48P現状打破の奇想曲Ⅴ
悲鳴をあげると、大体ヤバ目な事が起こるのが、お約束。
ユーリは二人が悲鳴をあげた『なに』を見た。
体長、多分10エートル(10m)、真っ黒な体毛は鋼のような光沢を誇り、威風堂々とした身体を支える前後の脚はそりゃあもう立派だ。威圧的な鋭い爪がしっかり生えているから。
尖った鼻、口許からはみ出ているでっかい牙があるくせに目は円らでちょっと可愛いが、額の中心から伸びている角がいただけない。超怖い。
「黒熊?」
比較的大きな魔力影響を受けた森の中で遭ったら最後と言われる、熊系の魔獣がいた。
「いや、多分、こいつはこの森の主だ」
「ああ、目が金色に近いのは魔力が高い証拠。十中八九巨大熊だ」
ゼクスの言葉を肯定するように、巨大熊は森中に響き渡るような咆哮をあげた。
一歩、一歩と威圧感たっぷりに熊はこちらに歩いてくる。
その姿はこの広大な“悪夢の森”の主にふさわしい王者の品格があった。
「マジで狙われてるよな」
「当然だ。動けない獲物に躊躇するようなぬるい生き物じゃないからな」
「ゼクス先輩。どうにかできません?」
「この状況で?」
ユーリの問いにゼクスはもはや二の腕まで魔導陣に浸かった自分の体を示して見せる。
「なんか、昔の刑罰でこんなのがあった気がする」
ぽつりとユーリが呟く。
「俺、さすがに処刑されるような悪さはしてねーんだけど」
引き攣った顔でイオンが渇いた笑みをもらす。
「おい、二人ともしっかりしろ」
虚ろな目で訳のわからない事を言い始めた後輩二人にゼクスはせめて声をかけた。
「いや、現実逃避出来るならその瞬間まで現実逃避させてくださいよ。もう、現状でいっぱいいっぱいなんですから」
がっくりと項垂れるユーリの顔はもう青を通り越して白い。
「おい、しっかりしろ。まだ死ぬって決まってないぞ」
「いや、先輩中途半端な慰めってかえって辛いっす」
一方、イオンは遠い瞳でこちらに来る熊を見つめ、
「しかし、まぁ、“悪夢の森”の主を死ぬ前に拝めるってなかなかすごいよなぁ」
「おい!!イオン!!気を確かにもて!!」
壊れ気味の後輩達、こちらに標準を定めて絶対王者のように近づいてくる捕食者、さすがのゼクスの許容も限界に近い。
「くそっ!!」
肩辺りまで魔導陣に飲み込まれているが、なかなか次の段階に進まない。
まだ巨大熊は陣の中に入ってきていないが、時間の問題だ。
「まだなのか!?クライヴ副館長!?」
(何かが、魔導陣に干渉している?)
魔導を紡ぐクライヴはふと片眼鏡を押し上げて宙を見やる。
この魔導陣に繋がっている他の魔導陣が何らかの干渉を受けているらしい。
おかげでこちらの魔導陣の形成が邪魔されている。
(邪魔しないでいただきたいですね!!)
床一面に広がる水鏡に魔導文字が浮かんでは紡がれる。
クライヴが意思を持ってその水鏡に触れると魔導文字の動きが早くなった。
(誰が干渉しているのかわかりませんが、返り討にさせて貰いますよ!!)
クライヴは片眼鏡を外し、空中に放る。
眼鏡は見えない糸に吊るされたかのように、空中に浮かんだ。
そのガラスの面にぎょろりと人ならざる目が開く。
「『万物を見通し、支配せよ。邪悪なる眼』」
蛇のような瞳孔と七色の虹彩に彩られたその眼はぎょろりぎょろりとあらゆる方向を見回し、ある一点で止まると、ぐわりとその眼がこぼれ落ちんばかりに開いた。
(意外と早く見つけましたね。とりあえず、こちらの陣がもう少しで完成しますから、足止めさせますか)
「『猛毒の意思で阻め』」