50P現状打破の奇想曲Ⅶ
数時間後。
「どこにもない……」
ぐったりと疲れ切った司書と騎士科の生徒達が部屋の床に転がった。
「ロランさん。これ魔導師共を締め上げて吐かせた方がいいんじゃあ」
マックスの言葉に魔導師達がぎくっと身体を強張らせる。
「まともな事を吐いてもらう前にくたばるのが目に見えてる。却下」
「くたばるような何をするのかすごく気になるんですが、ロランさん」
共同作業で少し打ち解けたランクが床に寝転がりながら問う。
「まぁ、とりあえずR18指定からで最後は『魔封じの棘』で〆ですね」
(居酒屋メニュー?)
「とりあえず麦酒」みたいなノリで、にっこり微笑んだチャーリーがとても不穏。
(この人達、何で司書なんだろう?)
魔導師達と互角に張り合う戦闘能力といい、この容赦無さといい、司書にするより騎士の方が向いている気がする。
(むしろロランさんが図書館で本を並べている姿が想像できない)
ボーっと天井を見上げていると、ふと目の端に何かが光った。
「あ、」
「何だ?ランク」
「あれ」
隣でうつ伏せになっていたセルフの肩を叩き、仰向かせる。
「あ」
天井に光線のようなモノが見える。
「あ?どうした?セルフ、ランク」
いつまでたっても起き上がらない二人にロランは彼らの見ている方を見た。
首を巡らせて天井を見上げたロランは目を見張る。
「魔導陣!!」
「いや、わかんねーわ。これ」
「ふっつーに気づきませんでしたよね」
マックスとチャーリーが頷き合う。
「いや、僕達も本当に気づきませんでした」
「現状についていくのに必死で、外の風景も見えませんし」
セルフとトランが驚愕の面持ちで天井を見上げる。
いや、天井だと思っていた方向を。
「まさか、部屋が上下逆転しているとはなぁ。びっくらこいた。はっはっはっ」
((((軽っ))))
ロランがカロカロと笑いながら天井、いや、床を見上げる。
「さて、と。あれだな」
彼が見上げた先にはしっかりと木材に突き刺さっている小さなナイフがあった。
ナイフは魔導陣の一部を両断し、魔力の流れがそこで滞っているのか、溢れ出た魔力がパチパチと閃光を放っている。
「………あれ、触るのやばくないですか?」
「ヤバかろうと何だろうと、いま現在俺達が出来るのはひとつしかねぇな」
「僕達は所詮司書ですからね。魔導の解除も無効化もできませんから」
ロランとチャーリーの言葉にセルフは渋い顔でペーパーナイフを見上げる。
「心配すんなって、なんとかなるって~」
セルフの肩を軽く叩いてチャラく笑ったマックスに否応なく不安になる。
だが、対魔導学をちょこっと齧っただけの騎士科の生徒に選択権は無いに等しい。
先輩のランクとエクエスも諦めたように首を振るだけだ。
「不安なら、身の無事を神にでも祈っとけ」
ジュッとマッチをする音共にロランは新しい煙草に火を付ける。
「チャーリー。俺とマックスが足場になってやるから、『魔封じの棘』をあの魔導陣が歪んでる所にぶち込め」
「了解!!」
赤い小さな木の実のような『魔封じの棘』をいくつか取り出したチャーリーは解放手続きを行う。
マックスとロランは彼の掌にさらに自分の持っている『魔封じの棘』を渡した。
「わぉ。豪華」
「保険だ。保険」
言いつつ、ロランはトランクから対魔導用の護符や魔導機を取り出す。
「これから何が起こるかわからん。とりあえずありったけの防御はしておくぞ」
「了解」
「ほら、お前達も来い。いくつか護符を貸してやるから」
マックスの手招きに応じて騎士科の生徒達も護符を身につける。
ロランは彼らを見つつ、床に転がしたままの魔導師達に護符を張り付けておく。
「何が起こるのかわからんからな」
驚いた顔でロランを見上げる魔導師に彼はそっぽを向く。
さて、とロランは顔を引き締める。
「チャーリー!!」
「『魔封じの棘』解放完了!!いつでもいけます」
その言葉にくっとロランは口角をあげた。
「全員、対魔導防具の装着確認!!」
「はい!!」
「魔導科の生徒とその卒業生共が!!“保安司書“を舐めくさりやがって!!王立学院図書館司書の恐ろしさ、骨の髄に叩きこんでやる!!」
「はい!!ロラン“保安司書”長!!」
騎士顔負けの敬礼をする司書達と共に敬礼しながら、ふと騎士科の生徒達は思う。
(いや、普通、司書って恐れられるもんじゃない気が………)
(つーか、ここ、どこの軍隊……)
「騎士科のガキ共、返事ぃッ!!」
「はい!!」
ロランとマックスを足場に、『魔封じの棘』を持ったチャーリーが魔導陣に近づく。
「覚悟は?」
「愚問!!」
「了解!!」
白い閃光に赤の棘が喰らいついた。
「?」
魔導の詠唱をしていたアヴィリスは一瞬魔導陣に絡む魔力が揺らいだ事に気づいた。
(怯えた猫みたいにびくって震えたみたいだったが………)
そこはかとなく嫌な予感がする。
何しろ、この陣で行方不明になった人員が人員だ。
(あの司書たちだからな)
ロラン達と戦闘した魔導師達の救助も行ったアヴィリスである。
彼らの規格外っぷりは徐々に理解しつつある。
うっかり向こう側で魔導陣に何ぞ仕掛けて暴走でもされたら……。
冷たい汗が背中を伝う。
ぞっと走った怖気を、首を振って払う。
(早く陣を辿って繋がりを切ろう)
そう、彼が思った瞬間。
真昼のように明るい光が魔導陣から沸きだした。
「!?」
何が起こったのか理解する前にアヴィリスは魔導陣の光に飲み込まれていった。