49P現状打破の奇想曲Ⅵ
一方その頃。
「『学院』だけがエライ目見るなら放置だが、図書館まで荒らされちゃたまらねぇ。救助なんぞチンタラ待っていられるか、ここから出るぞ」
仁王立ちが似合う男、ロランが騎士科の生徒達と司書達を前に宣言した。
「あの、『学院』の治安維持を補助する騎士科の生徒としては『学院』の危機もちょっとは気にしていただきたいんですが……」
「あ゛?」
ロランの凄みに、赤銅色の髪の少年は挙げていた手を下した。
「ここから出るのは大賛成ですけど、どうやって結界を抜けるんですか?」
ロランの無茶ぶりになれているチャーリーは、落ち込む少年を慰めている騎士科の生徒達を放置して問う。
「ここに引き摺られる時、俺は対魔導書用ペーパーナイフを魔導陣に突きつけた。手応えがあったから、どこかに陣が歪んでいる場所があるはずだ」
「さすがはロランさん」
「タダでは転ばない」
「とにかく、俺達がここに閉じ込められているって事は、閉じ込めている陣があるはずだ。探せ」
「はい!」
「そんな事してたんですか!?あの一瞬で?」
感心しきりの司書達を余所に、騎士科の生徒達はぎょっと目を剥いてロランを見た。
とてもではないが、そんな暇があったとは思えない。
驚愕する騎士科の生徒達をロランは鼻先で一蹴した。
「魔導系のややこしいのに慣れてねぇヒヨコ共と俺達を一緒にするな。魔導事故は一瞬の判断がテメーの命を左右するんだ。どんな時も用心するにこしたことはねぇ」
例えば、とロランは金髪の生徒を睨む。
「魔導がアホみたいに張り巡らされているのが丸わかりの場所でうっかり何かに触るようなド間抜けははっきり言って魔導系の仕事に携わらない事をおススメするな」
「…………すいません」
うっかり天球儀を触ってしまった少年は俯いた。
「しょげるな、うぜぇ。騎士科のガキ。いい加減お前らをひと括りにしとくのも面倒だ。おい、そこの赤髪、お前からさっさと自己紹介しろ」
「騎士科四年、ランク・ガスパールです」
どこか遠くを見るような悟った顔で赤銅色の髪の少年は言う。
「同じく騎士科の四年エクエス・ツヴァイ・フェーレーズです」
金髪の少年が項垂れながら名乗る。
「騎士科三年のセルフ・ドライ・アシエです」
先輩の背を撫でて慰めているのが、優しげな顔立ちの茶髪の少年。
「きっ、騎士科の三年っ、トラン・アーラっす!!」
ロランにすっかりビビっているのか、灰髪の少年がびくびくしながら言う。
「あの場所にいた生徒達は結構いたのに、ついて来たのは結局君らだけだったんだね?」
「お前ら、どういう関係なんだ?」
チャーリーとマックスが問うと、一応年上のランクが口を開いた。
「お…自分達四人、本来は別々の部隊で動いていたのですが、レベルト教官の指示でここに来る事になったのです」
「………全然気づかんかった」
「……………でしょうね」
真顔で言うロランにランクは溜息をついた。
「ベルさん、でしたっけ?あの司書の方が言うとおり、自分達は何の手も出せずに廊下の隅っこで縮こまっているしかできませんでしたし」
「まぁ、隠し部屋探すのは手伝ってくれたし」
「変なの触ってここにブッ飛ばしてくれたから、評価で考えたら足手まといだけどな」
チャーリーのフォローをマックスがざっくり抉った。
ふと、チャーリーは在る事に気づいて問う。
「あの茶化して来た子と文句ほざいた小娘は来てないんですね?」
「あ~、まぁ」
とぉい目で乾いた笑みを漏らすランクを、ロランは何となく嫌そうに見やる。
ここにいるメンツの名乗りから大体の予想がついたのだ。
(こいつら、一番上の赤髪は孤児、残りは平民と貴族の次男三男だったな)
ランクの代わりにセルフ少年が悟りきった顔で言う。
「彼らは下級とはいえ貴族の跡取りですからねぇ」
「もうみなまで言わんでいいわ、面倒くせぇなぁ」
ロランが疲れ切ったように溜息をついた。
「とりあえず、誰かは我々について来ないと騎士科の沽券に関わる、とかで押しつけられたんでしょう?」
「まぁ、対魔導学とってるメンツと魔導師の家系っていうのも選ばれた理由でしょうけど」
「たかだが、三年坊主がどんな対魔導法が使えるってんだ?体よく押しつけられたって言え」
吐き捨てたロランは、懐から取り出した煙草に火をつけ、紫煙をゆったりと吐きだす。
「『学院』内は禁煙ですよ。ロランさん」
「うるせぇ。吸わずにいられるか!」
チャーリーの冷静なツッコミに苛立たしげに返しながら、ロランは紫煙を吸う。
「とにかく、ここから無事に出たけりゃ手伝え」
「はい」
素直に頷いて動き出した騎士科の生徒達を見、ロランは紫煙を吐きだした。
「しかし、どう見てもこの部屋どこかの教室っぽいですよね?何か、転移系魔導でブッ飛ばされるってなったらもっと遠くにブッ飛ばされるもんだと思ってたんですけど」
「多分、ロランさんが刺したっていうペーパーナイフの所為じゃないかな?中途半端に魔導が成功したんじゃない?」
「え?普通魔導って完成しなけりゃ発動しないものなんじゃないですか?中途半端な状態にされると、暴走か消滅するって、教官から指導されましたが……」
「「ん?」」
ランクの言葉に一瞬部屋が凍った。
「じゃあ、いまの状態って?」
「よせ」
おそるおそるといった体で問おうとしたエクエスをロランが遮る。
「悪い事しか考えられないなら考えるな。こういう事故に巻き込まれた奴は大体思考が悪い方に陥りやすい。ただでさえ魔導の波動は身体に良くねぇのに精神面まで弱気になったら一気に酔わされるぞ」
「あの、魔導師方には手伝ってもらわなくていいんですか?」
「信頼できるなら手伝ってもらうのも考えないでもないが、残念ながら信頼できるような発言を一切してもらえなかったからな」
トランが指差した魔導師達をロランは冷たい目で一瞥するとさっさと魔導陣探しをし始めた。
「………何か喋りたそうですけど」
「どうせ五月蠅く喚く程度の事しかしないだろうからほっとけ」
「口布外さないで下さいね~」
((司書達のこの慣れてる感が怖い))
む~む~と唸っている魔導師達から目を逸らしつつ、エクエスとセルフは床に屈みこむ。
がたがたと散らばっている椅子や机を崩したり、怪しげな暖炉の中や隣の部屋をのぞき込んだりと、司書達と騎士科の生徒達は慌ただしく動き回った。