47P 現状打破の奇想曲Ⅳ
沈黙した懐中時計の前で三人の少年少女がじっと佇んだ。
「最後の言葉がものすごく不安なんだが、何が起こるんだ?」
「二回も念押しするって普通ロクでもないよな」
ゼクスとイオンがそれぞれ不安そうに懐中時計を見下ろす。
「そういえば、さっきのクライヴさん?っていう人どういう人なわけ?魔導師?」
「え?ううん。王立学院図書館の副館長。魔導に詳しい人だけど、魔導師じゃなかった、と思うよ?」
イオンの問いに応えたユーリは首を傾げた。
「じゃあ、どうやって俺達をここから助けるんだ?」
「う?どうするんだろう?」
言葉に詰まったユーリの肩をゼクスが叩いた。
「まぁ、森の外に連絡出来た事だけでも大いなる進歩だ。魔導陣が外から干渉されている以上俺達には何もできないし、あの人が<クラン>か魔導科の先生方に救助要請を出してくれっ!?」
ゼクスがぎょっと目を見開いて足元を見下ろす。
「え?」
「先輩?」
自分の足元を凝視したまま固まるゼクスを見、釣られるようにユーリとイオンもソレを見た。
「「「~~~~~~~~ッ!!」」」
それは、手だった。
雪のように真っ白な手がにょっきりと地面から生えて伸びあがっていた。
その二本の手は、ゼクスの二本の足にしっかりと絡みついている。
「なんっじゃこりゃあああっ!!」
放心から素早く立ち上がったゼクスの悲鳴にはっと後輩達も我に帰る。
「~ッ!!」
「逃げるな!!俺を助けて!!お願い!!」
声にならない悲鳴をあげつつ、逃げようとしたイオンの制服の背中を掴み、一歩引いたユーリの肩をがっちりと掴んだゼクスが涙目で懇願した。
「むりむりむりむりっ!!俺、お化けはダメなの!!怖いの!ホラー系はアウトなの!!」
首を高速で振りながらイオンが涙目で逃げようともがく。
「俺だって剣で斬れない不思議な生物は嫌いだ!!もう、本当に無理!!」
よっぽど強い力で足を抑え込まれているのか、暴れる事も叶わないらしい。
「っ!!イオン君、君の足元にも!!きゃああっ!?」
何かが足に絡みつくと同時に力強く下に向かって引かれた。
「ぎゃーっ!!」
ユーリに次いでイオンも餌食になったのか、素っ頓狂な悲鳴が響く。
「引っ張られてる!!つか、本当に引き込まれてるって!!」
「イオン君、うるさい!!耳元で叫ばないでよ!!」
耳をふさいだユーリがカッと睨みつけた。
しかし、パニックに陥ったイオンは両手を振って慌てふためくのみだ。
「あああ~っ、沈む!!身体が沈んでいくぅ~!!」
「騒ぐな!!喚くな!!その口ふさぐぞ!!」
「もがっ!!ぐももっ!!」
ゼクスがイオンの肩を強引に引いて無理やり彼の口に手の平を押しつけて黙らせた。
「言うより先に手が出ていますよ、先輩」
しかし、とりあえず静かになったので、良しとする。
ぐっと足を引かれると共に身体が何か柔らかいモノの中に沈んでいく感覚がした。
周りを見ると、魔導陣が不気味に鳴動し、ぼんやりと光っている。
「魔導陣が発動しているんじゃないか?これ!!」
ゼクスが暴れるイオンを抑え込みながら言う。
「多分だけど、これクライヴさんの仕業じゃないかな?ここから何が起こっても動くなって念押ししてきたんだし」
少し落ち着いたユーリは仄かに光る魔導陣を見つつ、ふとイオンに目を向けた。
「あの、ゼクス先輩。イオン君の顔色が悪くなってきてますよ?さっきから変な感じにぴくぴくしてるし」
「あ、悪い」
ゼクスがハッとしたようにイオンから手を放す。
その場に崩れ落ちたイオンはぜいぜいと荒い息をはきながら蹲る。
「死ぬかと思った」
「大袈裟な……」
「大袈裟なもんか!!脳みそまで筋肉の騎士科の奴らと違って俺は繊細でか弱い科学科志望の文系男子だぞ!?もっちょっと慎重に扱ってくれ!!」
「訳がわからん!!お前のどこが『繊細でか弱い』んだ!!辞書引いて言葉の意味をしっかり理解してから言え!!」
ぎゃんぎゃん言い合いを始めた男子達を見ながらユーリは耳を塞ぐ。
「あ~。もう、うるさい。男の子って元気だなぁ」
いま現在、身体が魔導陣の中に絶賛吸い込まれ中だというのに。
(ふたりとも、気持ち悪くないのかな?)
胴から下がもう魔導陣の中に吸い込まれている。
吸い込まれた体の感覚はない。
(すっごい不安)
図書館の本に移動系の魔導を使って、失敗した魔導師の体が半分は移動先に、もう半分は元の場所に残ってしまって、魔導師は移動先の自分の体まで奇想天外な旅をする物語があった事を思い出す。
(うわ、何でいまソレを思い出すかな?)
普通に考えて、体半分になったら、確実に即死である。
ずぶずぶと沈んでいく身体に、ブルーな気分になっていたユーリは気づかなかった。
イオンとゼクスがいつの間にか言い争いを止めていた事に。
「「ぎゃーっ!!」」
「うわぅ!?」
塞いだ耳すらつんざくような悲鳴を男の子二名が上げた。
「ちょっと!!なに?」
振り返ったユーリはソレを見た瞬間、振り返った事を激しく後悔する。