつ思案していたが、
「まぁ、仮にも宮廷魔導師なのだから自力で何とかするでしょう」
清々しいほどにあっさりそう呟くと、魔導科内を進んだ。ブッ飛ばされた被害者が聞いたら激怒するであろう。
魔導科学舎内にある、教授塔。
その中の塔のひとつ、ザラート王国建国から脈々と続くそれはそれは由緒正しくまた魔力にも秀でているオストロ侯爵家の家長たるアルカス・カリスト=アルス・オル・オストロ教授の研究塔はそれはそれは御立派なものだった。
「うわぁ~。ここに掛けている費用、ちょっとくらい図書館に回してくれませんかねぇ?そしたら、大分老朽化してきたアレとかアレとかをどうにかできるし、それに……」
ブツブツと図書館の予算振り分けを思い返しつつ、クライヴは溜息をつく。
『王立』の名を冠するだけあって、国からの特別予算を貰えているが、所詮王都からは遠く離れた地方の『王立』施設。そんなところに割り振られる予算など、“推して知るべし”である。
そのおかげで、まともな資格を持った司書はあんまり雇えず、簡単な講習と研修を受けた非正規雇用者を司書に仕立てて人海戦術で図書館業務を回しているのだ。
皆、あんな低賃金でよく働いてくれるものだと(しっかり働いてくれる人限定で)感謝している。その上、本来、危険な魔導書がある魔導階には学生雇用のユーリを入れたりする事は禁止事項であるのだが、ユーリは若さゆえの無鉄砲さと柔軟さで図書館内の構造や魔導機への親和性が高く、勤労なため、明らかに業務範囲外の事もさせてしまっている。
某惑星の某国ではきっとブラック企業の烙印を押されてしまうであろう。
思考がどんどん図書館の裏事情に陥りかけたクライヴはぶんぶんと首を振った。
「さて、と」
片眼鏡をわざとらしく掛け直し、クライヴはすっと笑みを消す。
アルカス・カリスト=アルス・オル・オストロ教授の研究塔の扉にそっと触れた。
乳鋲が打たれた立派な樫の木の扉、木特有の重厚な感触に混ざって、魔導の気配がする。
(魔導結界、だけでなく警報・迎撃系の魔導まで仕込んでありますか)
確実に、『学院』では必要ない危険魔導の使用。これだけで教授会議で吊るしあげられる。
「まったく、『学院』で何をやっているのやら」
彼は俯き、肺が萎むほど溜息をついた。
「迷惑ですよ?」
くっと皮肉げに口角をあげた彼はうっすらと微笑んで、扉を開けた。




