62P魔導で奏でるお伽噺Ⅲ
「……とりあえず、ユーリさん。貴女はこの件から手を引いて貰います。さすがに短期間で二度も病院のお世話になっている方にこれ以上の負担はかけられません」
「……はい」
無表情のエリアーゼを前に、ユーリはベッドの上で正座しながら身を竦める。
怖い、めっちゃ怖い。いつもののほほんとした言葉遣いじゃないのが余計怖い。
『イオンの記憶を戻す過程で奴の記憶を読んだのだろう』とゼクス先輩は言っていたが、イオンは何をやらかした!?
ヘタな発言したらこっちに飛び火しそうで、反論どころか『はい』しか言えない。
「責めているのではないのですから、そんな顔をしないで下さい。今回は人員不足のため、学生である貴女にまで魔導書回収に参加していただきましたが、本来、魔導階の魔導書関係の事は貴女の業務外なのですから」
「はい」
畏まるユーリを別の意味に捕らえたのか、エリアーゼは困ったように微笑した。
「それに、明日は『学研』です。自分の学びたい道が定まれば、その後の学年末試験にも
身が入るというものです」
「うげっ」
顔を引き攣らせてユーリは呻いた。
「あ゛」
「うおっ!!」
男子学生二人も似たような反応をとっている。
(………忘れてた!!学年末試験!!)
セフィールド学術院は夏頃に学年最終を迎え、長い夏季休暇の後に秋から新学年をスタートさせる。
その前、『学研』終了の約一ヶ月後に学年末試験があり、その二週間後に成績表が渡される。
「やばい!!忘れてた!!早くテスト勉強をしないと!!」
「イオンさんはダメですよ?一緒に来て貰います」
特別奨学金を受けている特待生であるイオンにとって学年末試験は生命線である。
一般生徒のユーリでさえ成績のいかんによっては留年するかもしれないのだ。
特別奨学金を受け取るためのハードルは遥かに高い。
そりゃあ、焦りもする。
しかし、あたふたと起き上がった彼を白魚のような指ががっしりと捕らえた。
「試験も大事ですが、その前に『学院』に居られなくなるかもしれない事をお忘れなく?」
「………あい」
ひんやりと冷たい指先にぞわっと毛を逆立てたイオンががっくりと項垂れる。
廃人をどうにか免れたらしいが、(色んな意味で)ぼろ雑巾状態のイオンを引っ立てて、どこかへ行くエリアーゼのその姿をユーリとゼクスは両手を組んで見送った。
イオンの冥福を祈って。
一方その頃。
「で、ロランさんはこの穴の下に降りて行ったわけですか」
ランクが問うと、司書二人組はこっくりと頷いた。
その子供じみた姿を見てランクは米神を揉んで俯く。
「何で追いかけなかったんですか?」
エクエスの呆然とした問いに、
「俺達は命が惜しい」
何この既視感。どこかで誰かが言った気がする。
気持ちはわかるが、是非とも大人の責任として危険人物を見張っていて欲しかった。
(で、どうするか、だよな)
あてにならない(できない)大人二人を置いてランクは地獄の抜け穴のような漆黒を見下ろす。
あの局地地震の結果、ブチ抜かれた穴。開けた人物の底知れなさのせいか、それともこの場の異常性のせいか、覗き込むと世界の果てに吸い込まれて行きそうな気がする。
深遠なる黒に息を飲み、寄り近づくと、風に混ざって呻き声のような声が響いた。
「ひぃっ!?」
隣にいたトランが小さな悲鳴と共に落ちくぼんだ盆地から駆け逃げた。
セルフとエクエスもぎょっと背筋を伸ばして盆地の端まで後退している。
その間も地獄の亡者の声のような呻き声が穴から聞こえてくる。
『おおぉ~いぃ。ぃりーい……っくすぅぅ。……しかの……もぉおおおお』
「あれ?ロランさんですかね?」
「お~い。どうしたんスかぁ~。ロランさーん」
恐怖で後退る騎士科生徒ズとは裏腹に興味津々で穴に聞き耳を立てていた司書ズが飄々と穴の中に潜入した同僚の名を呼ぶ。
その顔には一様にホッとしたような安堵が浮かんでいる。
何だかんだ言いつつも二人ともロランを心配していたらしい。
『降りて来てくれ~』
その言葉を聞いた瞬間。
「え?嫌っス」
アレックスの隣でチャーリーもこっくり頷く。
「おいっ!?」
思わずランクはツッコんだ。