57P科学の音色で奏でる真実Ⅳ
プチスランプと仕事の都合で遅くなりました。
お待たせしました。
「間違いなく、記憶操作系の魔導を受けていますね」
「………やっぱり」
エリアーゼ館長の診立てを聞いたユーリは項垂れる。
「しかしまぁ、素人の作った漂白剤もどきが“紋”を消すなんて」
「………すいません」
神妙に頭を下げたイオンを見下ろし、エリアーゼは溜息をつく。
「とりあえず、事情聴取の後学院長に報告しますので、きっちり絞られてがっちりお仕置きされなさいな」
「……は、…はい!!」
にこっと微笑んだ聖母の後ろに恐ろしい般若が包丁を掲げ持っている姿が見えた!!
イオンはただ首を縦に振って頷いた。
(……図書館の女帝、降臨!!)
(剣、どこだ!?剣!!)
ユーリはベッドの中でお布団を抱きしめて震え、ゼクスは護身のための剣を探した。
エリアーゼが発する怒りのオーラのせいでとっても息苦しい。
関係ないのに土下座したくなる威力を真正面から受けているイオンをユーリは少しだけ同情する。
(じょ、成仏してくだされイオン君。骨はレアレに送ってあげるから……!!)
両手を組んでユーリは祈った。
ヘタな声かけしてエリアーゼの怒りがこっちに向いたら酷い目に遭う!!
生贄は一人で十分と思っているのはゼクスも同じらしく、眼を閉じてじっと瞑想している。
触らぬ館長にタタリなし。
祈りと瞑想で空気と化しているユーリとゼクスを横目で見たイオンは涙目になった。
逃げ場なし。
そりゃあ、自分のやった事がいけない事だったとは思うが、記憶が消されてなければちゃんと館長に謝るつもりだったし、そもそも、こんな大事になったのはイオンの記憶をいぢくってくれたあん畜生である。
(そう、そいつだよ。そいつの事、いや、まず何でそいつと俺は会う事になったんだ?大体、俺はグレン義兄に会いに学生寮に行って、そこで…)
金色が目の裏をちらちらと踊る。
金色の丸い球体、天空の星の並びに“星座”という意味を持たせ、その動きを読み説く事で魔力を導く魔導を生みだす。
『でも、これは特別製。これは……』
「あっ!!天球儀!!あれ、どこかで見覚えあるって、思い出した!!」
「はぁ!?」
「グレン義兄の部屋、というか学部で作ってるって言ってたアレだ」
ぽんっと手を叩いたイオンにエリアーゼは目を見張る。
「あなた。もしかして何か魔道具的なもの持ってます?」
「は?いや、もってねぇけど」
首を傾げたイオンは「あ」と抜けた声を出した後、首元を探って小さな銀細工の十字架を出した。
「お守りも魔道具に入るってんならあるけど?ほい、神父から渡されたロザリオ。『神と共にあるんだからいい子にしてろ』って渡されたヤツだけど」
十字架を受け取ったエリアーゼはほうっと感心したようにそれを見下ろす。
(この“魔除け”のおかげで記憶操作系魔導のかかりが中途半端だったのですね)
残念なことに本来のイオンの暴走抑止という効果は無かったようだが、イオンの保護者たる神父様はかなり腕のいい聖職者らしい。
中途半端にかかった記憶操作系の魔導のせいで記憶が混乱していたようだが、先程エリアーゼが魔導を探ったせいか、記憶が戻り始めているようだ。
「イオン君?ちょっと手荒になりますが、ちゃちゃっと魔導障害を解消しますんで、じっとしていてくださいな」
「はい?」
にこっと微笑んだエリアーゼの白魚のような指先がイオンの額に伸びる。
イオンは何かを感じ取ったのか、じりじりとエリアーゼの指を避けるように後退している。
「ねぇ、ゼクス先輩。記憶操作系魔導ってちゃちゃっと治るものなんですか?」
「いや、最低でも三日はかかるし、失敗したら一瞬で廃人だ」
ふと、アヴィリスが一ヶ月くらいかかるとか言っていたのを思い出したユーリはゼクスに問うと、彼はさらっと何でもない事のように最悪の結末を言ってのけた。
「ちょっ!!すと、ストップストップ!!」
イオンは慌てて、エリアーゼの指を掴んで首を仰け反らせる。
「怖がりですねぇ」
「廃人になるかもしれねぇ賭けに挑むのが怖がりじゃないって言うなら俺は弱虫でもいい!!」
「大丈夫ですよぅ、私治療系の魔導はそれなりに使えますから」
「あれ?エリアーゼ館長、魔導師だったんですか?」
そもそも、エリアーゼ館長が魔導を使える事を初めて知ったユーリである。
「いいえ?私は魔導技師ですよぅ。魔導師名乗れるほど魔力はありませんし、治癒系以外は並以下です」
「ちなみに、治癒系魔導はどの程度の腕前で?」
「並」
「………看護師ちょーう!!ヘールプ!!」
「こらこら、病室で騒がない」
(イオンの気持ちがすごくわかる。不本意だが……)
にこにこと聖母のように微笑むエリアーゼと泡を喰って逃げようとするイオンを眺めつつ、ゼクスは頷く。
「しょうがないですねぇ。私の治療受けて今回の事件の協力をしてくれたら、あなたが奨学金取り消しにならないように学院長に掛け合ってあげてもいいかと思っていたんですけど」
「是非、お願い致します!!」
土下座せんばかりの勢いでイオンはエリアーゼに向き直った。
「切り替え早っ!!」
「おい、いいのか?イオン、へたすりゃ廃人だぞ?」
「どうせ『学院』放り出されたら、科学者にはなれないんだ。『学院』に残れるなら何でもしてやる!!」
さっきまでの逃げ腰はどこへやら、イオンは覚悟を決めた顔で言い放った。
「…………潔いって言うか、何というか」
イオンの勢いに弱冠引いたユーリの隣でゼクスは心配そうに後輩を見つめる。
「何でそんなに科学者になりたいんだ?…セフィールド学術院じゃなくても科学を学べる場所はあるんだぞ?」
「他の学校じゃあ意味無いんだ」
ふっとイオンは笑う。
「科学の父がいた、セフィールド学術院の名を名乗る科学者になるのが俺の憧れだから」
迷い無い一途な思いにエリアーゼは微笑む。
「良い覚悟ですね」
白魚のような指先がイオンの額に翳される。
「悪いようにはしませんから、望んでくださいな。あの日何が起きたのかを知りたいと」
歌うようなエリアーゼの声に合わせ、イオンは静かに瞳を閉じた。
そして、魔導が紡がれる。